高齢者糖尿病治療と健康寿命に関するランダム化比較研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300176A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者糖尿病治療と健康寿命に関するランダム化比較研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
井藤 英喜(東京都多摩老人医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 大橋 靖雄(東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学)
  • 柏木 厚典(滋賀医科大学内分泌代謝内科学)
  • 山田 信博(筑波大学臨床医学系内科、代謝・内分泌学)
  • 横野 浩一(神戸大学大学院医学系研究科老年内科学)
  • 梅垣 宏行(名古屋大学医学部附属病院老年科)
  • 三浦 久幸(国立長寿医療センター外来総合診療科)
  • 大庭 建三(日本医科大学老人科)
  • 荒木 厚(東京都老人医療センター内分泌科)
  • 神崎 恒一(東京大学医学部老年病科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
33,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢者2型糖尿病の治療として、どのような治療が最適であるのかを検討する目的で、臨床的エビデンスとして最も有用とされるランダム化比較試験を行う。すなわち、高齢者中等度以上の耐糖能低下を示す高齢者2型糖尿病を、成人糖尿病と同様の管理目標を達成すべく治療を行う強化治療群と主治医が妥当と考える治療を行う通常治療群に無作為に分け、両群における糖尿病性細小血管症、動脈硬化性血管障害、死亡、IADL(Instrumental Activity of Daily Living)、認知機能、うつ状態、糖尿病負担度の推移を前向きに調査、比較検討することにより、高齢者2糖尿病における最適な治療を明らかにする。
研究方法
HbA1Cが7.5%以上、およびHbA1Cがが7.0―7.5%で血圧、血清脂質あるいは体重が強化治療群における管理目標に達していない65歳以上の2型糖尿病症例を登録する。登録後、1月以内に、年齢、性、糖尿病治療法、HbA1C,血清脂質(総コレステロール、トリグリセライドおよびHDL-コレステロール)、血圧、糖尿病性細小血管症および動脈硬化性血管障害の有無、高脂血症および高血圧の有無および施設を割り付け因子として症例を通常治療群と強化治療群の2群に分ける。強化治療群においては、体重はBMI:25kg/m2、HbA1C:6.5%、血圧:130/85mmHg、血清総コレステロール:冠動脈疾患(-)例では200mg/dl、冠動脈疾患(+)例では180mg/dl、LDLコレステロール:冠動脈疾患(-)例120mg/dl、冠動脈疾患(+)例では100mg/dl、トリグリセリド:150 mg/dl以下、HDLコレステロール:40mg/dl以上を目標とした治療を行なう。一方、通常治療群では、主治医が妥当と考える治療を行う。これら2群の症例を前向きに追跡し、両群における諸検査値(体重、BMI、血圧、HbA1C、血清脂質、尿蛋白量など)、糖尿病性細小血管症、動脈硬化性血管障害の発症の有無、死亡、死因、IADL, 認知機能、うつ状態、糖尿病負担度の推移を比較検討する。
尚、IADL、認知機能、うつ状態、糖尿病負担度の測定には、それぞれ老研式活動指標、ミニメンタルテスト(MMSE)、老年者うつスケール(GDS)、糖尿病負担度スケールを用いる。この研究の実施においては被験者全例から、この研究の趣旨を説明したうえで、文書での同意を得るなど、倫理的な配慮も十分に行なっている。
結果と考察
平成12年4月から12月にかけ、プロトコール、調査項目、調査票、群割り付け方式およびデータ管理システムを検討、作成した。平成13年3月から平成14年2月にかけ症例登録を行った。最終的に、大規模研究といってよい1,173症例が登録された。登録症例には、IADL低下例(老研式活動能力指標9点以下)、うつ状態例(GDS 5点以上)、認知機能低下例(MMSE 22点以下)が、それぞれ13、28、4%含まれていた。
その後、毎年9月30日を、当該年度の観察終了時点として調査を繰り返している。登録時調査票に関しては94%、第1年次調査票に関しては90%、本年度実施した第2年次調査票に関しては76%の調査票を回収している(最終的には100%の回収率を目指している)。第2年次までの累積脱落症例数は31症例(2.6%)と極めてすくなく、精度の高い追跡が行われている。
