医療事故リピーターの特徴及びその把握と再教育・処分制度のあり方についての研究(平成15年度研究報告書)

文献情報

文献番号
200300091A
報告書区分
総括
研究課題名
医療事故リピーターの特徴及びその把握と再教育・処分制度のあり方についての研究(平成15年度研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
小泉 俊三(佐賀大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 上原鳴夫(東北大学大学院医学系研究科)
  • 松井邦彦(熊本大学医学部附属病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成11年のいわゆる横浜市立大学附属病院患者取り違え事故以来、医療事故について国民の間で急速に注目が集まっている。平成12年以来、主要全国日刊紙に掲載された医療事故ないしは医療安全に関連する記事数は年間約1500~1600例の多きに達し、平成10年以前の約8倍から10倍となっている。このような趨勢の中で医療事故多発医師(いわゆる医療事故リピーター医師)の問題が各方面で取沙汰されるようになってきた。また、平成14年12月には、その直前に起こった東京慈恵会医科大学附属青戸病院内視鏡前立腺手術事故が大きな社会的非難の対象となったこともあり、医師の行政処分を検討する医道審議会により「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」が提示され、その中で、刑事事件とならなかった医療過誤についても処分の対象とすることが明示された。このように、従来は処分の対象とされていなかった事例も行政処分の対象となりうる事態が生じており、繰り返し医療事故を起こす懸念のある医師について早急に実態を把握する必要が活発に議論されている。もし、明らかに、より高い頻度で医療過誤を繰り返すような医師が存在すれば、何らかの再教育を行った上で、場合によっては医師免許を再申請させるなどの措置が必要と考えられている。
このような現状を前に、本研究では、いわゆる医療事故リピーター医師に関して概念整理を行うとともに、航空業界など安全管理システムが整っている業界における不適格者の発見、再教育・処遇に関する制度についても調査し、また、法体系が異なる等の理由から十分な情報が得られていない諸外国についてもその実情を調査することを目的とした。
研究方法
具体的には、医療事故多発者の教育ないしは再教育の方法について国内外の知見を集めると共に、医療事故多発者の特徴及び要因と医療事故多発者を把握するための方法論についてその実行可能性について検討した。またこれと関連して医療事故多発者に関する概念整理を行うため、研修病院の臨床指導医層を中心としたフォーカス・グループ討論を実施し、論点の抽出を行った。
これと並行して国内の個別医療事故事例について航空安全システムで用いられている方法論を活用して分析・研究を行うこととし、日本ヒューマン・ファクター研究所に委託して事故事例の検討を行うとともにパイロット等の資格認定や教育システムの取扱についても情報を収集した。また同様に海難事故等における処分・再教育の実情についても調査した。更に、海外に研究協力者を求め、インターネットなどを通じて、各種文献の入手を依頼するとともに米国、欧州、豪州等、外国での医師処分制度等について各国の現状について紹介を依頼した。
結果と考察
まず、最初に医療事故多発者(いわゆるリピーター)像の再検討を行った。医療事故リピーター概念が広く流布するにいたった背景には、医療の現場には医療事故を起こしがちな医師が少数ながらいるのではないか、医療事故のかなりの部分がこれら一部の医師によって引き起こされているのではないか、このような医師には特別の教育的対応が必要で、それでも改善の見られないときは医師の資格を剥奪すべきではないか、などの推測と判断が含まれていると考えられる。さらに、これら少数の「困った」医師は、問題を起こしても反省していないのではないか、医学界はこのような一部の「困った」医師に対して甘い対応しかしてこなかったのではないかという形で、医学界の閉鎖的な体質への批判として取り上げられることが多い。では本当にこのような一部の「困った医師」がどれくらいの比率で存在するのか。また、「困った」=「望ましくない」とは何を意味するのか、例として、1.知識の不足、2.経験の不足・技術の問題、3.態度の問題、4.学会の標準と異なる見解の持ち主、などが挙げられるが、フォーカス・グループ討論の結果、医療事故リピーター概念がマスメディアを通じて急速に人口に膾炙することになったためもあって、上記の諸点に関して解釈に幅があることが浮き彫りにされた。
