少子高齢化・知識経済社会に対応した社会保障システムの検討に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300036A
報告書区分
総括
研究課題名
少子高齢化・知識経済社会に対応した社会保障システムの検討に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
城戸 喜子(田園調布学園大学)
研究分担者(所属機関)
  • 今村肇(東洋大学)
  • 駒村康平(東洋大学)
  • 丸山桂(成蹊大学)
  • 上村敏之(東洋大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
2,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
IT化、知識資本主義、本格的なグローバル化経済の到来により、一国の経済成長の源は優れた人的資本の形成にある。このため、長期に渡る能力開発や健康維持の必要性が高まっている。一方、労働市場の流動化も進み、若年期の失業、離転職など、どの労働者も一定期間の失業を経験する可能性が高まっている。これら少子高齢化、知識資本主義、グローバル化、労働市場の変化といった経済環境の変化に対応するためには、各社会保障制度の個別・短期的視野による対応では不十分である。労働政策との連携し、制度横断的・制度間整合性を意識した量・質的改革からなる新しい社会保障体系の提示が必要となっている。
研究方法
研究者ヒアリング、文献研究、データに基づく計量分析といった方法を採用した。
結果と考察
所得保障政策に焦点を絞り、所得保障の体系的な研究、社会保険の見直し、事業主負担の問題、雇用政策と社会保険の連携、過去の年金改革の検証などを行った。研究は①新しい社会保障制度の役割、政策基準などを整理した「社会保障制度の諸問題(総括研究報告)」と、②就業形態の変化と個別制度の体系と役割見直しについて言及した「雇用と所得保障」、「年金を巡る諸問題」という各論(分担研究報告)から構成される。各章の要約を紹介する。第1章「就業構造の変化と社会保障制度の変化」は本報告書の総括研究報告である。社会保障制度にとっては、非正規労働者の増加は、財源問題を含め、深刻化しつつある問題である。就業構造の変化に対応した社会保障体系の確立が必要である。具体的な提案は本報告書の各章に譲るが、全体的な方向性は、①社会保障現行の年金中心の社会保障制度を見直す、②年金体系を現行の2階建てから、スウェーデンなどの最低保証年金と報酬比例年金の組み合わせという転換をはかる必要がある、③ヨーロッパ先進諸国では社会政策のなかに住宅政策が重層的に提供されているにもかかわらず。日本ではわずかに生活保護の住宅扶助があり、公共住宅の全住戸数に占める割合も小さい。都市部の低額年金受給者の借家世帯に対しては、所得調査つきの住宅手当の支給が必要である、④社会保険体系についてであるが、将来的には非正規労働者が加入可能な非被用者と被用者をひとつの集団とする年金制度と健康保険制度を再構築することなどの改革が不可欠である。第2章「生涯所得の不安定化と雇用機会の多様化-営利組織と非営利組織の所得とインセンティブ-」は、生涯所得をめぐる所得変動リスクへの労働者・家計の対応に関する分析を行っている。現在起こりつつある経済の構造変化が、働く個人と、それを雇用する企業、さらには政府の間のリスク負担の構造を大きく変えつつあり、このことは、明らかに経済変動のリスクを企業から個人に転嫁しようというものである。しかし、調査結果によると、必ずしもそのリスクの転嫁をともなう個人のインセンティブ拡大という企業のもくろみどおりに個人が反応していない。こうした変革期の制度的混乱の中では、本来成果発揮が期待された人間でさえも勤労意欲を失い、結果的に生産性低下という負の効果しか残らない危険もある。その危険を冒して営利企業組織が、被雇用者とのリスク負担の構造を変えようとしている背後には、経済の構造自体の変容に起因する企業の収益構造の変化が考えられる。こうした事態に対応するために日本においてもNPOやワーカーズ・コレクティブなど、非営利の組織を結成してその中で発生する収益の分配を自らのルールによって制御しつつ、多様な勤労意欲の達成を図り、あわせて社会の必要とするサービスの提