登録1,173症例中585症例は強化治療群に、588症例は通常治療群に割り付けられた。両群における登録時の年齢、性、糖尿病治療法、BMI、HbA1C,血清総コレステロール、トリグリセリド、HDL-コレステロール、収縮期血圧および拡張期血圧に差異は認めず、また75歳以上、HbA1C≧7.5%以上、糖尿病網膜症、腎症、虚血性心疾患、脳血管障害、高脂血症薬使用、降圧薬使用の頻度およびリスクの数にも両群間に有意差を認めず、両群の臨床背景は均等と考えられた。
追跡2年次まで(平成15年9月まで)に累積致死的エンドポイント25件、非致死的エンドポイント43件の計68件の心血管イベントが発生した。そのうち、心筋梗塞、狭心症、突然死、冠動脈インターベンションが合計25件、脳血管障害が22件、入院を要する心不全が5件を占めた。イベントは強化治療群で35件、通常治療群で33件とほぼ同数であり、群間の差異は認めなかった。しかし、追跡開始後強化治療群のHbA1Cは7.5%前後で推移しているのに比較し、通常治療群ではHbA1Cは8%前後で推移している。一方、体重、血圧、血清脂質の推移には両群間に大きな差異をみとめていない。このような検査値の推移が、今後両群のイベントの発生率にどのような影響を与えるか、注意深く観察していく必要があると考えている。
さらに本年度は登録時データの解析に着手した。登録症例のIADL低下(老研式活動能力指標9点以下)の危険因子としては年齢、糖尿病網膜症および脳血管障害が, うつ状態(GDS 5点以上)の危険因子としては女性であることおよび脳血管障害が、また認知機能低下(MMSE 22点以下)の危険因子としては年齢および脳血管障害が重要であることが明らかとなった。
また、各班員は共同研究に加え、分担研究を実施した。井藤は高齢者糖尿病患者における肥満は、エネルギー摂取過多より油脂あるいは嗜好飲料の過剰摂取と関係することを明らかにした。大橋は日本動脈硬化縦断研究に登録され、栄養調査を行いえた40,219例を対象に栄養摂取patternと動脈硬化危険因子との関係を検討し、日本人の栄養摂取をpattern認識することが可能であること、栄養摂取patternと動脈硬化危険因子との関係が認められることなどを明らかにした。柏木は糖尿病腎症進展率に年齢差を認めないが、腎症進展の危険因子が年齢により異なる可能性のあることを明らかにした。山田は日本人成人糖尿病を対象とした治療介入研究であるJDCStudyと英国人2型糖尿病を対象とした治療介入研究であるUKPDSのデータを比較し、日本人2型糖尿病は白人糖尿病と比較して肥満度が少ないにもかかわらずエネルギー摂取量の多いこと、過食で肥満している患者はごくわずかであると考えられることを明らかにした。横野はアルツハイマー型痴呆を合併した高齢者糖尿病では、キーパーソンを中心とした教育、療養環境の整備が良好な血糖コントロールや栄養状態を維持する上で重要であることを明らかにした。梅垣は高齢者糖尿病においては、血糖コントロールの改善により認知機能の改善が図れる可能性のあることを明らかにした。三浦は、運動介入の高齢者糖尿病の認知機能への影響を検討することを計画しているが、本年度はどの程度の運動量が適当であるかを検討した。大庭は大動脈脈波速度が心血管病変の臨床的指標として有用であることを明らかにした。荒木は高齢者糖尿病においては、積極的コーピングが脳血管障害の危険因子であることを明らかにした。神崎は最近15年間の高齢入院患者において、糖尿病あるいはその他の生活習慣病および脳血管障害が増加する傾向にあることを明らかにした。
本研究班で実施している研究は、世界で始めての高齢者2型糖尿病を対象とした大規模治療介入研究であるが、本年度は平均追跡期間2年の調査を行い、そのデータを解析した。この時点までの脱落率は2.6%と低く、信頼性の高い追跡が行われていることが明らかとなった。平均追跡期間が2年で、すでに68件の重大なイベントが観察されている。今後さらに3-4年追跡すればイベントの危険因子や健康寿命を保つための治療指針の作成に十分な科学的根拠を提出できるものと考えられる。現時点ではイベント発生率に群間の差異は認めていないが、両群間にHbA1Cの推移に大きな差異を認めている。この両群間におけるHbA1Cの差異が、両群の臨床経過に今後どのような影響をもたらすか注意深く観察する必要がある。
登録時のデータに関する解析では、高齢者の健康寿命維持において脳血管障害、糖尿病性細小血管症予防が重要であることが明らかとなった。したがって、今後、本研究において、これらの血管障害の危険因子、防御因子を栄養摂取、運動量、臨床検査値などの側面から多面的に解析し、高齢者2型糖尿病治療の治療指針を明らかにする必要がある。
結論
高齢者2型糖尿病を対象とした大規模治療介入試験を実施した。世界に十分情報発信できる症例数を用い、脱落例の極めて少ない精度の高い追跡調査が行われている。また、分担研究として行われた研究において、高齢者糖尿病に関する新しい知見が多くえられた。

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