稀少手術等の安全性に係る研究(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
200300123A
報告書区分
総括
研究課題名
稀少手術等の安全性に係る研究(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
北島 政樹(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 森川康英(慶應義塾大学)
  • 小澤壯治(慶應義塾大学)
  • 古川俊治(慶應義塾大学)
  • 北野正剛(大分大学)
  • 宇山一朗(藤田保健衛生大学)
  • 和田即仁(国立病院東京医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成16(2004)年度
研究終了予定年度
-
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内視鏡下手術は、早期退院・早期社会復帰・整容性の向上など、患者の経済的・時間的・精神的負担を軽減し、生活の質の向上に寄与する方法であるが、従来の開胸・開腹手術に比較して技術的に難しく、特に技術導入時に医療事故の頻度が高いことが知られている。近年、比較的稀な疾患に対する実施症例数の少ない内視鏡下手術において、医療事故が発生し、社会問題化した。内視鏡下手術の技術的安全性の確立を図り、国民が安心してこの新技術を選択できるようにすることが、患者の権利擁護の面から、急務であると考えられる。内視鏡下手術において医療事故が多い原因としては、新しい技術であるため、手術技術の十分なトレーニング・システムが確立していないこと、および直接臓器に触れずに動作制限・感覚制限のある機器を用いて遠隔操作で行う手術であること、が挙げられる。本研究では、これらの問題点の解決を図る目的で、内視鏡下手術を行う外科医の技術トレーニング・システムの構築、通信工学を応用した遠隔手術指導システムの開発、ロボット工学を応用したmaster-slave manipulatorの導入による、動作制限や感覚制限を克服する新しい手術器具の開発を計画した。
研究方法
1.トレーニングセンターの整備・確立
トレーニング・センターを保有する医療機器製造企業と連携して、基礎技術から高度技術までを修得できる体系的プログラムに則った技術研修システムを構築する。
2.技術認定システムの確立のための基礎的検討
以下の2段階の認定を行うための機構整備と医師の意識調査を行う。日本内視鏡外科学会において、新たに発足する認定機構を通じて基本的手術手技である内視鏡下の縫合、結紮手技の技術認定をビデオ審査により行うための基礎的検討を行う。第二段階として、内視鏡外科のそれぞれの専門分野において、各分野のadvanced surgeryに必要な技術認定を行うための基盤整備を各学会に働き掛けて行う。
3.内視鏡下手術を安全に行うためのガイドラインの構築と法的整備のための基礎調査
過去の内視鏡下手術における事故事例、紛争化事例を、裁判所判例集、保険会社の提供にかかる資料、外国のものにはついては、インターネットを用いて調査し、事故や過誤の原因について分析するとともに、事故を再発させないためには、術者・助手にどのレベルの技術が必要かを検討する。また、外国における内視鏡下手術のトレーニング・システムや術者要件について検討する。保険会社から資料の提供を受けるに当たっては、当事者名その他の個人情報はすべて匿名化して受領する。
4.高難易度手術のリスク軽減を目指したハイテク医療の開発
「一体型master-slave manipulator」および 「リニアモーターおよびバイラテラル制御によるセンサレス触覚技術」の開発を目的として、企業ならびに理工学部との連携のもとに新しいロボット鉗子の開発を行う。
5.希少手術のリスク軽減を目指した遠隔医療の検討
臨床応用に最適な遠隔手術支援システムを目指し、術野像の画質を保ちつつ、どの程度までの画像情報の圧縮が可能であるか、経済効率の面も含め様々な動画像圧縮伝送システムを比較検討する。さらに、情報セキュリティーの観点から、各種暗号化技術を遠隔手術支援システムに導入して比較検討し、安全強度が高く、動画連携のリアルタイム性を損なわい最適な暗号化技術を選択する。 
6.安全性を追求した内視鏡下手術の開発
従来施行されてきた術式を見直し、より安全性の高い術式を検討するとともに、安全性の観点から優れた新規術式を開発する。
結果と考察
1. トレーニングセンターの整備・確立
3つの企業のトレーニングセンターは、内視鏡下手術用の器具や装置が整備され、講義室も完備しているため、内視鏡下手術の基礎を学ぶにはきわめて適切な施設と考えられた。さらに、ブタを用いた動物実習は専属の獣医の麻酔管理下に実施可能であり、あらゆる手術実習が生体の安全性を考慮しながら進めることができる点で高く評価できる。
2.内視鏡外科技術認定システムの確立
