ステロイドシグナル経路を分子標的とした新しい老年病の予防・治療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300175A
報告書区分
総括
研究課題名
ステロイドシグナル経路を分子標的とした新しい老年病の予防・治療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
井上 聡(東京大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 秋下雅弘(杏林大学)
  • 堺隆一(国立がんセンター研究所)
  • 池田和博(埼玉医科大学)
  • 近藤宇史(長崎大学)
  • 武山健一(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 柳澤純(筑波大学)
  • 津久井通(埼玉医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
27,040,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会の加速化に伴い、老化、老年病の予防、治療と健やかな加齢が社会的に強く求められている。老化とともに体内で変化する大きな因子としてステロイドがあげられ、特に不足したステロイドを補うことにより老化を制御できることが知られている。この方法を発展させ、健全な加齢を促し、抗老化、老年病予防、治療法の開発により、より豊かな長寿社会を実現できることが想定される。特に、性ステロイドは性分化、性機能の調節に必須であり、生殖系の老化を決める大きな因子であるばかりでなく個体の老化を制御する大きな要因でもあり、しかも各臓器の老化、すなわち骨代謝、血管細胞新生、脳代謝などの老化に随伴する生理現象にも深く関わっている。高齢者での性ステロイドの低下、すなわち女性でのエストロゲン分泌低下、男性でのアンドロゲン分泌低下は、骨粗鬆症、動脈硬化症、アルツハイマー性痴呆をはじめとする老年病に密接に関与しており、その作用経路としてステロイド受容体を介する機序が主なものと考えられる。エストロゲンの受容体(ER)には従来知られているERαに加えて、新しい受容体ERβが発見され注目されている。アンドロゲンはそれによく似た構造を持つ受容体(AR)を介して働き、同じく老化と関連するグルココルチコイド受容体(GR)とともに、ステロイド受容体と総称される。老化における多彩なステロイド作用機序を知り、その抗老化作用、老年病における役割を明らかにするためには、各ステロイド受容体の組織特異的な発現と機能、情報伝達機構、ステロイド調節薬の作用機構の解明が不可欠である。本研究の狙いは、ステロイド作用の調節、受容体機能、関連相互作用、共役因子、シグナル伝達、下流標的因子群の性状を分子レベルで解明し、ステロイドならびその受容体の、個体の老化、臓器の老化、老年病における役割を明らかにし、老化、老年病の新しい予防、治療法を開発することにある。特に、未だ実体の明らかになっていない新たなステロイド作用経路を探索し、老化におけるステロイド作用機構の解明から、細胞増殖、分化制御、抗老化・老年病因子としての意義について明確にし、老化制御、老年病予防、治療法開発の新規標的とする。そして、老化、老年病の新しい分子標的の探索・同定からその臨床応用を探る。
研究方法
1) エストロゲン応答遺伝子Efpの機能検索を、分子生物学的解析と培養癌細胞移植ヌードマウスを用いた遺伝子治療モデルの系を用いて行った。2) エストロゲン応答遺伝子ERRαの遺伝子多型が骨量に及ぼす影響を閉経後日本人女性を対象とした臨床データの相関解析により行った。この研究は倫理委員会の承認を得ている。また骨芽細胞分化におけるERRαの発現変化をラット初代培養骨芽細胞において定量的RT-PCR法を用いて解析した。3) エストロゲンによる骨形成制御機構を明らかにするために、骨芽細胞におけるエストロゲン応答遺伝子をアデノウィルスによる遺伝子導入法とマイクロアレイ法を用いて探索した。4) ビタミンD3である応答遺伝子p57Kip2による骨形成制御機構を明らかにするために、p57Kip2過剰発現安定性形質発現骨芽細胞株を用いてp57Kip2シグナル下流として発現の増減する遺伝子をマイクロアレイ法により探索した。5) 血管平滑筋細胞(VSMC)および心筋線維芽細胞(CF)増殖におけるERサブタイプの役割を、アデノウィルスを用いたER各サブタイプとそのドミナントネガティブ体の遺伝子導入系によ
