老齢者のソフトポーズとエネルギー代謝に及ぼす新規ホルモングレリンの役割と臨床応用

文献情報

文献番号
200300170A
報告書区分
総括
研究課題名
老齢者のソフトポーズとエネルギー代謝に及ぼす新規ホルモングレリンの役割と臨床応用
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
寒川 賢治(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中尾一和(京都大学医学部)
  • 千原和夫(神戸大学大学院)
  • 芝崎 保(日本医科大学)
  • 山下俊一(長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設)
  • 児島将康(久留米大学分子生命科学研究所)
  • 赤水尚史(京都大学医学部附属病院探索医療センター)
  • 中里雅光(宮崎大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
45,630,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
成長ホルモン(GH)は下垂体から分泌され、成長や代謝調節、老化の抑制などに深く関与するホルモンである。ヒトやラットなどの哺乳類のGH分泌は思春期をピークとして以後減退する。脂肪分解、細胞増殖、筋・骨形成などの作用を有するGHの分泌低下は、ソマトポーズとよばれ、筋肉と骨量の低下および内臓脂肪蓄積型肥満などをもたらし、生活の質(QOL)の低下を引き起こす。代表研究者らが発見・構造決定した新規成長ホルモン分泌促進ペプチド;グレリンは、下垂体からの成長ホルモン分泌促進作用に加え、摂食亢進作用やエネルギー代謝調節ならびに循環器系の調節にも作用する。胃におけるグレリンの発見は、これまで主に脳の視床下部により調節されていると考えられていたGH分泌が、消化管で産生されるホルモンによっても調整されているという新たな概念を打ち立てるとともに、治療薬としてのさまざまな可能性を期待させるものである。本研究では、基礎と臨床の研究者が共同で、グレリンの生体機能調節や高齢者におけるソマトポーズとの関連を明らかにし、超高齢化社会における高齢者のQOLの向上に向けた臨床応用を目指したい。
研究方法
本年度は、グレリンによる老化制御の可能性に焦点をあてて、以下のような広範な検討を行った。1)脂肪酸摂取によるグレリンのアシル効果とソマトポーズ治療への応用、2)グレリン受容体発現とソマトポーズとの関連、3)高齢者の生活習慣病におけるグレリンの作用機構、4)加齢マウスにおけるグレリン血漿濃度と摂食および体重増加作用、5)加齢に伴う胃グレリン発現の変動およびその発現機構、6)ヒトグレリン遺伝子の発現調節機構に関する検討、7)胃切除術後症状の病態解明とグレリン臨床研究の展望、8)グレリンの臨床第I相試験の結果
結果と考察
1)脂肪酸摂取によるグレリンのアシル化効果とソマトポーズ治療への応用
児島は、マウスにトリアシルグリセリドを混ぜた餌を摂取させ、胃のグレリン含量とその分子型を検討した。その結果、炭素数6個から10個の脂肪酸からなるトリアシルグリセリドをマウスに摂取させると、摂取した脂肪酸の炭素数で修飾されたグレリンが増加することが明らかになった。これらの結果は、食餌中の脂肪酸が直接グレリンの脂肪酸修飾基として利用されることを示しており、脂肪酸の摂取はソマトポーズの治療に応用できる可能性を示している。
2)グレリン受容体(GHS-R)発現とソマトポーズとの関連
芝崎は、グレリンの視床下部におけるエネルギー代謝調節作用を解明するために、視床下部のグレリン受容体(GHS-R)発現を抑制したトランスジェニック(Tg)ラットのエネルギー代謝について解析した。高脂肪食を与えたTgラットでは、対照群に比べ褐色脂肪重量が有意に増加していた。さらにTgラットでは、褐色脂肪組織のUCP1遺伝子発現が増加し、酸素消費量、二酸化炭素産生量、直腸温も有意に高値であった。これらの知見は、グレリンのエネルギー蓄積作用を受容体側から証明したもので、グレリンのソマトポーズ治療への新たな方向性を示すものとして有用である。
3)高齢者の生活習慣病におけるグレリンの作用機構
中里は、末梢で産生されるホルモンの情報伝達やそれらの分泌制御に対する自律神経機構の重要性に着目し、グレリンおよびCCKの短期摂食調節における相互作用を2型糖尿病モデルであるCCK-A受容体欠損ラット(OLETFラット)を用いて検討した。グレリンあるいはCCKを先行投与すると、各々引き続き投与したCCKやグレリンの中枢への情報伝達が遮断された。グレリン受容体とCCK-A受容体は、迷走神経節の同一ニューロンで産生されており、グレリンやCCKの情報が末梢の受容体レベルで制御されている可能性がある。高齢者糖尿病でみられる自律神経機能障害や加齢に伴う自律神経系のトーヌスの変化などは、グレリンおよびCCKの情報伝達に影響を及ぼす可能性があり、高齢者の摂食障害やソマトポーズの要因となることが示唆された。
