高齢者の脳機能障害解明とリハビリテーションに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300182A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の脳機能障害解明とリハビリテーションに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
西谷 信之(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山脇成人(広島大学大学院医歯薬学総合研究科)
  • 伊藤和幸(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
11,407,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急速に進行する高齢化社会にあって、高齢者障害者自身の「主体性の回復」とそれによる機能訓練の促進が重要であると考えられている。そこで感覚入力と運動出力の脳連関機構と認知情報処理機構に焦点を当て、脳機能の老化と障害の病態評価と情報処理機構の非侵襲的解明に基づき、脳賦活による意欲の向上・自主性の回復のための脳賦活の手法を確立し、高齢機能障害者のリハビリテーションの効率を高めることを、本研究事業の目的とする。
研究方法
1)ヒト脳感覚運動統御機構の解明研究では、触覚グラフィックディスプレイによる文字・非文字情報を触覚刺激として呈示し、その認知と手指による再現時の脳内情報処理に関る機構を、MEGを用いて非侵襲的に明らかにした。これらの結果に基づき、脳賦活用として触覚ディスプレイ装置を応用した装着型触覚刺激装置を委託作成した。また長寿科学外国人研究者招聘制度により、脳研究の世界的権威であるリッタ・ハリ教授を招聘し、自主的な触覚刺激と、他者による触覚刺激における脳内活動の解明研究を実施した。さらにこれまでの動作の模倣と脳活動の賦活に関する研究に基づき、模倣障害を特異的な病態とするアスペルガー症候群の患者において、その模倣障害の脳病態を、さらに脳磁場計測MEGを用いて非侵襲的に明らかにした。
2)脳血管性うつ病(VD)の病態解明と脳賦活法の研究では、VDの治療反応性に影響を与える要因を脳血管障害以外の要因も含めて検討し、治療反応性の向上を図るために、過去10年間に広島大学病院精神科神経科において入院治療をおこなった50歳以上発症の大うつ病患者を対象として退院時の寛解・非寛解に関連する因子、入院期間の長期化に関連する因子に関して検討した。
さらに老年期うつ病に認められる機能障害を明らかにすることを目的として、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)および脳磁計(MEG)を用いて、健常者を対象として、ストレス予測課題・言語流暢性課題Word Fluency Test(WFT)・復唱課題Word Repetition Test(WRT)・流暢性課題Category Fluency Test(CFT)、さらにGo/Nogo課題等の認知課題遂行中の脳活動を評価した。次ぎに50歳以上で発症したVD患者2例(男女各1例,平均年齢54歳)、脳血管障害非合併うつ病患者(non-Vascular Depression: non-VD) 2例、年齢・性別・聞き手をマッチさせた健常対照者2例を対象とし、fMRIを用いてWFT課題実施中の脳活動領域を比較した。これらの研究結果を基に、認知療法・認知的リハビリテーション等の施行方法について検討を行っている。
3)機能賦活機器開発研究では、点字を習得できない盲聾者(視聴覚重複障害者)向けの支援システム開発として、点字に代わりカタカナの触読により独力でパソコンの操作が可能となるシステム:パソコンの操作全てをカタカナで呈示するピン・ディスプレイ(1文字8×8ピンで1行10文字の表現)と携帯電話入力方式のキーボード代用装置を開発した。また利用者に合わせた表示変更が可能なシステムの開発として、触読可能な多様なフォント(カナの表現)に対応するために、ピッチ間隔の狭いピン・ディスプレイ(ピッチ間隔2.4mm、縦12×横10ドットで1文字を表現、1行6文字による表現)を利用することで、更に表現力の増したカナ呈示ディスプレイの開発を行った。
結果と考察