技術認定に関する意識調査をアンケート調査で行った。15年度前期調査では技術認定に関する必要性に関しての意見がおよそ半数に別れる結果となった。しかし後期における意見聴取では非とする意見は極めて少数となり、認定制度を含めた何らかの認証制度が必要であるとの意見が大勢を占めるようになった。内視鏡外科学会における準備委員会の発足により各専門領域と連携した全国レベルの技術認定を学会としておこなうことについて理解が得られ、これに基づき一部では平成16年4月よりビデオ審査による技術認定制度が発足することとなった。
3.内視鏡下手術評価システムの検討と法的整備
現在、国内学会レベルで技術認定制度の検討中であるが、その前提となるべき技術修得システムの構築については、個々の施設内で個別に試みられている程度で、体系的研究は行われておらず、国外においても、同様の状況であった。事故事例の分析・検討においては、1996年度の日本内視鏡外科学会のガイドラインに定められた術者要件が、遵守されていない場合が少なくないことが明らかとなった。
4.高難易度手術のリスク軽減を目指したハイテク医療の開発
1)マスタースレーブ一体型ロボット鉗子の開発
鉗子の操作部と先端がそれぞれマスタースレーブマニピュレータとして働くロボット鉗子の開発を行ってきたが、15年7月にプロトタイプに対する消化器内視鏡外科専門医の操作評価を行って改良を重ねてきた。これまでに操作部を独自のjoystick型とするデザインに改め特許申請を準備中である。鉗子は6自由度を有し、あらゆる方向から縫合操作が可能であることが動物実験により確認された。
2)リニアモーターおよびバイラテラル制御による触覚技術の開発
理工学部との共同研究により鉗子に触覚を付与する研究が行われた。鉗子の軸そのものにリニアモーターを採用し、マスタースレーブマニピュレータとして操作され、外乱オブザーバーを用いたバイラテラル制御によって再現性の高い触覚を鉗子の把持機構に実現することが出来た。
5. 希少手術のリスク軽減を目指した遠隔医療の検討
暗号強度と通信速度が両立可能な、カオス信号を用いたストリーム系共通鍵暗号技術により高いセキュリティを確保しつつ、インターネットを介してリアルタイムに動画像を転送しうるシステムを構築し、遠隔手術指導を施行した。伝送速度(kbps)を384、640、1024と変化させて検討したところ、画質・安定性などの面からは640が最適と考えられた。画像の遅延は往復で400~800 ms程度であった。指導側の支援を得て、希少手術である腹腔鏡補助下幽門側胃切除術を安全に施行しえた。
6.安全性を追求した内視鏡下手術の開発
1) 過去10年間に大分大学第一外科にて腹腔鏡下肝・膵切除術を施行した37例を対象とした。肝切除術は肝細胞癌13例、良性腫瘍5例、転移性肝癌4例、膵切除術は膵管内乳頭腫瘍6例、ラ氏島腫瘍5例、その他4例に対して手術を行った。膵切除術の1例が癒着のため開腹手術に移行した(3%)。術後7例(19%)に合併症を認めたものの、いずれも保存的に治療可能で、術後の平均在院日数は17日であった。また肝細胞癌に対する肝切除術は従来の手術と長期生存率で差を認めなかった。
2) 藤田保健衛生大学外科にて行われた腹腔鏡(補助)下胃切除術236例を検討の対象とした。適応はcT2以浅,cN1以下とした.すべての症例でD1+α以上のリンパ節郭清を行い,再建は小切開創から直視下もしくは腹腔鏡下に行った.それぞれの術式について周術期の成績と長期成績について検討した。胃切除術236例においては1例も通常の開腹手術に移行せず、手術時間は平均312分、術中出血量87ml。14例(5.9%)に術後合併症を生じ,内訳は膵液漏3例、縫合不全4例、腸閉塞4例,腹腔内膿瘍2例,心・肺合併症1例でであった.膵液瘻の1例,縫合不全の2例にドレナージ術を要したが,他の合併症はいずれも保存的に短期間で治癒し、術後の平均在院日数は15日であった。
結論
内視鏡外科手術を経験数が少なく、難易度が高い希少手術としてとらえ、その安全性と有効性の保証のために必要と思われる機構整備をおこなうために、基礎資料の収集と分析を行った結果、内視鏡外科学会におけるこれまでのガイドラインが守られずに事故に至った例が明らかとなった。安全性の確保のためには企業と連携したトレーニングシステムを学会として構築する必要性があると思われ、実施場所として3企業のトレーニングセンターはこれまでの実績と内容から今後の候補として適切であると評価された。
手術の術中の安全性の確保のため、内視鏡外科の画像転送システムとしてインターネットを利用したシステムを検討し、適切な伝送速度を見出し、遠隔手術指導に有用であった。
さらに、内視鏡外科の困難性の克服のために開発中のマスタースレーブ一体型ロボット鉗子は縫合、結紮をあらゆる角度から行うことが可能であり、今後の臨床応用のための臨床治験を行う必要がある。また、鉗子に触覚を付与する研究が行われ、リニアモーターをもちいたセンサレスシステムにより術者は鉗子で把持したものの柔らかさを識別することが可能となった。難易度の高い内視鏡手術として肝、膵切除並びに胃癌手術をとりあげ、その安全性と有効性を評価した。いずれも開腹による従来術式と遜色の無い成績が得られ、重篤な合併症は見られなかった。
以上の結果を踏まえて、内視鏡下手術の安全性と有効性を保証するための上記のシステムを今後学会として構築してゆく重要性が示された。

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