福祉契約と利用者の権利擁護に関する法学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300060A
報告書区分
総括
研究課題名
福祉契約と利用者の権利擁護に関する法学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
本澤 巳代子(筑波大学社会科学系)
研究分担者(所属機関)
  • 新井 誠(筑波大学社会科学系)
  • 秋元美世(東洋大学社会学部)
  • 品田充儀(神戸市外国語大学外国語学部)
  • 小西知世(筑波大学社会科学系)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
3,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、介護保険制度および支援費制度のもとにおける福祉契約のあり方、ならびに判断能力が不十分な痴呆高齢者や知的障害者等のための権利擁護のあり方について、民法および社会保障法の総合的観点から検討しようとするものである。
研究方法
2003年度も前年度に引き続き、主任研究者および分担研究者を中心とした社会保障法および民法の若手研究者をメンバーとして2002年4月に立ち上げた「福祉契約研究会」において、毎月1回程度のペースで研究会を開催し(合計8回、12報告)、研究会メンバーを中心に、わが国における福祉契約と権利擁護をめぐる法律上・実務上の問題点を整理するとともに、法学的観点から検討を加えてきた。その中で明らかになってきた福祉契約と権利擁護をめぐる現場での実態を確認し法学的考察を行うために、前年度に東京都と共同で実施した介護保険の訪問介護事業者を対象としたアンケート調査結果を法学的観点から検討するとともに、介護保険の訪問介護および介護福祉施設を対象とした契約書・重要事項説明書のサンプリング調査とそれに関連したアンケート調査を2003年末に実施し、東京都の契約書モデルとの比較検討を進めているところである。なお、2002年度および2003年度上半期の福祉契約研究会における研究成果は、2002年11月2日の日本社会保障法学会秋季大会共通テーマ・シンポジウム「社会福祉と契約」において、主任研究者および分担研究者・研究協力者によって報告され、学会報告を通じて得られた問題点等について今後さらに検討を重ねるために、2003年度下半期からは、研究会メンバーを中心に、介護保険先輩国であるドイツの法制度および実務について共同研究を行っている。
結果と考察
福祉契約研究会および学会報告を通じて得られた研究結果は、①福祉契約の考察に当たっては、福祉契約の特性としての多層構造性と脆弱性を認識した上で、契約という手法の限界を把握する必要があること、②具体的な契約書の作成・利用に当たっては、高齢者と障害者の特性の違いに配慮し、前者については残存能力に即して支えるために適切な支援者を得られるようにすることが必要であり、後者については本人の自立能力の形成に役立つように、本人主体の契約書作成・利用を重視することが必要である。また、③利用者の権利擁護のためには、社会福祉や精神医学との協力により成年後見制度および地域福祉権利擁護事業ないし福祉サービス利用援助事業をより実あるものとするとともに、成年後見に関する市町村長の申立と措置との適切な連携を図ること、任意後見の活用を進めるとともに信託・遺言との有機的結合を図ることが必要である。そして、④「契約」は介護保障としてサービスを実施していくための1つの方法であり、「社会的ニードとしての介護要求を有する者に対して、その必要を満たすための福祉サービスを提供すること」が公的責任であることを前提とすることが必要であり、それを前提にすれば、契約の目的は「利用者の選択権」の実現であり、利用者の選択権の実現は公的責任の重要な構成部分であるから、契約化したことによって公的責任の役割が条件整備の役割に限定される必然性はなく、利用者の選択にすべてを委ねるわけには行かない場合には、行政が直接的にコミットメントすることを内容とした公的責任が果たされる必要があるということになる。
2002年度末に東京都と共同で、介護保険の訪問介護事業所を対象に実施したアンケート調査の最終集計(有効回答757件、有効回答率42.4%)を分析した結果、①契約締結段階における契約内容の説明、契約締結に当たっての署名の場面では、契約当事者である利用者本人の意思能力や記憶能力に問題があることが多いがゆえに、利用者の家族が契約締結のための支援を行い、あるいは代理権のないままに契約書に署名するということが行われていること、②利用者本人の意思能力に問題がある場合、訪問介護契約を有効に締結するために、成年後見制度を利用する必要があるにもかかわらず、契約当事者の一方である利用者本人も、利用者を支える家族も、契約当事者の他の一方である事業者も、これを利用していない状況にあること、③契約に関する当事者間のトラブルについては、事業者が重点的に説明しているサービス内容、とくに介護保険対象サービスの範囲に関するものが多く、これとの関連で介護保険の利用者負担や介護保険対象外サービスの料金についても若干のトラブルが発生していることなどである。2003年末に東京都と共同で、介護保険の訪問介護事業所および介護福祉施設(各61ヶ所)を対象に実施した契約書・重要事項説明書のサンプリング調査の結果収集された契約書・重要事項説明書(回収数:訪問介護‐27事業所、介護福祉施設‐38施設)の分析を進めており、一応現時点で得られた契約書に関する分析結果によれば、多くの事業所・施設において東京都の契約書モデルがそのまま利用されたり若干の修正を加えて利用されたりしており、東京都が契約書のモデルを作成した意義は大きいと言える。とくに東京都の契約書モデルの条項の修正部分、東京都のモデルと全く異なる独自に作成された契約書の内容を見ると、利用者の権利擁護の観点から問題と思われるものが多く、介護保険導入前に訪問介護事業所で利用されていた契約書が、一方的に事業者側の立場に立って作成されていたことを考え合わせると、その意義は非常に大きかったと言える。契約書・重要事項説明書の途中分析結果ではあるが、このような東京都の契約書モデルの果たしてきた役割を考えると、介護保険制度の改正がタイムスケジュールに乗っているにもかかわらず、東京都が契約書モデルの見直しを検討していない状況は由々しきことであり、2004年度中に契約書モデルの見直しに着手するよう東京都に働きかけて行く必要がある。
結論
福祉契約は私法上の契約であるが、その特性からして利用者の権利擁護のためには、成年後見制度および福祉サービス利用援助事業・地域福祉権利擁護事業の利用を促進するための方策を講じること、利用者の選択権を保障するために公的責任による関与が必要であること、とくに契約締結のための支援、契約内容の履行確保を保証するための支援、契約をめぐって生じた問題をより迅速に解決するための支援などが必要である。そのためには、福祉現場における契約の実態を明らかにする必要があり、契約書・重要事項説明書のサンプリング調査や聞き取り調査によって、各自治体の作成した契約書モデルの果たしてきた役割を明確にするとともに、2005年4月の改正介護保険法施行に対応するために契約書モデルの見直しが必要であること、そのさい改善すべき条項を法律的観点から明示することが必要である。これらの諸点については、福祉契約研究会が2004年10月に企画している日独シンポジウムを通じて、介護保険先輩国であるドイツの経験に直接触れる機会を持つとともに、わが国において実効性のある具体的方策を研究会において検討し、最終報告書および書籍出版により本研究の成果を公表することによって、法学会のみならず広く社会において、また行政施策の上でも役立つものとすることが重要である。

公開日・更新日

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