り検討した。6) 虚弱高齢男性54名における血中テストステロン濃度測定と日常生活機能の定量的評価を行いその関連を調べた。この研究は倫理委員会の承認を得ている。7) エストロゲンのnon-genomic作用を、膜移行シグナルにより膜近傍に局在させた受容体複合体の精製により生化学的に解析した。8) エストロゲン受容体の負の調節因子を、ドミナントネガティブ型受容体に結合する因子としてスクリーニングした。得られた因子の機能解析を生化学的に行った。9) エストロゲン受容体を介した心筋細胞保護作用におけるレドックス制御分子の関連を生化学的に検討し、特にAktシグナルとの関連を解析した。10) ショウジョウバエを用いてエストロゲン受容体、アンドロゲン受容体の機能解析を遺伝学の手法を用いて行った。神経変性疾患のモデルとしてポリグルタミンを増幅した変異性アンドロゲン受容体を導入した生体実験系を確立し、治療薬の作用を検討した。11) 脳におけるエストロゲンのnon-genomic作用を蛋白生化学と遺伝子改変動物を用いて行った。特に、IGF-1シグナルとの関連を解析した。12) 老化と老年病の疾患モデル動物としてERを導入したコンディショナルトランスジェニック動物を開発し、その表現型を解析した。
結果と考察
1) エストロゲン応答遺伝子Efpは、エストロゲン応答性の細胞増殖に関わり、老年期のがん治療への応用や骨粗鬆症への関与が示唆された。2) ERRαは骨の細胞でエストロゲンに応答しその発現が上昇する。この遺伝子のSNPは骨量と相関し、遺伝子診断への応用が示唆された。3)骨芽細胞におけるエストロゲン応答遺伝子としてトランスグルタミラーゼをはじめとする新しい分子標的が明らかになった。これらの標的を閉経後骨粗鬆症の診断と治療に結びつけていくことが有用と考えられる。4) ビタミンD3応答遺伝子であるp57Kip2が、骨基質蛋白質オステオポンチンを介して骨形成に関わる可能性が示された。5) 血管平滑筋細胞(VSMC)および心筋線維芽細胞(CF)増殖におけるERサブタイプの役割はそれぞれ異なるが、基本的にはERがエストロゲン作用を媒介していることが示された。動脈硬化制御への応用が期待された。6) 虚弱高齢男性における血中テストステロン濃度と日常生活機能の指標が相関し、臨床的マーカーとしての応用可能性が示された。7) エストロゲンのnon-genomic作用として膜近傍で受容体とともに形成される新しいシグナル複合体を明らかにした。8) エストロゲン受容体の負の調節因子として、脱リン酸化酵素を見出した。この酵素はPP5と呼ばれ、エストロゲンシグナルを応答遺伝子レベルで調節することを明らかにした。9) エストロゲン受容体を介した心筋細胞保護作用において、レドックス制御分子とAktシグナル経路が関わっていた。グルココルチコイドの心血管保護作用の解明にこの発見を発展させていく。10) ショウジョウバエの生体と遺伝学を用いてエストロゲン受容体、アンドロゲン受容体の新しい修飾因子群を見出すとともに、神経疾患の治療標的としてのアンドロゲン受容体の役割を明らかにした。11) 脳におけるエストロゲンのnon-genomic作用としてIGF-1を介する経路と介さない経路を見出した。脳におけるエストロゲンの保護作用の応用が期待される。12) エストロゲンシグナルを改変したマウスを作製し、老化と老年病の疾患モデル動物への応用が期待された。
結論
本研究で主任研究者は老化におけるステロイドの標的因子を複数のアプローチによって明らかにし、抗老化・老年病治療と診断の分子標的としての役割を示した。分担研究者は、脳、血管、骨の老化におけるステロイドの新しい分子標的、シグナル経路を明らかにするとともに、老化と老年病の疾患モデル動物を開発した。

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