公衆衛生活動・調査研究における個人情報保護と利活用に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300070A
報告書区分
総括
研究課題名
公衆衛生活動・調査研究における個人情報保護と利活用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
玉腰 暁子(名古屋大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 石川鎮清(自治医科大学)
  • 小橋元(北海道大学大学院医学研究科)
  • 佐藤恵子(和歌山県立医大)
  • 杉森裕樹(聖マリアンナ医科大学)
  • 中山健夫(京都大学大学院医学研究科)
  • 丸山英二(神戸大学大学院法学研究科)
  • 武藤香織(信州大学医療技術短期大学部)
  • 山縣然太朗(山梨大学大学院医学工学総合研究部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
5,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疫学研究は公衆衛生活動、社会保障政策の基盤となる研究である。その特徴は、人間集団を対象とし、健康事象を観察、あるいは健康事象に介入することであり、また長期に渡る研究が多い。したがって、疫学研究には、個人情報保護対策を十分に確立した上で、集団を構成する一人ひとりの理解と協力が重要である。
2002年6月に厚生労働省と文部科学省が合同で策定した「疫学研究に関する倫理指針」では、個人情報保護について「研究責任者は、疫学研究の実施に当たり個人情報の保護に必要な体制を整備しなければならない。」と定めているが、その具体的方策は示されていない。また、研究を実施する際の細かい判断は倫理審査委員会に一任されているが、現在各所に設置されている倫理審査委員会の審査体制は統一されておらず、手探り状態であること、負担が近年目に見えて増加していることが指摘されている。さらに地方自治体などで実施される調査研究に対しては倫理審査を行う体制そのものが不十分である上、研究者自身の倫理的問題に対する認識が異なっているとも言われる。一方、研究の概要についての一般市民の理解を求めるにはまず、疫学研究そのものの周知が必要である。本研究班では、研究参加を決める際の前提条件となる個人情報保護対策の具体的な方策を立てること、倫理審査体制を検討するとともに研究者の倫理的課題に対する理解を深め研究の倫理性を確保すること、一般市民の間で疫学に対する理解を深めることを目的としてきた。
これらの研究がバランスよく遂行されることにより、根拠に基づいた公衆衛生活動のために必要な疫学的手法を用いた調査研究が、個人情報を十分に保護し、対象者への倫理的配慮をしつつ、実施する適切な手段を提案できると期待される。また、集団を対象とする疫学研究実施の際には、研究の必要性や意義などを対象者が十分に理解することが必要である。しかし、研究参加時の短時間の説明のみで疫学研究を理解することは困難であることから、日頃からの啓発活動は重要であり、その方法を確立する意義は大きい。
研究方法
1.疫学研究における個人情報保護のあり方の検討
疫学研究では、個人情報、健康情報、医療情報など非常にセンシティブな情報を取り扱う。そこで、情報管理の専門家の協力を得て、ソフト、ハード両面から情報保護の在り方を検討する。またHIPAAが導入された米国の現状を観察し、今後の日本における疫学研究の在り方を考える。
2.疫学研究の倫理性を担保するための方策の検討
様々な研究パターンについて倫理指針でそのあり方を定めることは困難であることから、倫理審査委員会の役割は今後ますます増大すると考えられる。したがって、その倫理審査委員会が適切に機能することは、疫学研究が倫理的に遂行されるための必要条件であることから、実態調査を行う。さらに、疫学研究者、倫理審査委員会委員を対象とした教育プログラムを開発し、倫理的諸問題を認識できる研究基盤を養成する。
3.疫学研究の理解と周知方法の検討
様々な方法(リーフレット、プロモーションビデオなど)、対象(地域、職域、学校など)に対し、疫学研究を伝える方策を検討する。特に高齢者や若年者といった情報から取り残されがちな人々、健康に関心を持ちにくい人々に対してもアクセスが容易で、理解のしやすい方法を検討する。開発した方法の使い勝手を検討し、普及を図る。別に、疫学研究者を対象に、研究成果の社会への還元について調査する。
結果と考察
以下の研究調査を実施した。
1.疫学研究における個人情報保護のあり方の検討
①個人情報保護法と研究倫理指針との関係
医療機関・健診機関のカルテから人体情報を入手して行う研究に関しては、疫学研究指針では研究実施に関して情報公開をすれば、個人情報保護法制上の問題はないことになる。しかし、患者や受診者の不信感を引き起さないようにするためには、これら診療情報が研究にも用いられることを受診時に患者・受診者に伝えたり、より望ましいこととしては、広く一般に広報(真の意味での情報公開)することが必要であると考えられた。
