ジアシルグリセロールの発がんプロモーション作用に関する研究

文献情報

文献番号
200300112A
報告書区分
総括
研究課題名
ジアシルグリセロールの発がんプロモーション作用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
飯郷 正明(国立がんセンター・研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一般の食用油成分はtriacylglycerole (TAG)、つまり三つの脂肪酸がグリセリンとエステル結合した形で存在する。しかし、その三つの脂肪酸のうち一つを欠くdiacylglycerol (DAG)は植物油成分中に数%存在し、二つの脂肪酸とグリセリンとのエステル結合の位置が異なる1,2-および1,3-DAGが存在する。それらは自然界では3:7の比で存在する。通常食べる油TAGは、小腸で脂肪分解酵素リパーゼによって2-モノアシルグリセロールと脂肪酸に分解、そして吸収される。吸収された脂肪酸と2-モノアシルグリセロールはまた小腸上皮細胞においてTAGに再合成され体内に運搬されて利用される。一方、1,3-DAGは小腸で消化分解を受けると、2-モノアシルグリセロールが生成されないために、吸収後にTAGへの再合成がほとんど行われない。そのために中性脂肪への転化が少ないと考えられ、これを主成分とした「体に脂肪がつきにくい食用油」("DAG")が市販され広く使われている。脂肪酸組成の大きな違いはないが(表1)、"DAG"には1,3-DAGの他、脂肪酸の置換部位の異なる1,2-DAGが30%程含まれている。1,2-DAGは、生体内ではphospholipase C (PLC)によりphosphatidyl inositol bisphosphate (PIP2)から生成され、発がんプロモーターである12-o-tetradecanoylphorbol 13-acetate(TPA)と同様に細胞内でprotein kinase C(PKC)を活性化させる物質であり、TPAタイプの発がんプロモーターとして作用する可能性が危惧されている。さらに1,2-DAG は細胞内ではRas guanyl nucleotide-releasing protein (Ras-GRP)を活性化し、Ras/Raf/mitogen-activated protein kinase (MAPK) カスケードに関わることが明らかになっている。5.3%"DAG"はSDラットにおける2年間の慢性毒性試験で発がん性は認められておらず、またSDラットのDMBA誘発乳がんに対し、7.0% "DAG"の混餌投与90日間の実験では、プロモーション作用を示さないことが報告されている。本研究では、"DAG"のRas活性化作用との関連から、津田らによって作製された舌、食道、乳腺発がん高感受性ヒトプロト型c-Ha-ras 遺伝子トランスジェニック(Tg)ラットを用いて、"DAG"の発がん亢進(4NQOと同時投与)およびプロモーション(4NQO投与後に投与)について、特に"DAG"が代謝分解されることなく直接暴露されると考えられる舌、食道および前胃に注目し、発がん亢進・プロモーション作用について検討し、リスク評価に対するより具体的な情報を提供することを目的とした。
研究方法
化学発がん高感受性であるTgとその同腹の野生型ラットを用いた。6週齢雌雄に4-nitroquinoline 1-oxide(4NQO)を10ppmの用量で10週間飲水投与による発がんイニシエーション処置を行った。このイニシエーション期間とその後のポストイニシエーション期間(10週間)に"DAG"含有基礎飼料を計20週間自由に摂取させた後、屠殺し、主として舌、食道、乳腺及び他の臓器における腫瘍発生におけるプロモーション作用の有無について検討した。"DAG"の基礎食中濃度は5.5%、2.75%および1.375%の3用量とし、総脂質量を5.5% に統一するために、2.75%および1.375%群では残りの脂肪酸を大豆油:菜種油(7:3)で調整し、すべての群で脂肪酸組成をほぼ一定になるようにした。対照群は4-NQO投与後通常の基礎食(改変AIN-93G, 5.5%TAG)投与群とし、屠殺後肉眼的に病変の有無を観察し、舌、食道、胃(前胃、腺胃)、小腸、大腸、肝、腎を採取、ホルマリン固定し、舌、食道、胃、乳腺については全動物より、他は肉眼的に病変のある臓器の病理標本を作製した。また、"DAG"自体のこの系における毒性をみるために、"DAG" 5.5%単独群とTAG5.5%群を併設した。雌雄のTgおよび野生型の各群構成は15(雌)および16(雄)匹とした。また主要臓
器の毒性評価のために定期的な体重測定、屠殺時の血清生化学的検査を行った。
結果と考察