また上記と関連するが、医療事故多発者(いわゆるリピーター)の実態把握に当たっては、各医療機関のヒヤリ・ハット報告等、安全管理上のデータは、当事者への譴責を避けるため、個人名を抹消した匿名情報の形でしか提供されないので、現実には利用できないことが判明した。確かに、今日展開されている病院の医療安全運動は、個人を責めず、組織としての安全なシステムを構築することに力点が置かれているため、「間違いを犯した個人」を特定する情報は削除される。このように、個人を責めない職場文化を形成しようとする立場と、問題医師の再教育・処分のあり方を考える立場とは、現象面では相容れない部分があり、このことが医療事故リピーター医師の把握を困難にしているといえよう。同様に、医道審議会のデーも利用価値の低いことが判明した。一方、患者・家族から市民団体に寄せられる相談の実態から問題のありかを把握しようとする方法についても検討したが、これら諸団体への聞き取り調査は試みる価値があると考えられた。特に、特定の医師が医療事故リピーターとして把握されてゆく過程を跡付けることは可能かもしれない。その他の有用な情報源としては各県医師会の相談窓口や各府県に設置されている医療安全支援センター、弁護士会の相談窓口等がある。
また、上記と並行して実施した米国・欧州・濠州等における医師処分・再教育制度についての調査では、それぞれの国に特徴的な制度の歴史と医療安全の試みについてのさまざまのデータがあることが明らかになった。
ついで、航空産業界の安全システムの手法を医療事故に当てはめて解析を試みた結果、医療界においては、安全システム構築に関して改善すべき点が多いことが判明した。また、医療事故事例の解析だけでなく、航空産業界において実施されているパイロットの免許、再教育、処分のあり方についてもCRM(Cockpit Resource Management)等のシミュレーションをはじめ、多くの示唆と医師再教育等の対策につながる教訓を得ることが出来た。また、同様に海難審判の実際についても有用な情報が得られた。
結論
医療事故に関するマス・メディアの取り上げ方、特に「リピーター医師」をキーワードとしたこれまでの報道の経緯を跡付けることによって、国民の間に医療不信が高まった理由の一つとして、医学界を指導する立場にある医科大学、専門学会、医師会等に組織としての自浄作用がはなはだ不十分であることが明らかになった。
また、大学病院や研修病院の臨床指導医を中心としたフォーカス・グループ討論を行った結果、プロフェッショナリズム(職業人としての倫理規範)教育の不備、特に明らかに臨床医としての適格性に欠ける医師に対する処遇があいまいなままになっていること、等が指摘された。
これと並行して、海外在住の研究者の協力を得て、米国、欧州等における患者安全管理、医療の質向上、医療事故に関連した医師処分制度・再教育制度等に関する資料を収集・解析することが出来た。この中で、各種の資格認定機関において認定システムの透明性を保つこと、患者代表や第三者がこれらの認定(処分)システムに加わることが多くの国で推奨されていることが明らかとなった。
航空業界におけるこれまでの安全管理のあり方に照らしてヒューマン・エラーの観点から最近発生した医療事故の分析を行った結果、安全管理システムと安全を軸とする組織文化の醸成、医療の質改善について多くの教訓が得られた。また、航空業界における不適格者の処分・再教育制度についても有用な知見が得られた。
現在、我が国の医療界は、「厚生労働大臣医療事故対策緊急アピール」にも見られるように、安全管理をはじめとする医療の質向上を国民から強く求められており、医療事故リピーター医師についてその概念を再検討するとともにその実態を解明し、その処分・再教育制度を明らかにすることは医療安全行政にとって焦眉の課題となっている。
本研究によって、医療事故リピーター像がその問題点も含めてより緻密に提示され、諸外国も含め、医師の免許制度、認定や再教育・処分制度の概念的枠組みが、より一層明らかになった。航空業界等における安全管理システムやその方法論を参照しつつ、わが国独自の医師に対する再教育・処分制度を一日も早く確立すべきであろう。
最後に、医療安全において「(過ちを犯した)個人を責めない」ことに関する医療倫理の立場からの論考(ヘイスティングス・センター・レポート誌)が目についた。“To Err Is Human"が、医療提供者側の組織内だけでの陳謝と許しに終わってしまい、患者・家族に向き合って患者・家族の赦しを請う、という契機が軽視されがちであることを指摘し、医療過誤に直面して医療提供側が患者・家族に対して取るべき態度についてユダヤーキリスト教の伝統を前提とした理論付け(「被害を受けた者の視点から:医療過誤における「赦し」の理論」)を行っている。

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