Dorfinによる老年期神経変性疾患の治療法の開発

文献情報

文献番号
200300178A
報告書区分
総括
研究課題名
Dorfinによる老年期神経変性疾患の治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
祖父江 元(名古屋大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 道勇学(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 田中啓二(東京都臨床医学総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,504,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
パーキンソン病(PD)やアルツハイマー病(AD)は、運動機能や認知機能の進行性の低下をきたす老年期神経変性疾患の代表的な疾患であり、患者自身の苦痛が大きいのみならず、家族・社会への負担が重く、原因究明と治療法の開発が急務である。近年さまざまな神経変性疾患の原因として、凝集する性質を持つ毒性蛋白質の中枢神経組織への蓄積が注目されている。PDにおいてはalpha-synucleinやsynphilin-1、ADにおいてはbeta-amyloidやtauなどの蛋白質が凝集し蓄積していることがこれまでに明らかにされており、alpha-synucleinやtauを中枢神経系に過剰発現させたトランスジェニックマウスは神経変性を生じることが報告されている。神経細胞内では神経機能を正常に保つために、不要となったタンパク質や異常タンパク質をユビキチン化した後にプロテアソームにより分解除去する蛋白質品質管理機構が働いているが、神経変性疾患においては、この蛋白質品質管理機構が何らかの原因で破綻した結果、異常蛋白質が蓄積し神経細胞の機能障害が引き起こされていると考えられる。従って、PDやADにおいて蓄積している毒性タンパク質をユビキチン-プロテアソーム系の働きを増強して除去することが、治療法開発において今後の重要な方向の一つである。本研究は、われわれが同定した新規ユビキチンリガーゼ(E3)であるDorfinがPDやADなどの老年期神経変性疾患の治療に有用であるかどうかを、これらの神経変性疾患におけるDorfinの役割の臨床病理学的検討、培養細胞モデルや動物モデルを作製することによるin vitroおよびin vivoでの検討、Dorfinの作用機序の基礎的解明などを行うことで明らかにしようとするものである。
研究方法
1) 特異抗体を用いた老年期神経変性疾患の神経病理学的解析
病理学的にPD、レビー小体性痴呆(DLB)、 多系統萎縮症(MSA)、 AD と診断された症例の剖検中枢神経病理組織標本を抗Dorfin抗体、抗ユビキチン抗体、抗alpha-synuclein抗体、抗tau抗体などを用いて免疫組織化学およびウェスタン解析等を用いて検討した。抗Dorfin抗体は、ペプチド抗原をウサギに免疫し、アフィニティー精製することにより作製した。
2) alpha-synucleinopathy培養細胞モデルの構築
COS7や神経系細胞株であるNeuro2aなどの培養細胞へ、alpha-synucleinやsynphilin-1の発現ベクターを導入することによりalpha-synucleinopathy培養細胞モデルを構築し、細胞質内凝集体形成や細胞障害の程度を定性的・定量的に解析した。またDorfin発現ベクターを導入することにより、alpha-synucleinやsynphilin-1のユビキチン化に変化が見られるかどうかについて検討した。
3) 遺伝子改変動物の作製
beta-actinプロモータ調節下に全身で全長Dorfinを発現するコンストラクトを作製し、マウス受精卵にマイクロインジェクションすることによりトランスジェニック(Tg)マウスを作製した。導入遺伝子の確認は、マウスtailゲノムのサザンブロットにより行った。導入遺伝子の発現の確認をRT-PCR、ウェスタンブロット、免疫組織化学により行った。
4) Dorfin結合蛋白質の同定 Dorfinをbaitとした脳cDNAライブラリーを用いた酵母Two-Hybrid解析および培養細胞より抽出したDorfin複合体を用いたマススペクトロメトリー解析の2つの方法を用いて行った。同定されたDorfin結合蛋白質を発現するベクターを作製し、培養細胞を用いた機能解析を行った。
結果と考察
