貧困の世代間再生産の緩和・解消するための支援に関する基礎的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300048A
報告書区分
総括
研究課題名
貧困の世代間再生産の緩和・解消するための支援に関する基礎的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
杉村 宏(法政大学現代福祉学部)
研究分担者(所属機関)
  • 岡部卓(東京都立大学人文学部)
  • 六波羅詩朗(国際医療福祉大学医療福祉学部)
  • 新保美香(明治学院大学社会学部)
  • 宮永耕(東海大学健康科学部)
  • 吉浦輪(法政大学現代福祉学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
2,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
生活保護世帯の中に2世代以上にわたって生活保護を受給している世帯が目立つようになってきたが,これらの世帯は概して地域社会の中で排除された存在となっており,社会病理的な側面が強い。このような貧困の世代的再生産のメカニズムとその自立を阻害する要因を調査研究によって明らかにし,21世紀の社会福祉に求められるソーシャル・インクルージョンの支援方策の基礎研究を行なうことを目的として研究を進めた。
研究方法
当該年度は,首都圏(都内 A区)と過疎地域(北海道後志郡 B町)をフィールドにして,共同研究者全員で生活保護世帯を対象とした,生活保護母子世帯の形成過程と子育て課題を中心としたインテンシィブな聞き取り調査を行なった。さらに,こうした世帯に対する支援方策の検討を,生活保護ケースワーカー,民生委員・児童委員等からの聞き取り調査およびアンケート調査による処遇方針の分析によって行い,ソーシャル・インクルージョンを視野に入れた地域社会に対する働きかけのあり方に関する調査研究および分析をおこなった。
結果と考察
生活保護母子調査世帯の特徴と自立支援の方向(概要)
1.母親と子どもの状況
母親・子どもともに健康と心身に障害のある世帯が多く、就労できない母親も目立つ。不就労世帯の母親は精神的な疾患か身体障害のいずれかである場合が多い。
母親の修学状況をみると、中卒ないし高校中退が7割を占めている。母親自身が子ども時代に両親の離婚を経験している事例が半数に上り、さらに母親の出身世帯で、家庭内暴力があったと回答したケースも55%、暴力の原因としては父親の飲酒ないし酒乱が多く、これらの事例を含めて大部分の家庭内暴力は妻子を対象としたものであった。
父親(夫)の離別直前の就労状況の大半は、失業・半失業状態であった。負債の状況では半数以上が夫に負債があったとしている。父親(夫)自身が単親世帯で育った事例も多い。
不登校・引きこもり状態にある子どものいる世帯は世帯が半数に上り、中学生段階の子どものいる世帯では70%強である。不登校の原因は、小学生段階では「喘息などの疾病のためたびたび学校を休んだため」、「(肥満など)体型上のことでいじめにあった」などの理由があるが、「中学生段階」になると母親も明確な理由がわからない場合が多い。
2.「社会的不利」の重層構造と自立支援の方向
生活保護母子世帯の自立を阻害する「社会的不利」の中で根幹をなし、解決しなければならない課題は、①安定的な「居場所」を確保する問題、②語弊を恐れずにいえば「低学歴」に伴う不安定な生活基盤の問題、③家庭内暴力の問題である。「低学歴」と家庭内暴力の連鎖を断ち切り、住宅条件を含む近隣・親族、地域社会における安定的な「居場所」を確保するが求められている。母親と父親の「低学歴」と受けてきた暴力の問題は、いかんともし難いことであるが、その連鎖を断ち切ることができるかどうかが、世代的な貧困の再生産を阻止しうるかどうかの鍵となる。
① 低学歴の連鎖を断ち切る
今回調査した世帯の中でも、2つのアルバイトをこなし奨学金の貸与を受けて大学に通学する学生のいる世帯があった。子ども自身の自立と世帯の自立にとってもプラスになるという判断で世帯分離したものと思われるが、このような運用は「低学歴」の連鎖を断ち切る積極的な方向であると思われる。
不登校の原因は多岐わたるが学力不振が根底にある。調査世帯を担当しているケースワーカー達が、不登校の子どもたちでも高校進学したいという気持ちを持っていることに着目をし、学習ボランティアにつなげる取り組みをしているが、こうした取り組みは「低学歴」の連鎖を断ち切る第一歩になることは間違いない。
② 暴力の連鎖を断ち切る
母子家庭の母親は、子ども時代と結婚生活時代の2度にわたって暴力を受けている場合が少なくない。暴力や虐待は往々にして世代間で繰り返されることが多いが、子どもがこれ以上暴力にさらされないような支援のあり方を検討することは重要である。今回の聞き取りを行った世帯で心的ストレスによって時々暴発する母親がいたが、福祉事務所のケースワーカーは保健師等と協力して、母親の一時入院、子どもの引き取り、施設入所などを行なった事例があった。
児童虐待や家庭内暴力の発見の遅れに直結するとしてしばしば問題になる、家庭内への立ち入りの拒否という問題を想起するとき、そのような家庭が生活保護を受けているかどうかはかなり重要な意味を持ってくる。先に示した事例で明らかなように、福祉事務所ケースワーカーが、保健所の保健師や医療ケースワーカー、児童相談所職員、民生委員児童委員、教員、警察官などさまざまな職種の人々と連携し、協力して適切な対処がなされるならば、暴力の直接の原因にまで働きかけることができ、親子とも落ち着いた生活を取り戻し、自立の可能性を探ることもできるようになる。
③ 「居場所」をつくる
今回訪問した母子世帯の住宅環境は、比較的よい場合が多かったが、それはケースワーカーや民生委員の努力や協力による面が少なくないと感じられた。民生委員や福祉事務所から紹介を受けて住宅扶助基準の範囲内で、敷金・権利金、家賃などを設定してもらった事例などである。母子世帯化は居住の不安定化のプロセスでもあるから、安定した住居の確保は、母子世帯の「居場所」を確保する上で前提的な課題であり、かつ重要な要素である。しかも母子世帯の場合、異性の子どもたちとの生活をする場としての住宅の確保でなければならないから、大人だけ世帯の場合に比べて住宅の持つ意味は大きい。
生活保護を受給している母子世帯は、同程度の生活水準にある世帯からの中傷やねたみによる投書のターゲットにされやすいために、家に引きこもり勝ちになるといった社会的孤立の問題がある。子どもとともに暮らす家族は、子どもを通じての近隣や学校・保育園での親同士の交流がしやすいが、すでに見たように子どもが不登校であったり引きこもり状態にある場合は、子どもといることがむしろ「母子カプセル化」を促進し、社会的孤立に拍車をかける場合もある。しかしながら生活の自立をめざすうえで社会参加は必要不可欠であり、地域に「居場所」をつくることは、自立支援の重要な柱である。その場合抽象的な地域社会を前提にするのではなく、顔の見える関係を通じた地域社会参加であり、「居場所」作りでなければならない。地域社会への橋渡しという点ではむしろ民間ベースの民生委員や地域ボランティアへ期待すべきであろう。社会的孤立を招くさまざまな要因、就労の問題、社会的な偏見、子どもの不登校などの問題などを一つ一つ解決してとともに、地域社会に「居場所」をつくる課題を、独自に追求する取り組みが可能ならば生活保護母子世帯の自立支援にとってプラスになることは疑いない。そのプロセスの解明を今後の課題として検討を行いたい
結論

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