②米国連邦法HIPAAの現状
HIPAA(Health Information Portability and Accountability Act of 1996)は1996年に米国の医療保険に関する連邦法として成立した。そこで、HIPAAの実施により医学研究の場に実際に生じている影響を観察した。ミシガン大学医学部および大学付属病院・診療所では、患者情報に触れる可能性の有無に関わらず、全職員に対してHIPAAについての教育が行われた。また個人情報保護の観点から、研究参加率の低下や、データが研究者に開示されにくくなっている状況が報告されている。他にも、研究参加者(被験者)とのコンタクトやスクリーニングに関する問題、(IRBの審査を含めた)同意と許可のプロセス上の問題、また新たな手続きに際して費やされる経済的なコスト、時間ロスや心理的負担が問題と指摘されており、研究のためのデータアクセスとプライバシー保護のバランスをどう取って行くかがこれからの大きな課題である。さらに、今後日本の医療施設,大学におけるHIPAAに準じた個人情報保護施策の導入に大いに参考となると思われる。
2. 疫学研究の倫理性を担保するための方策の検討
①倫理審査体制の検討
全国の大学医学部・歯学部の倫理審査委員会を対象に郵送式アンケート調査を行った。多くの大学では他の研究を審査する委員会であわせて審査していた。また疫学研究の審査を行っていないと思われる大学もいくつかあった。指針には原則が示されているのみで細かい判断は各倫理審査委員会に任されているため、審査結果に相違が生じている現状がうかがわれた。
②疫学研究者および倫理審査委員に対する教育ツールコンテンツの検討
疫学研究が社会と調和しながら進むために、疫学研究者向けにeラーニング“BRIDGE"の教材コンテンツ開発に着手し、ベータ版の開発と評価を終えた。BRIDGEは、ウェッブ上でコンテンツを読み、章を終えると確認テストが実施される構成となっている。また、eラーニングを体験した後に、受講者同士が集まってグループワークを実施することも研修として含めている。2003年1月、日本疫学会会員を対象にしたワークショップを実施して、BRIDGEのコンテンツや学習のあり方についての意見交換をした。取り組みそのものの独創性や意義に対する評価は高かったが、eラーニングの使用感、受講対象者や研修目標、コース設定などに対する課題が提起された。
③仮想疫学研究の倫理審査結果
協力を得られた複数の倫理審査委員会(大学医学部/医科大学)に仮想疫学研究の審査を依頼し、その審査過程を傍聴した。委員会によっては、「疫学研究」の定義や理解について、委員間での認識の相違や、厚生労働省・文部科学省の「疫学研究に関する倫理指針」の内容が浸透していない部分があった。外部委員については、委員のうち1人だけという委員会から委員の半数を占める委員会までばらつきがみられた。また、概ねどこの委員会でも、非医学系の委員、外部委員、女性の委員など、少数の立場の委員は発言の頻度が低いか、まったくなく、審査に対する温度差が見られた。多数の研究計画を審議しなければならないため、すべての研究計画について同じ熱心さで審査に取り組むことは困難である。しかし、少数の立場の委員が倫理委員会に入っていることの意義や、少数の立場への配慮(医科学に関する情報源の提供、発言しやすい雰囲気づくりなど)もあらためて考慮する必要も感じられた。
3.疫学研究の理解と周知方法の検討
①疫学研究に携わるものを対象とした印刷物の評価
疫学調査・研究の実施者、その中でもとくに非医療職を対象とした、研究計画の策定や実施に関する教育ツールとしてのリーフレットを作成した。全国の3239市町村および保健センターに配布をおこない、意見収集を目的としてアンケート調査を実施した。調査結果より、調査実施者および対象者向けの資料の必要性が示され、リーフレットに対する興味も高く認められた。
②疫学研究成果の社会への還元についての調査
疫学研究成果の社会への還元や健康政策への貢献について、日本人研究者の経験や意見の体系的な収集、さらに研究インフラストラクチャーを充実させるための提言を目的に日本疫学会会員を対象とした調査を行った。中間解析(回収率39%)の結果、大半の疫学研究者が政策貢献に対して積極的であり、疫学研究者の評価の視点として、今後は「英語の発表論文数」だけではなく、「政策立案への貢献数」「ガイドライン作成への貢献数」なども重視されるべきとの考えがうかがわれた。
結論
今年度は、個人情報を保護するソフト・ハード面の仕組み、倫理審査委員会の実態調査、疫学研究者・倫理審査委員会委員に対する教材コンテンツ開発、現場における研究印刷物の評価、日本の疫学研究者を対象とした社会への研究成果還元の調査を実施した。今後さらに発展させ、社会に受け入れられる疫学研究の在り方を検討していきたい。

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