老年症候群に関与する脳皮質下虚血病変の危険因子解明に関する縦断研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300173A
報告書区分
総括
研究課題名
老年症候群に関与する脳皮質下虚血病変の危険因子解明に関する縦断研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
鳥羽 研二(杏林大学高齢医学)
研究分担者(所属機関)
  • 森本茂人(金沢医科大学・老年病学)
  • 岩本俊彦(東京医科大学 老年病科)
  • 西永正典(高知医大老年科)
  • 秋下 雅弘(杏林大学高齢医学)
  • 葛谷雅文(名古屋大学老年科学)
  • 長野宏一朗(東京大学医学部付属病院医療福祉部)
  • 勝谷友宏(大阪大学 加齢医学)
  • 武地 一(京都大学医学部付属病院 老年内科)
  • 横手 幸太郎(千葉大学医学部第二内科)
  • 松井敏史(東北大学医学部 老年呼吸器内科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成18(2006)年度
研究費
27,378,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
認知機能障害の進展に血管因子の重要性が指摘され、アルツハイマー病においても、血管因子が進展に重要な役割を演ずることが判明したが、30歳ころから加齢により増加し、後期高齢者では70%以上の高頻度で出現する脳皮質下虚血病変は、老年症候群との関連が指摘されているが、危険因子や、遺伝的負荷素因は殆ど解明されていない。本研究は危険因子を解明し、遺伝子多型に関しては、慢性疾患の老年症候群合併予防に有効な薬剤選択に指針を与え、液性危険因子の解明は、薬物療法、栄養療法や運動療法による介入によって改善可能な戦略の開発を意図し、ひいては、医療費削減、介護保険費用の増大に歯止めをかけ、国民福祉に貢献せんとするものである。
研究方法
I) 研究年度計画外来及び地域2185名(登録症例)において、MRIによる脳皮質下虚血病変(外来、入院のみ)と老年症候群、ADLや認知機能などの生活関連機能評価を横断調査(平成15年度)及び縦断的に記録し(平成16,17年度年目)、これらを従属変数として、老化関連因子である高血圧・動脈硬化・酸化ストレス・痴呆関連の遺伝子多型や、液性因子の関与を解析する。
II) 対象と分担 地域CGAと危険因子:仙台市近郊地域高齢者168名(松井)、高知県K町高齢者330名(西永)、金沢市介護施設利用者158名(森本)
画像、CGA、老年症候群、危険因子:杏林大学外来74名(秋下)、東京大学外来・入院100名(長野)、京都大学外来100名(武地)、大迫町・大阪大学外来800名(勝谷)、東京医大外来346名(岩本)、名古屋大学外来31名(葛谷)、千葉大学外来78名(横手)
研究は共通のプロトコールを明確にし、期間内に一致した成績が残せるように立案した。
III) 共通プロトコール
①総合的機能評価方法; 基本的日常生活活動度(Barthel Index), 手段的日常生活活動度(Lawton)認知機能(MMSE),うつ(Geriatric Depression Scale)・意欲(Vitality Index)、
転倒、失禁、頻尿、歩行障害、嚥下障害など認知機能に関連し前期高齢者以降増加する21項目の調査、血管障害危険因子(年齢、性、DM, HT, 高脂血症、喫煙、既往)を必須共通調査項目。
②外来・入院施設における共通項目; MRIによりラクナ梗塞を定量、皮質下の高信号域(PVH)をFazekasの原法で分類、脳室拡大はLeMay法、皮質萎縮は3段階半定量法(分担:秋下、武地、勝谷、長野)。
③在宅、介護施設における共通項目;介護保険関連情報;要介護度、自立度JABCランク(分担:森本、西永、松井)
④遺伝子多型の調査項目;
1) アンジオテンシンI 変換酵素遺伝子挿入(I)/欠失(D)(insertion/ deletion)など18項目
⑤ 液性因子調査項目;テストステロン、DHEA、栄養因子(TC, ChE, Alb)など12項目
倫理面への配慮
全ての調査において、各施設の倫理委員会の許可を得ることとする。
倫理員会通過状況: 大阪大学(勝谷)、東北大学(松井)、杏林大学(秋下)、千葉大学(横手)は倫理委員会で承認。残りの施設は審議中、または再審査となっている。
患者のサンプル解析においては、事前に文書で本人に説明と同意を得ることとし、不参加の場合でもなんらの不便、不都合とならないことを伝える。解析の際にも患者のプライバシーに配慮し臨床経過が個人と結びつかないようにデータを管理する
結果と考察
脳虚血性白質病変の成因
血管病変と血行力学要因
MRI画像上、ビンスワンガー型はICA-MCA病変を認めた346例中30例にみられ、平均動脈圧をみると変動差が大きく、最低平均動脈圧が低かった。(岩本)
