高齢者の口腔乾燥症と咀嚼機能および栄養摂取との関係

文献情報

文献番号
200300162A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者の口腔乾燥症と咀嚼機能および栄養摂取との関係
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
野首 孝祠(大阪大学大学院歯学研究科 教授)
研究分担者(所属機関)
  • 池邉一典(大阪大学歯学部附属病院 講師)
  • 古谷暢子(大阪大学大学院歯学研究科 助手)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
4,056,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一般に高齢者は、歯の喪失に加え、神経筋機構の機能低下や唾液分泌障害などによって咀嚼機能が低下し、適切な食生活が行われず、栄養摂取不足をおこしやすいとされている 。本研究の目的は、まず咀嚼能力の客観的評価法を確立し、高齢者の咀嚼能力について主観的評価と客観的評価の関係、咀嚼能力に影響を及ぼす因子について検討する。また、高齢者の口腔内の状況と味覚や栄養状態との関連についても明らかにする。
研究方法
1.試験用グミゼリーを用いた咀嚼能率測定法による咀嚼の客観的評価:試験用グミゼリーを用いた咀嚼能率測定法は、被験食品の咬断片表面積は、その表面から一定時間に溶出する成分に比例することから、その濃度を計測することによって、咀嚼能率を推定する方法である。まず、被験者に試験用グミゼリー1個を30回自由咀嚼させ、その後咀嚼中にグミゼリー表面に付着した唾液やグルコースなどを除去するため水洗し、次いで蒸留水中で咬断片表面からグルコースを溶出させ、その濃度を血糖値測定器用いて測定した。上記の手順に従って咀嚼能率検査を行う上で、試験用グミゼリーから溶出したグルコース濃度の計測値に影響を与えると考えられる、グミゼリーの水洗温度、水洗時間、グルコースの溶出温度、溶出時間について検討を行った。2.咀嚼能力の主観的評価と客観的評価の関連:調査対象者は、自立した生活を送っている高齢者349名、平均年齢66.1歳とした。調査項目は全身および口腔内の状態についての問診、口腔内検査に加え、試験用グミゼリーを用いた咀嚼能率測定を行った。咀嚼の主観的評価は、咀嚼に対する満足度とテクスチャーの異なる10種類の食品についての摂取可能度とした。3.高齢者の歯数、咬合支持、咬合力、咀嚼能率と体格指数(BMI):調査対象者は自立した生活を送っている高齢者 633名、平均年齢66.5歳とした。対象者に対して、口腔内検査ならびに咬合力と咀嚼能率の測定を行った。咀嚼能率は、試験用グミゼリーを30回自由咀嚼させたのちの咬断片表面積増加量とし、最大咬合力は、デンタルプレスケールを用い測定した。また、身長と体重から体格指数(BMI)を求め、栄養状態の指標とした。4.高齢者の味覚と口腔内状況との関連:調査対象は、自立した生活を送っている高齢者356名、平均年齢66.0歳とした。調査項目は、口腔乾燥感、歯の状態、味覚に関する満足感、ならびに味覚検査、唾液分泌量測定などとした。味覚検査は、ろ紙ディスク法を選択した。検査部位は、舌尖正中線より約2㎝離れた舌縁とし、四基本味のろ紙ディスクを、濃度の低いものから順に測定部位の上に3秒間置き、その味質が判別可能となった最小濃度を認知閾値とした。唾液分泌量は、1gのパラフィンペレットを2分間咀嚼した際の全分泌唾液量を測定し、唾液分泌速度を求めた。
結果と考察
1.試験用グミゼリーを用いた咀嚼能率測定法による咀嚼の客観的評価:咀嚼後の試験用グミゼリーの咬断片表面から溶出されるグルコース濃度は、グミゼリー咬断片の水洗時間、溶出温度、溶出時間に大きく影響を受けた。また、咬断片表面積増加量は、グルコース濃度から、回帰式を用いて正確に算出することが可能であり、従来のピーナッツを用いた篩分法による咀嚼能率検査と比べ、再現性が高かった。2.咀嚼能力の主観的評価と客観的評価の関連:咀嚼能率の平均値は、対象者全体としては1902 mm2であり、咀嚼に対する満足群とどちらでもない群および不満群との間には有意差がみられた。また、咬合支持については、咀嚼能率の平均値は、Eichner A群が2125mm2、B群が1735 mm2、 C群が1150mm2となり、いずれの群
間でも有意差がみられた。一方、咬合支持が同じ場合、Eichner A群とC群において、咀嚼能率は、満足群、どちらでもない群、不満群の各群間に、いずれも有意差はみられなかった。しかし、B群では、咀嚼能率は、満足群と不満群との間に、有意差がみられた。