4)加齢マウスにおけるグレリンの血漿濃度と摂食および体重増加作用
寒川は、高齢者のソマトポーズにおけるグレリンの関与、およびその臨床応用の可能性を検討する目的で、若年および加齢マウスにおけるグレリンの血中濃度を検索し、さらに、それらにおけるグレリンの摂食亢進・体重増加作用を比較検討した。血漿総グレリン濃度は加齢とともに増加し、加齢マウスでは若年マウスの約2倍に達していた。また、グレリンは加齢マウスにおいても低用量で体重増加をもたらした。これらのことは、ソマトポーズの成因に血漿グレリン濃度が関与しない可能性、および、加齢マウスにおいてもグレリンが十分な摂食亢進・体重増加作用を有していることを示しており、高齢者におけるグレリンの臨床応用を考える上で重要な知見であると考えられる。
5)加齢に伴う胃グレリン発現の変動およびその発現機構
千原は、グレリン発現と加齢に伴う成長ホルモン(GH)分泌低下の関連を明らかにするために、ラット胃グレリンmRNA量の加齢による変動をRT-PCRで検討した。また、グレリン遺伝子5(上流配列のクローニングと機能解析を行なった。高齢ラットでは若年ラットに比べ胃グレリンmRNA量は低下していた。グレリン遺伝子プロモーターは、検索し得た細胞株のなかでは胃カルチノイドに由来するECC10細胞においてのみ強い活性を示し、-447から-402、および-301から-268の遺伝子領域が、その特異的発現に重要であることが明らかとなった。グレリン発現低下が加齢に伴うGH分泌低下に関与する可能性も考慮する必要があり、その解析のための系が確立できた。
6)ヒトグレリン遺伝子の発現調節機構に関する検討
中尾は、高齢者ソマトポーズに対する分子標的薬・ゲノム創薬による治療薬の開発に向けて、ヒトグレリン遺伝子5(上流領域の構造およびプロモーター活性の解析を行った。TT細胞を用いたルシフェラーゼ解析によって、翻訳開始点より-193から-349および-1010から-1409にプロモーター活性の上昇を認めた。これらの領域に存在する種々のコンセンサス配列のうち、bHLH型転写因子の結合するE-boxに変異を導入し、活性の低下を確認した。ゲルシフトアッセイにてbHLH-LZ型転写因子であるUSF(Upstream stimulatory factor)との特異的な結合が認められ、USFがヒトグレリン遺伝子発現に関与していることが示唆された。
7)胃切除術後症状の病態解明とグレリン臨床研究の展望
山下は、胃切除術後の患者QOLの低下とグレリンとの関連を明らかにするために、胃全摘、亜全摘、および膵頭十二指腸切除などの53症例を対象とし、グレリンの血中動態とその意義を検討した。長崎大学倫理委員会の承認後、インフォームドコンセントの得られた治癒切除可能な胃切除予定症例、および術後6ヶ月以上経過し再発の認められない症例に関し、グレリンの測定を行った。胃摘術後の食欲低下や体重減少とグレリンの低下は相関する結果が得られた。胃全摘出術後に認められる様々な機能障害の病態メカニズムにグレリン欠乏が関与している可能性が示唆された。
8)グレリンの臨床第I相試験の結果
赤水は、グレリンの多彩な生理作用を利用した臨床応用の第一段階として、臨床第I相試験を施行した。18人の健常人ボランティアに対してグレリンまたはプラセボを投与するランダム化二重盲検試験を施行し、グレリンのGH分泌や空腹度への影響を検討した。グレリン投与によって、血清GHと空腹度への影響に関する検討では、有意ではないが用量依存的な上昇傾向が観察された。安全性に関しても、少数例において軽度のほてり感、軽度の腹部症状、発汗を自覚したのみで、その他に特記すべきものは認められなかった。以上より、臨床第I相試験によってグレリンの臨床効果と安全性が確認された。今後、高齢者患者などへの投与を行う臨床第II相試験の準備を進めていく予定である。
結論
新規ホルモン;グレリンの生体機能調節や高齢者におけるソマトポーズとの関連を明らかにするために、基礎と臨床の両面から検討を行い、次のような成果を得た。グレリンのアシル化基質として食餌中の脂肪酸が使用されることを、脂肪酸修飾部位に特異的なラジオイムノアッセイとグレリンC末端に特異的なラジオイムノアッセイを用いて証明した。グレリンの同化促進作用がグレリン受容体(GHS-R)発現抑制トランスジェニックラットの機能解析からも明らかになった。また、グレリンやCCKによる空腹または満腹シグナルの伝達が、迷走神経求心線維末端の受容体レベルで制御されている可能性が示唆された。加齢マウスにおいて低用量のグレリン投与による体重増加が認められ、高齢者においてもグレリンの摂食亢進・体重増加作用の発現が十分に期待できるものと考えられた。ヒトグレリン遺伝子のプロモーター解析により、グレリン遺伝子発現調節機構の詳細な検討が可能となった。さらに胃切除術後症例でのグレリン動態や臨床第I相試験の結果から、グレリン投与がソマトポーズやエネルギー代謝異常にだけでなく、カヘキシアや神経性食思不振の治療にも応用できる可能性が示された。

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