老化、及び老年病関連遺伝子同定を目指した遺伝疫学研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300165A
報告書区分
総括
研究課題名
老化、及び老年病関連遺伝子同定を目指した遺伝疫学研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
三木 哲郎(愛媛大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 近藤郁子(愛媛大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
22,815,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、生活習慣病および老年病に係る遺伝要因を探索し、ひいては老化の予防・遅延を達成することで、長寿科学の発展と健康余命の確保に貢献することを目的とする。具体的には、①愛媛県下の一般地域住民(2870人)を対象とした医療・遺伝子情報データベースから、高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満などの生活習慣病と、これに起因する脳血管障害、虚血性心疾患などの老年病の遺伝要因を見いだし、②380例ずつからなる晩発性アルツハイマー病/健常サンプルから、痴呆等の高次脳機能障害に関する遺伝子を単離・同定することを目指す。世界的観点からみた本研究の特徴は次の通りである。
1)老年病・生活習慣病の解析のため、アイスランドでは約28万人、英国では約50万人の遺伝子バンク計画が進行しているが、日本人を対象とした研究は皆無である。ある疾患の原因遺伝子やある遺伝子の対立遺伝子頻度が、白人と比べて全く異なることはしばしば観察されており、この点から、日本人独自のデータの蓄積は必須である。本研究は日本人を対象とした、大規模な遺伝疫学研究の最先端である。
2)ヒトゲノム解析は急速に進行しつつあり、今年度中にも全塩基配列が決定されると予想される。今後は、この成果を基盤としたポストゲノム解析を展開し、可及的速やかに生活習慣病と老年病の責任遺伝子を同定していく必要がある。そのためには、まず解析対象者を確保し、その医療情報をデータベース化しておく必要があろう。また、高速かつ安価に遺伝子を解析するシステムや、得られた遺伝子情報の解析技術も必要とされる。本研究は、優れたシステムと、解析技術における秀でた能力を有する点で、世界的に見ても第一線である。
研究方法
生活習慣病や老年病感受性遺伝子の探索では、疾患の発症に複数の遺伝因子と複数の環境因子が相互に関与することを考慮し、一般地域集団を対象とした長期縦断的疫学研究を、特に遺伝疫学に焦点をあてて研究を進める。対象となるコホートは、愛媛県下の高齢化率が50%を越えている瀬戸内海島嶼部A村と、人口移動の少ないの山間部のB町 (高齢化率32% )とした。いずれも、遺伝的に隔離された集団が多く、それぞれの由来が異なることは既知である。これらコホートから、疫学研究と遺伝子解析解析研究の同意が得られたA村住民370人、B村住民3160人、計3530人を調査研究対象とした。
一方、高次脳機能障害に関する検討では、晩発性アルツハイマー病と診断された380例と、同数の健常高齢者とからなるケース/コントロール研究を行う。晩発性アルツハイマー病の検体は、大阪大学・広島大学・福祉村・神戸大学・愛媛大学が収集した380例とした。健常群(380例)は、吹田市高齢クラブ連合会から確保した。
対象者の高分子量DNAは末梢血由来白血球より抽出し、DOP-PCR法で200倍に増幅後に解析へと供した。遺伝子多型の解析にはTaqManプローブ法を用いた。
対象者には、事前に十分な主旨説明の上、書面にて同意書を得た。個人情報は、所定の手続きに則って匿名化し管理している。これらはヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針を遵守したものであり、本研究における倫理面への配慮は十分であると判断した。なお、本研究計画は、愛媛大学医学部倫理審査委員会にて承認済みである。
結果と考察
生活習慣病感受性遺伝子探索研究では、特に飲酒とアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)遺伝子・Gタンパク質アルファサブユニット(GNAS1)遺伝子との交互作用に着目して、血圧との関連を検討した。その結果、ALDH2遺伝子多型と血圧との関連は、男性においてのみ有意であり、1型の遺伝子対を持つ対象で有意に高い値を示した。各群での高血圧者数も、同様に1型で高頻度であった。また、総コレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪、GOT、GPT、γGTP、血糖、尿酸などの血液生化学マーカーも、男性でのみ1型で高値であった。多項ロジスティック回帰分析の結果、年齢・BMI・喫煙・飲酒量とともにALDH2多型は、男性でのみ高血圧に対する有意なリスクファクターであることが示された。他方、GNAS1多型との相関を検討した成績では、高血圧とTアレルとに有意な相関(p=0.046)が認められた。アルコール摂取量との交互作用を検討したところ、エタノール摂取量25g/日未満の群において、より顕著な有意差が認められ(p=0.0084)、高血圧群でTアレルの頻度が高かった。このように、血圧値、あるいは高血圧者の頻度との相関が、アルコール摂取を加味することでより明確化されたことは、第一に、生活習慣病の遺伝的背景を考える上で、環境因子を的確に加味することが必須であることを示すものである。本成績は、これからの遺伝疫学研究において、重要な示唆を提示するものといえよう。また、本成果は、将来的にテーラーメード医療に貢献しうることが期待される。高血圧に対する遺伝子多型と飲酒量との交互作用は、飲酒量を減少した際の治療効果にも差異があることを示唆するものであり、適切な治療方法の選択に大きく寄与するものといえる。さらに、遺伝子多型ごとの異なった生活指導や予防活動が、従来の画一的なそれより効果的であることは明白であり、この点で本成果は、予防医療の確立・実現にも大きく貢献しうることが期待される。
高次脳機能障害感受性遺伝子探索研究では、JSNPデータベースから、ゲノム・ワイドに遺伝子を検索し、疾患感受性が想定される89遺伝子について検討した。380例ずつのケース/コントロールサンプルを用いた検討から、このうち3 SNPについて統計学的有意差が認められた。今後は、よりLOADに特化したマーカーを設定する、あるいは既にLOADとの相関が報告されている第9、10、12染色体を中心としたアプローチも展開していくことで、より詳細な検討を行う必要があると思われた。
結論
生活習慣病感受性遺伝子として、ALDH2;rs671多型、およびGNAS1;rs7172多型が、高次脳機能障害感受性遺伝子として、CAST、 COL9A1、 IL1RAP、が抽出された。これらの成果は、今後の長寿社会の発展に、特にテーラーメード医療/予防の分野から大きく貢献するものと期待される。

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