腎薬物トランスポータの遺伝子機能解析を基盤とした高齢者の医薬品適正使用推進に関する研究

文献情報

文献番号
200300166A
報告書区分
総括
研究課題名
腎薬物トランスポータの遺伝子機能解析を基盤とした高齢者の医薬品適正使用推進に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
乾 賢一(京都大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 土井俊夫(徳島大学)
  • 深津敦司(京都大学医学部附属病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
25,350,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
活力ある高齢化社会実現のためには、高度で安全な高齢者医療の推進が不可欠である。高齢者の薬物療法における問題点として、1)潜在的に腎機能が低下しており薬物の排泄が遅延する2)薬物排泄能力の減少に伴って薬剤性腎障害の発症頻度が高くなる3)発症した腎不全は進行性・不可逆性である場合が多い4)排泄遅延の結果、薬物の血中濃度が上昇し副作用が惹起される等があげられる。これら問題点への対処法は、腎機能に応じた薬物投与設計と副作用発現の早期発見である。しかし、高齢者において腎障害を惹起する薬物は多岐にわたること、他の年齢層と比較して薬物排泄能の個人差が大きいことなどが、至適投与設計や副作用回避を困難にする要因となっている。従って、適切な腎機能の把握にもとづいて患者個々の薬物排泄能を予測することで、高齢者薬物療法に付随する副作用を回避しうる至適薬剤投与設計が可能になると考えられる。
近年、腎臓に発現する薬物排泄タンパク質群(薬物トランスポータ群)として以下の遺伝子ファミリーが同定され、役割解明が進められている。
1)有機アニオントランスポータ(OAT遺伝子ファミリー)
2)有機アニオントランスポータ(oatp(OAT-K)遺伝子ファミリー)
3)有機カチオントランスポータ(OCT(N)遺伝子ファミリー)
4)ペプチドトランスポータ(PEPT遺伝子ファミリー)
5)ATP駆動型有機イオントランスポータ(ABC遺伝子スーパーファミリー)
特に血管側に発現する有機アニオントランスポータ群や有機カチオントランスポータ群は腎組織中への薬物移行を媒介するため、腎排泄ならびに腎蓄積に伴う障害発現の両面に関わる因子であると想定される。本研究ではこれら薬物トランスポータの機能特性・遺伝子多型並びに発現変動について解析を行う。高齢者における薬物腎排泄能並びに副作用発現の個体差を規定する因子を解明し、個別薬剤投与設計へ応用することによって高齢者の医薬品適正使用を推進することを本研究計画の目標とする。
研究方法
1.ヒト型薬物トランスポータの機能解析
正常腎組織で高発現し、薬物腎排泄において主要な役割を担う有機アニオントランスポータの機能特性について検討した。本年度は腎薬物トランスポータ中で最も高い発現量を示すhOAT1及びhOAT3を解析対象として、ヒト胎児腎由来293細胞を宿主とした安定発現細胞系を構築した。輸送特性は安定発現細胞への薬物取り込み量を測定することによって評価した。また頂側膜有機アニオントランスポータhOAT4の輸送特性についても、培養細胞系を用いて解析した。
2.腎疾患患者における薬物トランスポータ群の発現変動および薬物体内動態に関する解析
腎疾患及び腎・尿管腫瘍などの疾患を有する患者を対象として、腎組織に発現する各薬物トランスポータ群の発現レベルを測定した。各組織検体からtotal RNAを抽出し、リアルタイムPCR法を用いてトランスポータ発現量を数値化した。また腎生検施行後、感染症予防を目的として抗生物質が投与される。本研究ではセフェム系抗生物質セファゾリンの消失速度について、尿細管分泌される薬物のモデルとして検討した。セファゾリンは1時間の定速静注にて投与され、点滴終了直後と1時間後の血中濃度から体内消失速度を算出した。 
3.一塩基多型による薬物トランスポータの機能変動に関する解析
本邦のJapanese Single Nucleotide Polymorphismsや米国National Center for Biotechnology Informationなどの公的データベースには薬物トランスポータ遺伝子の一塩基多型(SNPs)に関する情報が蓄積されている。これらデータベースにはhOCT1やhPEPT2のアミノ酸変異を伴うSNPs(nonsynonymous SNPs)が既に登録されている。しかし、トランスポータ活性に及ぼすこれらアミノ酸変異の影響については明らかではなかった。そこで、nonsynonymous SNPsのトランスポータ機能に及ぼす影響について培養細胞系並びに卵母細胞系を用いて検討した。
結果と考察
1.ヒト型薬物トランスポータの機能解析
