高齢化社会に適応する人工関節の開発―MPCポリマーによる長寿命人工関節に関する戦略的研究―(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200300180A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢化社会に適応する人工関節の開発―MPCポリマーによる長寿命人工関節に関する戦略的研究―(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
中村 耕三(東京大学医学部整形外科・脊椎外科 教授)
研究分担者(所属機関)
  • 高取吉雄(東京大学医学部整形外科・脊椎外科 助教授)
  • 川口浩(東京大学医学部整形外科・脊椎外科 講師)
  • 石原一彦(東京大学大学院工学系研究科バイオマテリアル工学 教授)
  • 安富義幸(財団法人ファインセラミックスセンター 副所長)
  • 瀧川順庸(財団法人ファインセラミックスセンター 副主任研究員)
  • 塙隆夫(独立行政法人物質・材料研究機構 副センター長)
  • 丸山典夫(独立行政法人物質・材料研究機構 主幹研究員)
  • 松下富春(神戸製鋼所医療材料部 理事)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
15,210,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人工股関節置換術(THR)は、高齢者に多い大腿骨頚部骨折・変形性股関節症・関節リウマチ患者に対し、疼痛の改善、ADL・QOLの獲得に大きな役割を果たしている。また、2001年度我が国では6万件の手術が行われており、手術件数は年率約8%の割合で増加している。しかしながら、手術後約10年で生じるlooseningは、常にその予後を決定する最大の合併症である。Looseningは人工関節周囲の骨吸収を伴い進行性であるため、再置換手術を余儀なくされる。したがって人工関節を受けた患者は再置換術の潜在的な対象であり、人口の高齢化が進む我が国においてはその件数は今後増加し続けると予想される。また、特に高齢者においては再置換手術による歩行能力の低下や全身的な合併症の発症が問題になっている。さらに高齢者の場合、他の全身的合併症により再置換手術が禁忌となって車椅子や寝たきりの生活を余儀なくされることもある。これらは患者自身のQOLのみならず医療費の問題、労働力という社会資本を考えた場合、深刻な社会問題であり、人工関節の寿命を延長することは、医療行政における緊急かつ重要な検討課題である。
Looseningは、関節摺動面を構成するポリエチレン(PE)の摩耗粉をマクロファージが貪食して液性因子を分泌し、これが破骨細胞の形成・活性化を促進して人工関節周囲の骨吸収が生じる結果として発生する。我々は、摺動面に潤滑性を付加し、かつ摩耗粉が発生した際の破骨細胞の活性化を阻止すればlooseningを抑制できると考えた。この目的で、生体適合性ポリマーであるMPCポリマーでナノスケールの処理を施したPE表面を創製した(MPCポリマー処理・特許申請中)。これまでの基礎検討で、長寿命型人工関節を開発できるという強い確信を得ている。本研究ではこの長寿命型人工関節の開発に必要な基礎検討をすべて完成させるが、今年度の研究により、MPC処理がPEライナーの摩耗を低減して長期の力学的負荷に耐えられること、MPCポリマー摩耗粉(微粒子)が骨吸収を誘導しないこと、を明らかにするため、以下の実験を行った。本研究により人工関節の寿命を延長することは、高齢者のADL・QOL向上や医療費の軽減に多大な貢献をもたらすことが十分に期待できる。
また、我が国の人工関節の80%以上が海外製品で占められているが、特に我が国の高齢者には小柄な体型が多く、これら海外製品では適合が困難な症例もみられ、日本人の体型に合った日本独自の人工関節の開発が期待されている。MPCポリマーは分担研究者の石原が開発した日本独自の材料であり、本研究により海外製品に勝る性能を獲得する事ができれば、この分野の産業育成と貿易不均衡の是正に大きな貢献を果たすことが期待できる。
研究方法
1)MPCポリマー処理がPEライナーの摩耗に与える影響人工関節が生体内に置換されると、人工関節は、歩行により、様々な方向に様々な大きさの負荷を受ける。そこでこの歩行周期を再現する股関節シミュレーターを使用して、MPCポリマー処理の耐摩耗特性を評価した。ライナーには市販品のライナーを用いた。試験条件はISO/DIS 14242-1に準じ、潤滑液に25%牛血清を用い、毎秒1回の歩行周期(1Hz)に183 kgfと280 kgfの 2つのピークをもつDouble Peak Paulの歩行条件で行った。ライナー表面をMPCポリマー処理し、未処理群をコントロールにおき、シミュレーター試験を行った。
2)MPCポリマー処理摩耗粉(微粒子)が骨吸収に与える影響人工関節の弛みの主因となるのは直径500nm前後の、submicro sizeの粒子とされている。そこで、直径約500nmのナノ微粒子を蛍光物質で標識し、表面をMPCポリマー処理して、MPCポリマー処理ナノ微粒子を作製した。このナノ微粒子を、マウスマクロファージを用いた貪食実験、in vitro osteolysisの実験系、in vivo osteolysisの実験系に用い、MPCポリマー処理摩耗粉(微粒子)が骨吸収に与える影響を検討した。
結果と考察
1)MPCポリマー処理がPEライナーの摩耗に与える影響
MPCポリマー処理したライナー表面は、水の接触角が低下し、水濡れ性が向上していた。また、関節摺動面の摩擦トルクも改善されていた。PEライナーの質量変化で摩耗量を検討すると、MPCポリマー処理したPEライナーでは、その摩耗量が著明に抑制されており、その効果は試験終了時まで継続していた。また、PEライナー表面の解析でも、MPCポリマー処理したPEライナーでは摩耗の兆候が観察できず、MPCポリマー処理も残存していた。さらに、MPCポリマー処理したPEライナー表面をγ線滅菌処理した場合も、MPCポリマー処理効果に変化はなく、著明な摩耗抑制効果がみられた。
2)MPCポリマー処理摩耗粉(微粒子)が骨吸収に与える影響
MPCポリマー処理したナノ微粒子は、マウスマクロファージによる貪食をほとんど受けなかった。また、MPCポリマー処理したナノ微粒子を、in vitro osteolysisの実験系に導入すると、骨吸収を誘導する液性因子の産生が抑制されており、また、破骨細胞の形成・活性化も抑制されていた。さらに、MPCポリマー処理したナノ微粒子を、in vivo osteolysisの実験系に導入すると、こちらでも破骨細胞形成が有意に抑制された。
以上の結果は、1)人工関節摺動面PEのMPCポリマー処理は、弛みの原因となるPE摩耗粉の産生を抑制すること、2)かりにMPCポリマーが生体内で摩耗粉となっても、それ自体はマクロファージに異物として認識されず、骨吸収を誘導しないこと、を強く示唆している。このほか、MPCポリマーはPE表面に分子間で結合するため結合力が強く本質的にPEを改質しないこと、MPCポリマーは新規の材料でなく既に人工関節と同等のクラスⅢの医療材料として認可を受けた材料であることも、長寿命型人工関節の開発を考えた場合の利点と考えている。
結論
今回の研究により、MPC処理がPEライナーの摩耗を低減して長期の力学的負荷に耐えられること、MPCポリマー摩耗粉(微粒子)が骨吸収を誘導しないことを明らかにした。以上の研究により長寿命型人工関節を開発することは、高齢者のADL・QOL向上や医療費の軽減に多大な貢献をもたらすことが十分に期待できる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-