地域における保健・医療・福祉の動的統合モデルに関する研究:長野県の特性の構造分析と普遍化(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200300061A
報告書区分
総括
研究課題名
地域における保健・医療・福祉の動的統合モデルに関する研究:長野県の特性の構造分析と普遍化(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
矢島 嶺(長野大学社会福祉学部社会福祉学科客員教授)
研究分担者(所属機関)
  • 合津文雄(長野大学社会福祉学部社会福祉学科助教授)
  • 依田發夫(長野大学社会福祉学部社会福祉学科教授)
  • 石原剛志(長野大学社会福祉学部社会福祉学科講師)
  • 村田隆一(横浜市立大学国際文化学部人間科学科教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、普遍性を持った地域レベルの保健・医療・福祉との総合的アプローチの実践的、理論的モデルの策定、すなわち「長野モデル」の背景要因の構造連関を分析し、いかなる地域においても展開できるシステムとしての動的モデルを策定することを全体の目的としている。個別テーマとしては①「包括的医療・福祉・保健のサービスシステムの形成過程が低医療費、健康寿命」を生みだす要因になり得たかどうか研究するものである。
②「地域活動の分析と長野モデルの構造分析に関する研究」は、健康長寿、低医療費を実現している長野県の特性の背景要因の一つに保健・福祉との地域住民活動があったはずとの仮説に基づき、長野県厚生連病院が行っている「地域保険セミナー同窓会」というユニークな地域住民活動の構造分析を行い、住民活動と住民の健康長寿との連関を探るという目的で始められたものだ。 ③「地域特性の分析と比較に関する研究(その2)」は、地域特性の比較研究の基礎的作業として基本概念となる「地域」概念について検討して行政区画や生活共同体としてのそれとして区分し、捉えることが重要であると認識された。④近年日本に於ける医療政策や公衆衛生の動向やその思想(健康観、生命観)に着目した新しい動向が見られるようになった。そしてこの研究は、戦時下の「無医村」対策、保健婦の国家による組織化などの政策や地域での活動が、対象として取り上げられ、特に、戦後の福祉と国家体制との「連続と断続」を明らかにしようとする視点から検討されはじめている。
本分担研究は、こうした先行研究の視点を継承しながら、長野県における地域医療・健康学習の活動を現代的研究の視点からあらためて検討することを目的とし、その基礎的作業として取り組んだものである。
研究方法
テーマ1(合津)本年度は「診療所(国保直営)拠点型モデル」として、小川村、北御牧村の現地調査とヒアリング、資料収集を行い、そのシステムを図式化して、サービス提供システムの構造把握を行った。比較するためにこのタイプの拠点型とは全く違う無政府的・市場原理的サービスシステム下にある丸子町も、現地調査を行ってみた。
テーマ2(依田)①佐久病院の地域保険・医療活動の系譜、②地域保険セミナーの目的、内容、③セミナー同窓会活動の分析、④同窓会員へのアンケート、⑤抽出自治体の中の同窓会の役割、⑥彼らのからヒアリング、⑦地域住民の健康長寿との関連などの分析を試みた。
テーマ3(村田)住民主体型地域概念の再構築に関する基礎的考察を小諸厚生総合病院の「実践保健大学」および佐久病院「佐久地域保健セミナー」の取り組みの経過を踏まえて、関連する先行研究を基に主として文献研究を行った。
テーマ4(石原)長野県下の地域医療・地域保健・健康学習の実践に関する文献を中心に現代史研究として文献研究を行った
結果と考察
研究結果=テーマ1(合津)①北御牧村では、村営診療所を中心とした、「ケアポートみまき」という包括的医療・福祉・保健のセンターがあり、自治体、社協ボランティアグループの活動の拠点となっている。②小川村では、平成16年度より保険福祉との連携を図るために、包括医療組織が機能しており、中核が「包括医療協議会」である。③丸子町は、県内でも有数の医療、介護の競合地域である。互いの連携システムも持たず、市場原理のもとで火花を散らしている。
丸子町の調査は、前期の2村のような地域医療中心型で、行政、社協を巻き込んだタイプとは異なる医療福祉環境であることに目をつけ、前期の他の2村と比べて非常に興味あるデータを示している。
テーマ2(依田)同窓会の活動方法は大きく班活動と支部活動に分かれ、支部活動では「種まき人」となることが重視された。同窓会のアンケート調査では134名が回答しており、地域で保険・医療・福祉活動に積極的に参加、行政や社協などから認められる存在となってきており、意欲はあるが参加をためらう生活実態もあった。⑤二つの抽出自治体でのヒアリングでは、小海町において女性の健康学習と、福祉ボランティアが活発化に貢献していることと、男性高齢者がよく働くことが特筆される。
