リスク管理アプローチを応用した安定的年金制度設計に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200300024A
報告書区分
総括
研究課題名
リスク管理アプローチを応用した安定的年金制度設計に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
藤井 眞理子(東京大学先端経済工学研究センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
2,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
安定的な年金制度の維持、運営は現下の最重要の財政課題の一つである。本研究は、公的年金制度の財政運営にリスクをもたらすさまざまな要因の影響について分析し、内在的なフィードバック・ルールを設定することにより自己安定的な年金制度設計ができないか、その可能性を検証することを目的としている。
公的年金制度の運営は、想定を超える人口構造や経済状況の変化等により、一層の少子高齢化の中で困難な選択の問題に直面している。単純な世代間の争いや有業、無業などの立場の違いによる争いにしないためには、一定の合理性を満たす選択肢を具体的に提示した上で政策論議を行うことが不可欠である。静態的な社会経済動向の下では、全国民を対象とした長生きのリスク分散と収支相等という基本原則での制度設計が可能かもしれないが、現実には時間の経過とともにさまざまな変数が変化し、動的な相互作用が生じることから安定的な制度設計はきわめて難しいものとなっている。
さらに、年金制度の運営が困難化する原因の一つに、改革の意思決定のためのコンセンサス形成に時間がかかることがあげられる。制度には、例えば、デフレが続けば給付のマイナス改定により実質額を一定としていかなければ維持できないというケースのように、いくつかの変化の方向に対しては、制度の骨格を維持するという前提の下では、予め採るべき合理的な方策が設定できる場合が考えられる。制度の基本を維持するために、いわば内在的なヘッジメカニズムを構築する方向を研究するものであり、制度の外に生じる変化を制度の中の変数でバランスさせる方策の可能性を探るアプローチが本研究の方向である。
研究方法
日本における公的年金の財政方式は、賦課方式の考え方を基本として運営されているものの、後世代の保険料負担の急増を回避するために一定の積立金を保有し、運用収入を活用することによって将来世代の負担を軽減するものとなっている。
同時に段階保険料方式が採られており、各種の経過措置なども含め、年金制度運営のための財政方式は相当に複雑な面を有する。このため、経済・社会構造、人口構造などに関連する変数が変化した場合、財政収支にどのような影響がもたらされるのか、また、その時間経路はどのようなものと見込まれるのかなどの点は、異なる想定の下での収支計算を具体的に行うことによりはじめて定量的な把握が可能となると考えられるので、主たる分析をシミュレーションに依拠する方法をとることとしている。
2003(平成15)年度においては、1999年の財政再計算時に公表された年金将来推計の基礎となる諸データと現行制度に基づき、2000年度から2060年度程度までの各年について財政収支のシミュレーションを行いうるコンパクトな年金財政モデルの構築を進めた。基本的な収支計算の枠組みを設定し、公表されているいくつかの財政見通しの結果などを反映できるかどうか等の実証テストを重ねる段階にある。
同時に、過去20年程度の財政再計算時における基本的な変数に関する想定をその後の推移と比較し、財政分析のための理論式に即して簡単な数値計算を行い、その意味を明確化する手法での研究も進めた。
結果と考察
(1)シミュレーションのための年金財政モデルの構築
年金制度は長期にわたり安定的に運営できるよう設計される必要があるが、他方、日本のような段階保険料方式の下で頻繁な制度改正により調整してゆく状況では、短中期の視野でも財政分析を行いうることが政策評価のためには不可欠である。この目的のため、今後60年程度にわたって毎年度の収支を計算できる年次型の財政モデルとして構築し、基本のブロックは国民年金勘定と厚生年金勘定から構成される簡潔な設計としている。
人口学的な値および経済活動の違いを考慮し、男女は別個に推計し、コーホートは5歳刻みで設定している。年金給付は過去の拠出履歴の影響を受けるため、40年間の拠出履歴を構築できるよう、賃金履歴など拠出に関係する基本的な変数については1960年からデータベースを作成した。
(2)年金財政の変動要因に関する過去データの分析と検証
現実の年金財政は単純な賦課方式ではなく、積立金が一定の役割を果たしているほか、拠出、給付の決定に関連する多くの考え方が度重なる制度改正の中で変化してきている。したがって、財政収支に影響を及ぼす要因の把握を「他の条件を一定」という形で行うことはきわめて困難である。このため、財政方式の基本について抽象的な理論式を立て、その中で現実の変化がどのようなインプリケーションを持つか、また、その影響の程度の把握に関連して数値計算を行った。この結果を参照しつつ、現実の財政構造に変化をもたらすリスク要因について考察を加えた。
これまでの財政見通しに変更をもたらしてきた要因としては、経済変数の変動も大きいが、過去についてみると人口学的な見通しの変化、特に平均余命の伸張に示されている高齢化の影響が大きい。なお、人口構造の変化が年金財政に与える影響の大きいことは、賦課方式の年金であれば当然であるが、仮に積立方式としても平均余命が不確実な変数である場合には、制度の基本的な設計が確定的な給付である公的年金制度の下では結果として長寿化が財政収支に影響を与えることとなる。
結論
保険料、賃金上昇率、被保険者動向、運用利回りなどはいずれもモデルのパラメータとして設定されている。したがって、2003(平成15)年度に骨格を構築した財政モデルに新たなデータ等を反映させたうえでシミュレーションによる分析を進め、改革論議の中で提起されたマクロ経済スライドなどの案を含む制度変更メカニズムについて、その現実的可能性の範囲を経済変数や人口見通しの異なる設定の下で比較、評価することやそれぞれの案に伴うリスク要因を明らかにしてこれをヘッジする仕組みを組み込む方策の可能性を探索する必要がある。
なお、研究の初期段階であるため暫定的な結論にとどまるが、物価や賃金、資産収益率などの主要経済変数は一定の確定的変数として扱うのではなく、むしろ適当な性質を持つ確率変数としてモデル化すればモンテカルロ・シミュレーションなどによるリスク把握も可能となることが考えられる。その場合には、経済変数間の共分散の分析も必要であろう。これに対し、人口学的な要因にはシナリオ分析が適当である可能性が高いと考えられる。いずれについても有効なモデル化の可否やインプリケーションの分析は2004年度以降の研究における課題である

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