供を目指そうとする組織の存在が注目されているが、現状ではその収益構造は弱体であり、新たな雇用の受け皿として期待できるところまで至っていないのが実情である。第3章「市町村における民生費と地方団体の人口規模」は、民生サービスを担う市町村の民生費と人口規模の関係について実証的に分析を行った。人口規模と面積を説明変数とする場合、被説明変数の一人あたり民生費は人口規模に対してU字型の関数となる。このことは、多数を占める小規模自治体において民生サービスがコスト高で供給されており、広域化を図ることで平均費用を削減できることを示唆している。また、民生サービスが最低費用となる人口規模は10,000人程度となった。第4章「介護保険制度と障害者福祉の統合を巡って」は、介護保険と障害者福祉の統合問題について、ケアの内容面と財政面からの検討を行っている。両制度を統合するような抜本的な改革とするならば障害者施策のみを操作することを考えるのではなく,高齢者を対象とする介護保険のあり方自体を再検討するべきである。第5章「社会保険の事業主負担の帰着に関する実証分析」は、社会保険料の事業主負担分が実質的にだれの負担になっていかるかについて、健康保険・介護保険社会保険を例に実証的に分析している。この結果、①健康保険の事業主負担の一部(50%)は、賃金抑制という形で労働者に負担が帰着している、② 介護保険の事業主負担については同じ結論は確認できなかった。第6章「パート労働者の社会保険適用問題について」は、パート労働者に社会保険適用をした場合の家計への影響と問題について概観した。その結果、①被用者保険の適用基準を週20時間労働に引き下げた場合、保険料負担が増加したり、配偶者手当が打ち切られるために、可処分所得が減少する。より低い時給で働くパート労働者の負担が相対的に増加することになる。収入基準の65万円と二重の基準が必要である。②少子・高齢化が進行し、各種社会保険保険料率が上昇すると、パート労働者にとって被用者保険に加入するより、第3号被保険者にとどまるメリットが増大する。改革を早急に行わないと、第3号被保険者制度、パート労働者の理解がますます得られにくくなるばかりでなく、年金制度の持続可能性も弱めることになる。③パート労働者に社会保険にアクセスできる権利を付与すべきである。所得比例年金というすべての職業の人が平等にアクセスでき、負担をする制度設計にむけた改革が必要である。第7章「国民年金の空洞化問題と年金体系のあり方」は、国民年金の空洞の原因とその対応について、①空洞化問題は、世代内における保険料負担の公平性、未納者の生活保障問題など、深刻な問題を生み出すことになる、②1994年と2001年における市区町村別の国民年金の検認率を被説明変数とし、失業率、所得格差(所得水準)、単身世帯比率、就業構造、年齢構成を説明変数として、計量分析を行い、その結果、失業率の上昇は、検認率を引き下げる効果がある一方で、所得水準が高くなるほど、検認率を引き上げる効果があることが明らかになった、③皆年金体制の維持には、年金体系の抜本的な見直しが不可避であり、将来的には、所得比例年金への移行可能性も探る必要があろう。第8章「公的年金改革と資産運用リスクの経済分析」は、家計の資産運用が直面する収益率の確率的な変動を組み込んだ世代が重複するライフサイクル一般均衡モデルを用い、少子高齢化する人口変動のもとで、賦課方式を前提にした公的年金の縮小化、さらには民営化もしくは積立方式への完全な移行をシミュレーション分析によって評価した。この結果、少子高齢化のもとでの賦課方式の公的年金の維持は資本蓄積と経済厚生に悪影響を与える。民営化ないし積立方式への完全な移行は、資産運用成果ではカバーしきれない、一部の現役世代の負担を極端に過重にし、経済厚生を大きく変動させる。そのため、賦課方式の給付水準を部分的に徐々に削減することが、二重の負担を分散し、資本蓄積の利益を早く享受する好ましい年金政策ということになる。第9章「年金改革の検証(年金財政再計算・政府予
測編)」と第10章「年金改革の検証(政府調整能力編)」は、それぞれ過去の年金改革について、前者は、政策当局の経済・人口予測能力、年金財政計算技術が今日の年金財政にどのような影響を与えたのか、後者は、政策当局者が作成した原案が最終改革に達する過程でどのように修正され、それが今日の年金財政にどのような影響を与えたのかを検証している。
結論
本研究は、知識経済社会、グローバル化経済のもと、労働市場の流動化、家計、家族の直面する不確実性を考慮にいれた、新しい社会保障の理念や政策基準に基づく新しい社会保障制度を提言することを目的としている。社会保障給付自身は、あくまでも資源の再分配であり、それ自体は、富を生み出すものではない。しかし、よくデザインされた社会保障制度は、国民に安心というサービスを提供することになる。経済の低成長、少子・高齢化による財源制約は考慮しなければならないが、単純な単純な民営化論議、小さな政府志向にとらわれるべきではない。本研究は、現在の社会保障政策をとりまく社会経済状況、知識経済社会における、社会保障の必要性とあり方を検討し、第3の道、新しい社会保障体系を模索することを目的とした。本研究の結果、①横断的視点にたった社会保障改革の必要性、②雇用形態の変動に対応した社会保険制度の改革、所得保障制度の見直しについて知見を得た。

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