1)ヒト脳感覚運動統御機構の解明研究では、触覚情報の認知と手指による再現時の脳内情報処理に関る機構を明らかにした。感覚入力情報の要素:入力頻度と入力内容が脳領域:感覚野、感覚連合野その他領域の賦活に及ぼす影響を明らかにした。これらの結果に基づき、脳賦活用として触覚ディスプレイ装置を応用した装着型触覚刺激装置を委託作成した。また自ら手背などの特定部位を触覚的に刺激した場合と、他人による刺激における体性感覚野などの脳内活動の相違を比較した。その結果他人の刺激に同調し自らも同様の触覚刺激を行う場合に、当該脳部位の活動が亢進する事が明らかになった。このことは脳賦活によるリハビリテーションの一手法として有効な手段と考えられた。
動作を示唆する視覚情報の認知とその模倣における障害の機序を明らかにするために、模倣障害を特異的な病態とするアスペルガー症候群の患者において,脳機能を明らかにした。その結果両側の後下前頭部の活動が遅滞し、減少していることが明らかになった。この病態は脳賦活に対する模倣の導入への指針となるものと考えられた。また刺激の模倣が脳活動を高めること、一部の脳に機能障害が存在している場合でも、他の情報伝達神経経路を介して、脳活動が亢進することが明らかになった。この結果は中枢神経機能障害者や高齢者の機能回復・機能賦活に模倣が有効である事を示唆していると考えられた。
2)脳血管性うつ病の病態解明と脳賦活法の研究では、VDの治療反応性に影響を与える要因を脳血管障害以外の要因も含めて検討した。退院時の非寛解に関しては脳血管障害の併存、男性、加齢、ジスキネジアの出現等の要因が、また入院期間の長期化に関しては脳血管障害の併存、せん妄・パーキンソニズムの出現、三環系抗うつ薬(TCA)の処方量などが影響していること等が明らかになった。VDの治療反応性向上には、TCA等の抗うつ薬による中枢神経系副作用の発現に注意することが重要と考えられた。次に老年期うつ病に認められる機能障害の解明研究では、ストレス予測課題を施行した。快事象の予測には左前頭前野の活動が、不快事象の予測には右前頭前野および扁桃体、前帯状回、後頭部視覚野有意の活動が有意であった。言語流暢性課題Word Fluency Test(WFT)では、左前頭葉、帯状回前部、左淡蒼球、島、および左右後頭葉、小脳の活性化を認めた。復唱課題Word Repetition Test(WRT)では帯状回後部と右視床の活性化を認めた。カテゴリー流暢性課題Category Fluency Test(CFT)では、左前頭前野、帯状回前部および後部、海馬傍回、頭頂葉の活性化を認めた。Go/Nogo課題施行時に、右前頭前野でNogo刺激呈示後500ms前後に10Hz前後の振動を認め、反応抑制の活動を反映している可能性が推測された。
うつ病患者を対象とした検討では、VD患者、non-VD患者、年齢・性別・聞き手をマッチさせた健常対照者2例を対象に、fMRIを用いてWFT施行中の脳活動領域を各群で比較した。うつ病患者では健常対照者と比較して課題遂行中の左前頭前野の活性化領域は小さく、VDではnon-VDと比較して更に活性化領域が小さい傾向が認められた。左前頭前野の活性化の低さがVDの予後の悪さに関連している可能性が示唆された。
3) 機能賦活機器開発研究としての点字を習得できない盲聾者(視聴覚重複障害者)向け
の支援システム開発の研究では、点字に代わりカタカナの触読により独力でパソコンの操作が可能となるシステム:パソコンの操作全てをカタカナで呈示するピン・ディスプレイ(1文字8×8ピンで1行10文字の表現)と携帯電話入力方式のキーボード代用装置を開発した。ワープロへ文字入力することにより評価を行った結果、数回の練習で操作に慣れ、初期段階で文字入力速度が向上した。携帯電話入力式も数回の練習で使用可能となりその有効性が示された。利用者に合わせた表示変更が可能なシステムの開発研究では、触読可能な多様なフォント(カナの表現)に対応するために、ピッチ間隔の狭いピン・ディスプレイ(ピッチ間隔2.4mm、縦12×横10ドットで1文字を表現、1行6文字による表現)を利用することで、更に表現力の増したカナ呈示ディスプレイの開発に成功した。メールソフトも本システム上で動作確認を行い、操作内容をカナ呈示させることで利用が可能になった。
結論
脳機能解明研究に基づき開発された装着型触覚刺激装置の改良を重ね、それによる高齢機能障害者の脳賦活に適した刺激、および模倣に加えて今年度に実施した課題により特定された脳部位の機能障害に対応した認知的リハビリテーションを考案することで、脳機能障害の改善と高齢者の自主性回復、およびそれに伴う社会適応が促進されると期待される。

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