テーマ3(村田)共同運動「場」をどう定義づけるか、この課題は住民主体の協同的地域づくりに必要なたまり場の育成に切実なものである。日本の場合イタリアなどと違って、建築的構成を持つものではなく、「庭先」、「たまり場」、「道路はし」などが、代用広場になり得るわけで、ギリシャ的カテゴリーとして「広場」つまり「神-都市-広場-人間」の如き図式は日本にはない。
「実践保健大学」は、農家の主婦の活動形態に独自な対話の出来る広場を与えた。「井戸端会議的」「熟成型地域づくり」アプローチで、健康な地域づくりの実績を上げた住民活動であることを確認した。
テーマ4(石原)保健婦とともに住民の健康学習の援助実践に取り組んできた松下は、「健康学習」といわれる概念は管理方法を普及徹底させたものであり、啓蒙的意味合いをもつだけで、問題を持つ住民を受け手として客観的にとらえる発想であったと批判している
考察=テーマ1(合津)①「診療所(国保直営)拠点モデル」の小川村、北御牧村の総合的サービスシステムは、事実上診療所の医師が中心的役割を果たし、保健・医療・福祉の「包括的センター」として、行政、社協、ボランティアの連携を保ち、地域活動をしている。この地域医療、地域福祉活動は、老人医療費を押し下げ県内120町村中、118位、63位と県平均を下回っている。②一方丸子町は、病院、保健施設、介護施設、在宅支援施設の密集地域で、各機関の連携はまずないといってよく、無政府的・市場原理的である。その影響が県内最高位の老人医療費地域で1位と6位の間を上下している。
テーマ2(依田)①佐久病院による「地域保健セミナー」は、地域における保健・福祉の働き手を輩出し、その活動が地域住民活動と相乗し地域の保健力、福祉力の高揚に有効であることが認められた。②この中でとりわけ健康学習に基礎をおく住民活動が、人々の健康長寿を実現する要因の一つとして考えられた。
テーマ3(村田)八千穂村の実践では、地域の健康づくりの住民サイドの推進者は男性が担っている点で先駆性を持っているのであるが、地域や家庭での既存の社会的秩序に即しているという点での強みを持つと同時に、既存社会的関係の枠組みないでの取り組みという制約を持つともいえるからである。
日本社会で「主婦」が「広場」を作っており、時間をかけてそれが徐々に広がりを見せているということである。健康の地域づくり活動の評価にあたっては、この点を長期的視点にたっていくことが必要である。
テーマ4(石原)日本における健康管理活動は、結局その時節の国家目的にもとづく上からの健康管理であって、ファシズム的軍団主義のため、高度成長経済体制のため、更に高齢者対策のためであり、常に国民の健康に主体をおき、住民の参加、又は企画にもとづくものではなかった。
結論
テーマ1(合津)老人一人当たり医療費の地域差の要因は、医療サイドの事情、例えば市町村における病床数、医師数が関係しているといわれ、受療者の要因は副次的なものとする説が一般である。しかし、これまでの研究から、医療費の地域差は医療提供サイドの要因だけでなく、それぞれの地域、自治体における実践的効果的な「サービス提供の背景要因と何らかの関係を有し、小規模自治体における国保直営診療所の取り組みが大きな要因として考えられることが判明した。昨年度及び本年度の調査が県内120町村中5町村の調査を行ったのみであることから、それらの仮説を裏付け、普遍性の解明を通して動的総合モデルを策定するためには、調査対象地域、自治体、ならびに老人医療費高額地域においても、更なる調査研究および考察が必要である。
テーマ2(依田)健康長寿と住民活動との連関については、健康学習による活動の基礎作りが行われているとき、住民の活動が高い有効性を持つことが推測でき、広義の「健康」をテーマとする学習の機会を地域に広め、「健康の主体者を地域に多数送り出すことが、住民の健康長寿を実現する上で必要なことと考える。
テーマ3(村田)住民が主体的に作る生活共同体としての住民主体型地域概念の構築にあたって、小諸病院の実践保健大学の20余年にわたる取り組みが先駆的、間接的な内容を持っていることが確認された。また、この実践は協同へのこだわりを理念としてなされたものであるが、地域の農家の「主婦」層を中心とする学習活動の積み重ねを通して、広場型とも言うべき地域活動を生みだしており、住民主体型地域概念の先駆的事例として評価できることが明らかとなった。
テーマ4(石原)戦時下日本の医療・公衆衛生政策を、ファシズムによる政策の一環ととらえるか、あるいはこれを否定し、福祉国家の原型として評価するかという問題は、住民・国民の主体形成過程の視点からも見直すことが必要であると思われる。ファシズムの体制化における医療・公衆衛生政策と、今日における健康管理とを共に視野に収めながらあらためて、住民主体の内実を問う作業が求められている。

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