1) Dorfinは、ユビキチン化した封入体であるPD・DLBのレビー小体、MSAのグリア細胞内封入体、ADの神経原線維変化にユビキチンの局在と一致して存在していた。PD・DLB,MSAにおいてはalpha-synuclein が不溶化して中枢神経組織内に蓄積しているが、不溶性となった高分子蛋白質複合体を検出するfilter-trapアッセイや組織より抽出した蛋白質を界面活性剤への可溶度により分画することにより、Dorfinはこれらの老年期神経変性疾患において不溶性蛋白質複合体内に存在していることが明らかになった。従って、Dorfinは老年期神経変性疾患のユビキチン化封入体と密接な関連があると考えられた。
2) 培養細胞へ、alpha-synucleinやsynphilin-1の発現ベクターを導入することによりalpha-synucleinopathy培養細胞モデルを構築した。この実験系では、alpha-synucleinに比較してsynphilin-1は容易に細胞質内に凝集体を形成し、プロテアソーム阻害剤によりユビキチン-プロテアソーム系を阻害することによりsynphilin-1による細胞質内凝集体形成が促進された。synphilin-1は単独で凝集体形成能と細胞毒性を有しており、synphilin-1内部のアンキリン様リピート、コイルドコイルドメイン、ATP・GTP結合部位を含む中央領域が凝集体形成能を持ち、細胞毒性発現に重要な役割を有していることが明らかとなった。Dorfinは、alpha-synucleinとは結合せず、synphilin-1の中央領域のみを認識してユビキチン化することにより細胞保護的に働いていると考えられた。synphilin-1は単独で凝集体を形成し細胞毒性を持つことから、今後のalpha-synucleinopahtyの治療法開発には、alpha-synucleinのみならずsynphilin-1による病態にも注目する必要があり、新たなalpha-synucleinopathyモデルマウスを確立すべく、現在synphilin-1を中枢神経系内に過剰に発現するTgマウスの作製を進めている。
3) Dorfin-Tgマウスが5系統得られ、そのうち比較的高コピー数のDorfinが導入されたTgマウスが2系統得られた。サザンブロットにより高コピー数のDorfin-Tgマウスでは、約20コピーのDorfin遺伝子が導入されていた。Dorfin-Tgマウスの各臓器より抽出したRNAを用いたRT-PCRでは、Dorfin導入遺伝子はTgマウスの全身で発現しており、脳および脊髄において高い発現が観察された。Dorfinの高発現のみでは生後の発育は正常で、運動機能や病理組織所見などには明らかな異常を認めなかった。Dorfinを高発現するTgマウスとALSモデルマウスである変異SOD1-Tgマウスとの交配実験では、既にDorfinによるALS治療に有望な結果を得つつある。本研究での結果により、DorfinがALSと同様に、PDやADにおいても異常蛋白質のユビキチン化を通して、神経細胞内の蛋白質品質管理を行うことにより神経細胞の生存に重要な役割を果たしていることが示唆され、Dorfinを高発現させユビキチン-プロテアソーム系の活性を増強することによる老年期神経変性疾患の治療戦略は有望であると思われる。
4) ユビキチン結合酵素(E2)を始めとして複数のDorfin結合蛋白質を同定したが、この中には微小管結合蛋白質MAP1BやVCP(valosin-containing protein/p97)が存在していた。MAP1Bはレビー小体や神経原線維変化に局在していることが知られており、PD・DLBの神経病理組織の免疫学的検討ではDorfinのレビー小体における局在と一致して存在していた。Dorfinは細胞内で400-600kDの複合体を形成しており、複合体内でVCPと結合していた。VCPのドミナントネガティブ変異体はDorifnのin vivoでのE3活性を阻害し、DorfinのE3活性にVCPが必要であることが明らかとなった。VCPは小胞体関連分解における蛋白質品質管理に重要な働きをしており、レビー小体に局在していることから、老年期神経変性疾患の病態と治療を考える上で重要な分子であると考えられた。
結論
Dorfinは老年期神経変性疾患の病態に深く関わっており、Dorfinを高発現することによりユビキチン-プロテアソーム系の働きを増強して、PDやADにおける 毒性蛋白質の蓄積防止、除去を行うことが今後の重要な治療戦略となりうる。

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