正常腎組織ではhOAT1とhOAT3が他の薬物トランスポータと比較して高い発現量を示しており、薬物腎排泄において主要な役割を果たすと考えられる。尿細管分泌を介して排泄されるセフェム系抗生物質の輸送について安定発現細胞系を用いて検討した。セファゾリンやセフジニル、セフチブテンのhOAT3発現細胞への取り込みはhOAT1発現細胞と比較して顕著に高かった。従って、これらのセフェム系抗生物質がhOAT1よりもhOAT3を介して腎組織中へと移行することが示唆された。hOAT1やhOAT3は尿細管側底膜に発現するのに対し、hOAT4は刷子縁膜に発現する。薬物の尿細管分泌において、側底膜と刷子縁膜に発現する薬物トランスポータ群が協調して働くことが想定されている。これまでに腎機能検査薬フェノールスルホンフタレイン(PSP)の腎取り込みにhOAT1及びhOAT3が関与することを示してきたが、さらにhOAT4によるPSP輸送について解析した。その結果、hOAT4発現細胞へのPSP取り込みが認められた。またセファゾリンやセフジニル、セフチブテンもhOAT4によって輸送されることが明らかとなった。従って、これらアニオン性薬物の頂側膜における輸送にhOAT4が関与し、hOAT1やhOAT3によって血管から腎上皮細胞に取り込まれた薬物がhOAT4を介して排出されることが示唆された。
2.腎疾患時における薬物トランスポータの発現変動および薬物体内動態
病理診断を目的として腎生検が施行された患者の余剰組織検体を用いて、薬物トランスポータmRNA発現量を測定した。最終的に86症例について解析した。その結果、hOAT1の発現量が正常腎皮質と比較して有意に低下していることが明らかとなった。またhOAT3やhOCT2発現量も低下傾向を示す一方、hOAT2の発現量は上昇傾向を示しており、各トランスポータが腎疾患時において異なった発現変動を示すことが示唆された。
セファゾリンはほぼすべてが未変化体として尿中に排泄されるため、その消失速度は腎臓による排泄能変動を反映していると考えられる。また生理的pHで負電荷を有していることから、有機アニオン輸送系を介して排泄されると予想される。腎疾患患者群において、セファゾリンの消失速度定数はクレアチニンクリアランス(r=0.52)よりもPSP検査値(r=0.68)と高い相関を示すことが明らかとなった。クレアチニンクリアランスは主に糸球体濾過速度の指標である。一方、PSPおよびセファゾリンの腎排泄にはhOAT1やhOAT3、hOAT4などを介した尿細管分泌過程が大きく寄与する。本研究ではクレアチニンクリアランスよりもPSP試験値がセファゾリン消失速度と良好な相関を示した。腎機能が低下する過程において、糸球体の限外濾過機能と尿細管分泌機能の変動が必ずしも対応しないことを示唆する結果である。
セファゾリンの消失速度と種々アニオントランスポータ発現量との相関解析を行ったところ、hOAT3のみと有意な相関を示した(r=0.38)。さらに、クレアチニンクリアランスとhOAT3 mRNA発現量を独立変数、セファゾリン消失速度定数を従属変数として重回帰解析を行ったところ、クレアチニンクリアランス単独で解析した場合と比較して高い相関係数(r=0.68)が得られた。hOAT3発現量がセファゾリンの消失速度と正の相関を示すことから、トランスポータ発現量が腎薬物排泄能を規定する因子となりうることが推察される。重回帰解析の結果、クレアチニンクリアランスに加えhOAT3 mRNA発現量を考慮することによってセファゾリン消失速度の予測精度が向上することが示された。さらに本年度は最も症例数の多いメサンギウム増殖性糸球体腎炎の患者群のみについて検討を行った。その結果、PSP試験値及びhOAT3 mRNA発現量とセファゾリン消失速度との相関係数が他の患者群と比較して高かった。糸球体濾過、尿細管分泌、トランスポータ発現それぞれの変動が各疾患で異なっており、原疾患ごとに分類することによって予測精度が上昇すると推察された。
3.ヒト型トランスポータの遺伝子多型解析
ヒト腎薬物トランスポータ群にはアミノ酸変異を伴う一塩基多型(nonsynonymous SNPs)が報告され、薬物体内動態の個体間変動の原因となる可能性が想定されている。本年度は既に公的データベース上に登録されている有機カチオントランスポータhOCT1及びペプチドトランスポータhPEPT2のnonsynonymous SNPsについて、輸送機能に及ぼす影響を評価した。3カ所のnonsynonymous SNPsから予測されるhOCT1変異体(P283L,R287G,P341L)のうち、P283L及びR287G変異体では輸送活性が消失した。さらに、P341L変異体では野生型と比較して約60%にまで輸送活性が低下することが確認された。これら変異体の膜局在について検討したところ、いずれの変異体タンパク質も細胞膜上に発現が認められた。従って、機能低下の原因として細胞膜上における発現量低下ではなく、輸送機能障害または基質認識異常が想定された。一方、ペプチドトランスポータhPEPT2変異体(R57H,P409S)のうち、R57H変異体では輸送活性がほぼ完全に消失した。R57H変異体タンパク質は細胞膜上に発現が認められており、hOCT1変異体と同様に輸送機能障害または基質認識異常が輸送活性低下の原因と推察された。一方、P409S変異体では野生型と同程度の輸送活性を示した。hPEPT2は近位尿細管刷子縁膜に発現し、ペプチド類似薬物の再吸収に関わっている。今回認められたhPEPT2遺伝子多型が薬物腎排泄に及ぼす影響については今後更なる検討が必要である。
結論
尿細管薬物トランスポータの機能特性ならびに発現変動は薬物腎排泄能を規定する重要な因子であり、分子的根拠に基づいた薬物排泄量の予測系を構築し至適投与設計法を確立するための有用な情報である。

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