文献情報
文献番号
200300011A
報告書区分
総括
研究課題名
生活習慣と健康、医療消費に関するミクロ経済分析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
小椋 正立(法政大学大学院エイジング総合研究所)
研究分担者(所属機関)
- 泉田信行(国立社会保障人口問題研究所)
- 角田保(大東文化大学経済学部)
- 河村真(法政大学経済学部)
- 佐藤雅代(国立社会保障人口問題研究所)
- 鈴木亘(大阪大学大学院国際公共政策研究科)
- 山田武(千葉商科大学商経学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
個人の健康維持活動に関して、①医療機関の受診や健診の受診に関する制度間格差を発生させる社会経済的要因の分析、②健診体制と医療保険制度間の連携効果の分析、③個人レベルで医療費に影響を与えていると考えられる生活習慣、とくに喫煙や飲酒などの危険行動と健診や医療の受診に関する計量経済学的な分析。
研究方法
医療費と生活習慣に関する個票データを用いた統計学的、計量経済学的な分析。
結果と考察
鈴木亘研究分担者は"Demand for Medical Care in Japan: initial Finding from a Japanese Natural Experiment"と題した論文において、1997年9月の被用者保険の本人自己負担率引き上げ(1割から2割)をはさむ期間の、組合健保のレセプトデータを用いて、医療需要関数の推定を行った。推計は、引き上げが行われた本人の需要の変動をTreatment Group、引き上げが行われなかった家族の需要の変動をControl Groupとして、その差を自己負担率の引き上げ効果とするDifference in Difference法によっている。推定の結果、外来医療の価格弾力性は-0.07~-0.08、入院医療は有意な結果とならなかった。この外来医療の価格弾力性は、個票を用いた先行研究よりもやや低いが、標本期間が短期であることを考慮する必要があろう。さらに、鈴木は「国保レセプトデータを用いた高齢者の医療需要関数の計測」は、国保のレセプトデータから、国保一般から老健に移行したサンプルだけを取り出して、高齢者の医療需要の価格弾力性を計測した。その結果によれば、外来費の弾力性は0.4程度、入院費の弾力性は0.1程度となっている。
わが国でも最近、社会保障個人勘定の議論が始まったが、佐藤雅代研究分担者は、「個人・世帯単位の医療保険負担と医療給付」と題した論文において、同じ大規模な組合健保データを用いて、個人単位で医療保険料負担と医療費を比較した。とくに等価尺度を用いて被保険者本人の標準報酬を被扶養者に割り振ることで、個人の保険料負担を計算したことが特徴である。分析の結果を見ると、データがカバーする8ヶ月間では、保険料負担額が医療給付額を上回る負担超の世帯が全体の約9割であったが、このことは約1割の給付超の世帯にとっては、リスクをヘッジする保険機能が有効に働いていることを意味する。また、仮に、たとえば医療費が標準報酬の1割までは全額自己負担とすると、2.27%ポイントの保険料率削減が可能であるなど、こうしたアプローチが政策シミュレーションに非常に有効であることが示されている。
医療の資源配分においては、個人の健康に関する不確実性は避けて通れない問題である。とくに不確実性が医療需要に与える影響は、近年、医療経済学の理論分野において盛んに取り上げられているが、実証分析はまだ少ない。山田武・鈴木亘研究分担者は、「健康の不確実性が医療サービスの受診行動に与える影響について」において、Dardanoni and Wagstaff(1990)の理論的な枠組みをベースに、同じ組合健保のデータを用いて、不確実性の増大が医療需要を増加させるという仮説の検証を試みた。医療需要には単位時間当たりのエピソード件数を選択し、不確実性の代理変数としては、外来と入院について、合計日数の標準偏差、合計点数の標準偏差などの指標を選択した。推定方法にはNegative Binomialモデルを用いた。分析の結果から、理論モデルの示すとおり、健康の平均値が上昇するとエピソード件数は減少し、健康の不確実性が増加するとエピソード数が増加することが示されている。
医療サービスを必要とするかどうかに関するリアルタイムの消費者の判断は、健康状態の自己評価にかかることが多い。この健康状態の自己評価は、アンケート調査で簡単に入手できるため、医療や健康以外にもさまざまな分析に用いられている。花岡研究協力者は、「健康状態の自己評価はなにを表しているのか」と題した論文で、個人がどのような指標に基づいて自己の健康を把握し、それが健康投資とどのように結びついているのかに関する研究結果をサーベイした。たとえば生活習慣は、それが個人の身体機能に影響を及ぼすことにより、健康状態の自己評価に影響を与える。健康であれば予防行動に熱心であり、不健康であれば逆の傾向が存在する。しかし、不健康な人ほど医療を受診する傾向がある。また、主観的な自己評価を個人間で比較する時には、個人が属するグループによるスケーリングの違い、比較のために参照するグループの影響、性別の影響、等によるバイアスが存在することに注意する必要がある。
