老人性肺炎予防の新戦略-Evidence Based Medicine確立のための大規模研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300168A
報告書区分
総括
研究課題名
老人性肺炎予防の新戦略-Evidence Based Medicine確立のための大規模研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
大類 孝(東北大学病院 老年・呼吸器内科)
研究分担者(所属機関)
  • 関沢清久(筑波大学大学院 臨床医学系内科学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,760,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
肺炎による死亡は、抗生物質の普及した今日においても全疾患別死亡の第4位を占め、その9割が高齢者で占められる。高齢者における肺炎は再発性かつ難治性で致死率も高く、その予防法の確立が急務である。私共は、これまで老人性肺炎のほとんどは口腔内雑菌を含む唾液や胃液の肺内への不顕性誤嚥に伴って生じることをつきとめ、肺炎発症の病態解明を行ってきた。その成果として、不顕性誤嚥は嚥下反射と咳反射の低下によって生じること、両反射は迷走神経知覚枝の頚部神経節で合成されるサブスタンスP(SP)によって規定されていること、SPは大脳黒質線状体で作られるドーパミンによって規定されており、ドーパミンの減少は大脳基底核の脳血管障害によって生じることを見出した。即ち、老人性肺炎は脳血管障害でも頻度の高い穿通枝領域の梗塞によって生じるという一連の病態を解明できた。本研究では、これらの病態をふまえ、Evidenceに基づいた老人性肺炎の予防法を確立する。具体的には、嚥下機能および咳反射改善作用を有するアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤の投与が、脳血管障害を有する高血圧患者において肺炎の予防効果を有するか否かについて、前向き、コントロールとの比較試験を実施し、また、長期療養型老人福祉施設に入所中のADLの低下した高齢者を対象として、無作為、ランダム化、前向き研究を行いADLの低下した高齢者に対する肺炎球菌ワクチンの有用性について明らかにした。老人医療費の高騰が指摘されている今日、老人性肺炎の予防法を確立することは医療費の抑制にもつながり、平均寿命の延長にも貢献し、極めて社会的意義が大きいと考えられる。
研究方法
1. 外来通院中の1,426名の高血圧合併脳血管障害患者(年齢68歳から89歳まで、平均75歳)を対象として、本人および家族の同意を得た上で、無作為に(1)ACE阻害剤投与群、(2)カルシウム拮抗剤投与群、(3)利尿剤投与群のいずれかに分割し、その後の肺炎の発症の有無につき前向きに3年間調査した。コントロールとして、(4)高血圧非合併脳血管障害患者(160名、平均年齢76歳)も同時に登録し、各群総計1,586名を追跡調査した。途中、重篤な免疫不全状態および悪性腫瘍の発症などが確認された場合、および転院、転居などのために追跡不能の場合は脱落とみなした。肺炎の診断は、発熱、咳、痰などの症状に加え、血液学的所見、胸部レ線像によって総合的に行われた。統計解析は、Log-rank testおよびCox proportional hazards model を用いて行われた。
2.高齢者介護施設に入所中の寝たきり高齢者294名(平均年齢81歳、男性70人)を対象として、本人および家族の同意を得た上で、無作為にワクチン投与群および非投与群に分割した。ワクチン投与群には、肺炎球菌ワクチン(ニューモバックス)0.5mLを皮下注射し、その後、両群間で1年間における発熱状況、他病院への入退院の有無、生命予後につき比較検討をした。
結果と考察
1.3年間にわたる追跡期間中、ACE阻害剤投与群の83名、カルシウム拮抗剤投与群の79名、利尿剤投与群の74名が脱落し、最終的に1,350名に関して解析が行われた。その結果、ACE阻害剤投与群で430名中12名(2.8%)に、カルシウム拮抗剤投与群で409名中36名(8.8%)に、利尿剤投与群で351名中29名(8.3%)に、コントロール群で160名中14名(8.8%)に、追跡期間中の新規の肺炎発症が確認された。即ち、ACE剤投与群では、コントロールに比して有意に肺炎発症率が抑制された [ハザード比 0.30(95%信頼区間、0.14-0.66、p=0.001)]。一方、カルシウム拮抗剤投与群 [ハザード比 1.01(95%信頼区間、0.53-1.92、p>0.40)]
および利尿剤投与群 [ハザード比 0.94(95%信頼区間、0.48-1.83、p>0.30)]では、コントロールに比して肺炎発症率に差は見られなかった。
2. ワクチン投与群では非投与群に比して発熱日数の有意な減少(平均±標準誤差:3.7±0.5日/人/年vs 6.6±0.8日/人/年、p=0.002)、および肺炎による入院回数の有意な減少(0.23±0.04回/人/年vs 0.46±0.06回/人/年、p=0.0006)を認めた。しかし、両群間で、肺炎および敗血症による死亡率には有意差を認めなかった。高齢者における肺炎は、脳血管障害に伴う嚥下機能および咳反射の低下を基盤に発症する事が多く、そのため再発性かつ難治性で予後が不良であるといわれてきた。これまで、私共の一連の研究により、ACE阻害剤が脳血管障害を有する高齢者において、嚥下機能および咳反射機能を改善する事が明らかにされている。本研究では、嚥下機能および咳反射改善作用を有するアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤投与が、脳血管障害を有する高血圧患者において肺炎の予防効果を有する事が明らかにされた。今後、このような肺炎発症のリスクを有する高齢患者では、有力な選択肢の一つになり得るものと考えられた。また、これまで、肺炎球菌は市中肺炎のみならず介護施設肺炎の起炎菌として重要であると報告されてきたが、わが国における肺炎球菌ワクチンの効果ことにADLの低下した方においての効果に関する検討は皆無であった。本研究で、私は、高齢者介護施設に入所中のADLの低下した高齢者でも、肺炎球菌ワクチン投与が発熱日数を有意に減少させ、他の病院への入院率を低下させる効果があることを実証した。
結論
以上の結果より、ACE阻害剤は、高血圧合併脳血管障害患者に対して、肺炎の予防効果を有する事が明らかにされた。また、寝たきり高齢者における肺炎球菌ワクチンの投与は有効で、今後、これらの方々にワクチン投与を積極的に推奨すべきと考えられた。

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