雌雄ラットに対し実験開始時より4NQO 10 ppmを飲水投与し同時に3用量の"DAG"混餌試料を自由摂取させた。体重、摂餌量、摂水量とも全ての群で顕著な差は見られなかった(前年度報告済み)。
血液生化学性状に対する"DAG"の影響を検討した結果、"DAG"投与群にトリグリセライド、遊離脂肪酸、GOTおよびGPT値に有意な差がみられる場合があったが、これらはいずれも用量依存性のない変化か,あるいは正常範囲を大きく逸脱しない変化であり,生理的変動範囲内の変化と判断した。
4NQOの舌発がん発生に対する"DAG"の影響を、対照群と比較した。Tgラット雄において、どの"DAG"群においても扁平上皮乳頭腫(乳頭腫)の発生率は、対照群と比較して、有意差は見られなかった。扁平上皮がん発生率は、5.5% "DAG"で43.8%であり4NQOのみ投与した対照群の12.3%と比べ3.6倍に増加したが、有意差はみられなかった。しかし、発生頻度の用量相関の傾向検定において、有意な用量相関が認められた(コクラン・アミテージ傾向検定、P=0.0352)。この結果から、用量に相関して扁平上皮がんの発生率が増加することが考えられた。さらにラット1匹当たりの扁平上皮がんおよび乳頭腫と扁平上皮がんの合計の個数においても、用量に相関した有意な増加がみられた(線形回帰分析、各々P=0.0184、P=0.0259)。しかし、雄ラットの野生型では4NQOと"DAG"の投与群で腫瘍が少数発生したが有意な増加ではなかった。一方、雌においては、Tgおよび野生型共に"DAG"の影響は見出せなかった。舌以外の臓器、食道、胃および乳腺発がんに対しては、4NQOと4NQO+"DAG"併用群において、がん発生率の差は見られなかった。このように、4NQO発がんに対する"DAG"の発がん修飾作用について、脳を除く主要臓器について詳細に検討した結果、雄Tgにおいて、"DAG"の用量に相関して舌扁平上皮がんの発生率および個数が、コクラン・アミテージの傾向検定において有意な増加を示すことが明らかになった。この結果は確認が必要であるが、喫煙習慣のある人などの高危険度群において、舌発がんプロモーション作用の可能性を示唆するものと考えられる。しかし、各群間の解析では有意な差はみられなかった。このことは、各群の動物数が少ないことに起因すると考えられた。群間で有意差が見られるかについては、各群の動物数を40~50匹程度に増やし、40週程度の実験期間が必要と思われる。また、舌に直接高濃度の"DAG"が接触するような状態で摂取されること、および条件によっては大量の摂取する場合を考慮したリスク評価を行うためには、更に高濃度の"DAG"濃度の設定(7.5および11.0%)における影響を検討する必要があると考えられる。またこの場合、発がんプロモーション作用の分かっている同用量のトリグリセライド型リノール酸を併設することも必要である。
本実験において、雄Tgにおける舌発がん亢進・プロモーション作用が比較的短期間に見出された理由の一つに、このTgが発がん高感受性であることが挙げられる。田中ら(金沢医大・病理)によると、舌においては、野生型と比較して、その感受性は雄で5.4倍、雌で4.3倍と試算されている。これは実験期間の短縮を意味しており、この結果を踏まえた野生型でのさらに高濃度、長期間の実験が必要であると考えられる。
"DAG"およびTAGに含まれる脂肪酸の種類と含量はほぼ同じであり、脂肪酸の種類による影響ではない。一般的にはTAGおよび"DAG"は小腸上皮において一つずつの脂肪酸およびモノアシルグリセライド(MAG)に分解された後吸収され、上皮細胞にてまたTAGに再合成されることが知られている。口腔内においてもTAGを分解するリパーゼが報告されている。しかし、口腔粘膜においては僅かではあるが"DAG"のまま吸収され、さらに細胞内に移行する可能性がある。"DAG"が細胞内に入ると、1,2-DAGは発がんプロモーターであるTPAと同様に、細胞内でPKCを活性化、さらにRas-GRPを活性化し、Ras/Raf/ MAPK カスケード を動かして細胞増殖を亢進させ、発がん物質(この場合4NQO)によってイニシエーションを受けた細胞では発がん亢進とプロモーション作用を発揮することになると考えられる。今後この点に関する作用機序に対し詳細に検討する必要がある。
結論
発がん高感受性トランスジェニックラットを用いて、4NQOの発がんに対する"DAG"の発がんプロモーション作用について検討した結果、雄において、"DAG"が直接接触する舌のみにプロモーション作用が見出された。この結果を確認するために、一群40~50匹のTgおよび野生型ラットを用い、今回よりも高用量の"DAG"およびリノール酸投与群を含む40週程度のより長期間の実験による確認が必要と考えられた。

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