公的扶助システムのあり方に関する実証的・理論的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300066A
報告書区分
総括
研究課題名
公的扶助システムのあり方に関する実証的・理論的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
後藤 玲子(国立社会保障・人口問題研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 橘木俊詔(京都大学 教授)
  • 八田達夫(東京大学 教授)
  • 埋橋孝文(日本女子大学 教授)
  • 菊池馨実(早稲田大学 教授)
  • 勝又幸子(国立社会保障・人口問題研究所総合企画部第3室長)
  • 阿部彩(国立社会保障・人口問題研究所国際関係部第2室長)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
11,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、社会保障制度の性質を規範的に分析するとともに、そのあり方を展望することにある。主な分析視角は2つある。第1は、はたして、個々人を形式的・対称的に扱う公正性、あるいは異時点間における個人内分配を支える合理性は、異なる境遇(社会的ポジションやカテゴリー)にある個々人を等しく扱う公正性へと拡張されうるのだろうか。第2は、後者のような公正性を備えた分配方法をはたして誰がどのような論理で受容し、誰がどのような論理でその制定・改定に責任をもつのだろうか。第1は正義の問題に、第2は相互性(reciprocity)の問題に関連する。はたして社会保障を支える正義と相互性の観念とはいかなるものだろうか。
研究方法
いうまでもなく、正義や相互性に関する規範的な研究としては、倫理学、政治哲学、法哲学などの諸分野において、その事実解明的な研究としては、社会学や経済人類学、社会心理学などの諸分野において数多くの優れた業績が存在する。だが、本章の特徴は経済学から議論を出発する点にある。その意図は、第一に、経済学にはもともと、ひとや社会に関する一定の前提からそれらと整合的な制度を構想するというモデルビルディングの手法、および社会状態を異なる利益や関心をもつ個々人の行為へと分解したうえで、再度それらの相互連関を分析するという方法的枠組みがあるからである。第二に、そのもとで経済学は正義と相互性に関する1つの視点を提出しているからである。例えば、正義に関しては、均衡において各人の便益-負担が釣り合っているという意味での衡平性(equity)や各人の多様な選好に照らして誰も他人の取り分を羨んでいないという無羨望(no-envy)概念を、また、相互性に関しては、当事者間の位置に関する対称性(symmetry)や便益の増減に関する単調性(monotonicity)を満たす相互便益(mutual advantage)概念を提出してきた。
結果と考察
これらの経済学の視点は、「公共」、「共同体」あるいは「家族」などの陰に隠れがちであった個人の貢献(家事・育児労働、保険料拠出や税負担)を明るみに出し、社会保障制度を透明化する動きにつながった 。また、制度への参加ははたして当事者自身の便益を増すものであるか、という契約主義的な観点から社会保障の仕組みを見直す契機ともなった。このように経済学によって透視され、構想された社会保障制度は、個々人の私的選好に基づく最適化行動と整合的であるという意味で、市場的な性格を色濃くもつことになる。ここでは、個々人の合理的選択に基づく自発的参加が見込まれるために、制度の受容可能性あるいは制度の制定・改定に関する責任といった2つ目の問題は浮上してこない。だが、上述したように、本来、社会保障には――公的扶助はもちろんのこと各種手当と呼ばれるもの、さらには年金・医療・介護などの社会保険の中にも――市場を越える機能があり、それを支える独自の正義と相互性の観念が存在したはずだ。このような関心から、本研究は経済学的視点の到達地点を確認したうえで、視点の拡充に努めた。視点の拡充にあたって参照されたのは、リベラリズムとコミュニタリアニズムという2つの規範理論である。リベラリズムとコミュニタリアニズムは、しばしば、正と善との優位性をめぐって対立的に捉えられがちである。だが、社会保障の文脈においては、両者は相補的に位置づけられる。リベラリズムは、個人の視点に立った正義の観念(個人別衡
平性、選択の自由の平等な保障など個々人に対する対称的な扱い)を経済学と共有しながらも、同時に、経済学を越える正義の観念(異なる境遇にある個々人に対する「等しい尊重と配慮」(ドゥオーキン))とそれを支える相互性の観念をもつ。他方、コミュニタリアニズムは、共同体という個人間の関係性に依拠しながら、メンバー個々人の貢献や必要に関する独自の――市場的需給関係とは異なる文脈依存的な――評価軸を形成する契機をもつ。これら2つの視点が合わせ鏡とされるなら、ルールと権利概念を基調とするリベラリズムのフレームに具体的な価値を投入することができるだろう。
結論
本章の目的は、正義と相互性という2つの観点から、社会保障を規範的に分析したうえで、そのあり方を展望することにあった。分析から得られた主要な結論は2点ある。第一は、異なる境遇にある個々人に対する「等しい尊重と配慮」を可能とする正義の観念、およびそれを支える相互性の観念は、市場の論理――個人別衡平性や相互便益――とは本質的に異なるものとして定式化されるという点である。第二は、共同性あるいは権利の観念を手掛かりとするとき、個々人の多様な活動やひとそのものの価値に関して、市場とは異なる評価軸を形成することが可能となるという点である。これらの結論をもとに、本論の末尾では、共同性をもつ媒介集団が独自に掲げる評価軸のもとで、個々人の多様な活動や存在が評価され、基本的な福祉を普遍的に保障されるローカルかつグローバルな仕組み(経済・財政システム、法・規範システム、政治システム)が構想された。このような構想は、まさに経済学のモデルビルディングの伝統に基づく試みではあるものの、前提となる正義と相互性の観念が経済学的視点を大きく越え出るものであったために、市場とは本質的に異なるものが構想されることになった。

公開日・更新日

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更新日
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