咀嚼能率の平均値は、対象者全体では、グミゼリーを除いた9種類の食品をすべて「普通に食べられる」とした摂取可能群が2073mm2、それ以外の不可能群が1680mm2となり、有意差がみられた。一方、咬合支持が同じ場合、Eichner A群とC群では、摂取可能群と不可能群で有意差はみられなかったが、B群では、両者に有意差がみられた。摂取可能食品数と咀嚼能率との関係については、対象者全体では、Spearmanの順位相関係数の検定により、相関係数0.40の弱い正の相関がみられた。一方、咬合支持が同じ場合、 Eichner A群とEichner C群では、摂取可能食品数と咀嚼能率との間に有意な相関はみられなかったが、Eichner B群では、弱い正の相関がみられた。3.高齢者の歯数、咬合支持、咬合力、咀嚼能率と体格指数(BMI):BMIは、18.5未満(低体重)の者が4.4%、18.5以上25未満(普通体重)の者が79.5%、25以上(肥満)の者が16.1%みられた。低体重の者の割合は、年齢、男女で有意差はみられなかったが、残存歯が10本以下の者、咬合支持がEichner C群の者、全部床義歯装着者、咬合力が250N未満の者において有意に多くみられた。4.高齢者の味覚と口腔内状況との関連:味覚に対して満足していないと回答した者は、26%みられた。味覚検査については、いずれの味質においても、高齢者では、若年者と比較して有意に認知閾値が高く、30%から40%が味覚障害に分類された。味覚に対する満足度は、口腔乾燥感、硬口蓋全体を被覆する義歯の装着との有意な関連が認められたが、年齢、性別、唾液分泌量およびいずれの味質の認知閾値とも有意な関連は認められなかった。義歯装着者では、義歯に対する違和感の有無と味覚の満足度との間においても関連が認められた。
試験用グミゼリーを用いた咀嚼能率検査法は、グルコースの溶出温度と時間に依存性の高い方法で、これらを規定することによって安定した検査結果が得られた。これは、グミゼリー表面からのグルコースの溶出が、溶出温度と時間よって大きく変化することによるものである。また、破砕性の食品であるピーナッツに比べ、試験用グミゼリーは、咀嚼後の試料も均一で、咀嚼による表面積の増加が検査結果に正確に反映することから、より再現性の高い結果が得られたものと考えられる。咀嚼能率は咬合支持によって有意な差がみられ、天然歯同士の咬合接触域の数が、咀嚼能率に影響を与えていることが明らかとなった。咀嚼の主観的評価は、咀嚼能率以外の様々な影響を受けることから、咀嚼機能の検査として、主観的評価だけでは不十分であり、客観的評価を取り入れることの重要性が示唆された。高齢者の歯の数、咬合支持、義歯装着状況、さらに咬合力や咀嚼能率は、食生活に影響を及ぼし、これらの条件が悪くなると、低体重を生じることが示唆された。これらの原因として、咀嚼能力の低下による咀嚼困難な食品の回避や摂取量の減少に加え、心理的な要因による食欲不振も考えられる。一方、高齢者の食生活は変化しにくいことからも、義歯による口腔機能の回復を図るとともに、咀嚼機能を評価し、食事内容を把握した上で、適切な食生活指導を行うことの必要性が示唆された。味覚障害に分類される人が、若年者と比較して高齢者で有意に多くみられた。この点について、これまでデータに基づいたこのような報告はなく、非常に貴重な所見と思われる。
結論
1.試験用グミゼリーの咬断片表面から溶出されるグルコース濃度は、グミゼリー咬断片の水洗時間、溶出温度、溶出時間に大きな影響を受け、これらを厳密に守ることで、より安定した結果が得られた。2.試験用グミゼリーの咬断片表面積増加量は、グルコース濃度から、回帰式を用いて、正確に算出可能であった。3.試験用グミゼリーを用いた咀嚼能率測定法は、ピーナッツを用いた篩分法による咀嚼能率検査と比べ、再現性が高かった。4.咀嚼能率は咬合支持によって有意な差がみられ、摂取可能食品数と弱い正の相関がみられた。5.咬合支持が同じ場合、咀嚼に対する満足度や摂取可能食品の数によって、咀嚼能率は、必ずしも差はみられなかった。6.低体重の者の割合は、残存歯が少ない者、天然歯による咬合支持がない者、咬合力が低い者において、有意に多くみられた。7.高齢者は、味覚閾値は高くなるが、味覚に対する不満は、閾値の上昇よりもむしろ夜間や起床時の口腔乾燥感や硬口蓋を被覆する義歯を装着しているかが重要な因子となることが示された。

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