脳室周囲白質病変:CT画像上脳室周囲の低吸収域(PVL)
PVLが広範な例で下肢動脈病変も高率で、白質病変と頭蓋外動脈病変との関連を示唆する。60歳以上の外来患者307例で、大動脈における壁伸展性の増大、末梢血管抵抗の亢進とPVLが関連し、前方部分のPVLで末梢血管抵抗増大が著しく、前頭葉深部白質は血行力学的ストレスを受けやすい(岩本)
MRI上の脳室周囲高信号域(PVH)の成因に関し、patchyはラクナ梗塞との、diffuseは脳主幹動脈病変との密接な関連が示された。patchyは小動脈病変による虚血の多発、癒合性変化が、diffuseは脳主幹動脈病変に基づく血行力学的な成因が考えられた(岩本)。PVHが重症である方がbaPWVが高値であり、PVHスコアは、年齢、収縮期血圧を独立変数とした重回帰分析でもbaPWVの有意な決定因子(β=-0.473, p<0.05)(秋下)。
以上より、広範な虚血性白質病変は高齢者のなかでも動脈硬化が高度に進展した病態で、脳内小血管病変のみならず大血管に生じた動脈硬化が血行力学的な機序で脳虚血性白質病変を惹起する可能性がある。
脳皮質下虚血病変と総合機能評価と老年症候群
総合機能評価各項目との関連
認知機能に関して、PVHスコアは痴呆の重症度(MMSE)と有意な負の相関を示した(長野、葛谷)。アルツハイマー型痴呆患者において、PVHの重症度は符号テストが低い結果に関連があり(p=0.03)、白質病変が、特異的な認知機能(精神運動速度)の低下に影響を及ぼす可能性が示唆された(葛谷)。
認知機能と脈波速度は有意の負の相関を示したが、PVHや広範な白質病変合併ではより脈波速度が亢進していた(秋下)
脳皮質下虚血病変と老年症候群:
不眠と白質病変(松井)、宮城県女川町在住健常高齢者168人(平均年齢 69才)の検討で76名(54 %)に深部白質病変を、46名(34 %)に傍側脳室の白質病変を認めた。傍側脳室の白質病変が存在すると約2.5倍早朝に目が覚めてしまうという結果を得た。傍側脳室には神経細胞をつなぐ比較的長い線維が通っており、白質病変の存在は前頭葉機能や視床下部機能に影響を与え睡眠が変容する可能性が示唆された。
睡眠に無呼吸と白質病変(森本)
長期療養型老年病院の虚弱以下の153例(平均年齢81歳)において、睡眠時無呼吸の頻度は55例(36%)と罹患率が高く、頭部CT上の脳室周囲透亮像の程度分類とは有意(p<0.001)の相関を認めた。
脳皮質下虚血病変の危険因子としての遺伝子多型・液性因子
皮質下虚血病変のリスク高血圧、MMSE低下と遺伝子多型(勝谷)
大迫研究参加者と外来受診者で、高血圧感受性遺伝子の頻度は、AGT/T235が81%(白人45%)、ADD1/Trp460が57%(白人15%)、CYP11B2/T-344が69%(白人50%)、GNB3/T825が52%(白人25%)と全て有意に(p<0.01)に高値であった。大迫研究の高齢者(65才以上)において、eNOS/T894アリル保有者の収縮期血圧は138.8mmHgとGG型 (134.3mmHg)よりも有意(p<0.034)に低く、脈圧(p<0.025)、高血圧罹患(p<0.05)とも有意な関連を示した。
認知機能:eNOS/T894アリル保有者のMMSEスコアは有意(p<0.01)に低く、同多型と認知機能低下との関連が示唆された。
動脈硬化指標Lp(a )と総合的機能評価(西永)
高齢者健診を受診した330例(平均年齢83歳)において、脳卒中既往の割合は Lp(a)高値群で高く(p<0.05)10年間の追跡期間中で脳卒中および心疾患死と定義した動脈硬化性疾患死亡は、Lp(a)高値群で多かった。
男性ホルモンと脈波(秋下)脈波速度は、PVHと相関が見られ、baPWVを従属変数とした重回帰分析により検討したところ、free-TとTNF-αが有意なbaPWVの決定因子であった。
血清オステオポンチンと動脈硬化疾患(横手)
PVH、白質病変との関連を調査するため、78名ついて血清オステオポンチン(OPN)を検討し、LDLコレステロール値と逆相関した。
血清脂質(長野)
PVHの重症度は総コレステロール値と有意な負の相関を示し、低栄養が脳皮質下虚血病変の要因となることが示唆された。
結論
今回進行した全身の動脈硬化指標である脈波速度亢進、血圧変動、収縮期低血圧などがPVHと相関がみられた。間接的ながら、炎症性のマーカー(TNFα、IL6 や動脈硬化の危険因子であるLP(a)、オステオポンチンなど候補の液性因子が基礎的検討を終え、白質病変との関連検討が可能となった。
今回、早朝覚醒、睡眠時無呼吸、認知機能障害とPVHの関連がはじめて定量的に明らかになった。従来報告されてきた遺伝子以外にeNOS遺伝子多型などの候補が上がってきた。

公開日・更新日

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