本研究班は、生活習慣病についても、2003年度の成果として、いくつかの中間報告的な論文をまとめた。まず、泉田信行がとりまとめた研究班の論文「保険制度別生活習慣病リスクの比較とその含意」は、保険者が直面する医療費リスク、生活習慣病罹患リスクの状況を把握しようとしたものである。上記の健保レセプトと地域国保のレセプトを再集計して分析した結果、生活習慣病の罹患率については保険者間にかなりの格差があることが判明した。この原因として、単なる地域性だけではなく、保険者ごとに生活習慣病の予防や管理のインセンティブが相当に異なっていることを疑う必要がある。例えば、これまで健康保険組合の行動原則は一律に考えられ、論じられてきたが、生活習慣病については、その常識を疑う必要がある。この点に関しては、2004年度以降、本格的な分析を行う予定である。
また、生活習慣病に罹患するか否かによって、個人が一生に消費する医療費にも大きな格差が発生することは容易に予想できる。また、ひとつの生活習慣病に罹患すると複数の生活習慣病に罹患する可能性が高くなることも予想される。泉田研究分担者は、「生活習慣病の罹患と個人単位の医療費格差について」という論文において、この問題を取り上げている。用いたデータはいくつかの組合健保の5年分のデータである。その結果によれば、生活習慣病による医療機関受診は30台半ばから始まるが、その後の推移は被保険者と被扶養者で異なる可能性がある。これは健康保持努力が被保険者と被扶養者で異なる可能性を示唆しているかも知れない。それを明らかにすることは今後の生活習慣病対策に重要な知見となる可能性がある。
さらに小椋は「健康診断の検査結果は現在および将来の医療費の予測にどれくらい有効か」において、ある健康組合の6年分の健康診断の検査数値指標と年間医療費を連結させ、検査結果から現在および将来の医療費の変動をどれくらい予測できるかを分析した。推計結果によれば、現在の医療費に対するプラスの影響が認められたものは聴力、血圧、肝機能、腎機能、血糖などである。説明変数に現在の医療費を加えても、血圧、血糖、肝機能、腎機能関連の検査指標は有意なプラスの影響を保持するなど、この結果は、かなり頑健である。これらの検査指標は、高血圧症、糖尿病、腎臓機能などの生活習慣病と深くかかわる検査指標であり、こうした病気については、一般的な検査によるスクリーニングが有効に機能する可能性があることを示唆している。
生活習慣のなかでも、とくに喫煙と飲酒に焦点を当てた分析が、河村論文「喫煙および飲酒の頻度および健康状態(健康判定結果)と医療費の相関」、角田・泉田論文「喫煙・非喫煙選択と外来医療費への効果」である。河村論文では、ある健康保険組合の5年分のデータセットを使用して、生活習慣、自覚症状および検査項目の判定結果別に、医療費の平均・標準偏差を比較した。この分析によると、喫煙の頻度が最も高い標本で、特に月当たり医療費平均値が高いことが示され、しかも、9つの各主傷病ごとに作成した医療費すべてについてこの傾向が現れていた。これに比して、飲酒の頻度に関しては、月当たり医療費平均値の傾向は、明らかでなく、「時々飲酒」と回答した標本で、月当たり医療費は低かった。
小椋・角田・泉田論文では、ある企業のマイクロデータから、喫煙者・非喫煙者の選択が外来医療費にどのような影響を与えているかを分析した。分析の枠組みは、医療費に対して、健診を受診しているかどうか、喫煙者かどうかの2つの情報が与えるバイアスとして計算するsequential probit modelである。この推計方法では、喫煙と非喫煙の選択を逆転させると、医療費にどのような影響を与えるかをシミュレーションすることができる。推計結果によれば、非喫煙者が喫煙したとすれば、外来医療費の期待値は12%ほど上昇するが、喫煙者が非喫煙者になっても外来医療費の期待値はほとんど変わらない。前者も過小であるが、とくに後者は、直感とは一致しない。これについては、推計式においてすべての疾病が外生変数として扱われていることが原因となっている可能性もある。たとえば、もし喫煙者が非喫煙者となっても、同じ疾病に罹患したら、その医療費はほとんど変わらない、という可能性である。明らかに早急に改善すべき点であるが、今回は時間の制約により果たせなかった。
わが国でも最近、社会保障個人勘定の議論が始まったが、佐藤雅代研究分担者は、「個人・世帯単位の医療保険負担と医療給付」と題した論文において、同じ大規模な組合健保データを用いて、個人単位で医療保険料負担と医療費を比較した。とくに等価尺度を用いて被保険者本人の標準報酬を被扶養者に割り振ることで、個人の保険料負担を計算したことが特徴である。分析の結果を見ると、データがカバーする8ヶ月間では、保険料負担額が医療給付額を上回る負担超の世帯が全体の約9割であったが、このことは約1割の給付超の世帯にとっては、リスクをヘッジする保険機能が有効に働いていることを意味する。また、仮に、たとえば医療費が標準報酬の1割までは全額自己負担とすると、2.27%ポイントの保険料率削減が可能であるなど、こうしたアプローチが政策シミュレーションに非常に有効であることが示されている。
医療の資源配分においては、個人の健康に関する不確実性は避けて通れない問題である。とくに不確実性が医療需要に与える影響は、近年、医療経済学の理論分野において盛んに取り上げられているが、実証分析はまだ少ない。山田武・鈴木亘研究分担者は、「健康の不確実性が医療サービスの受診行動に与える影響について」において、Dardanoni and Wagstaff(1990)の理論的な枠組みをベースに、同じ組合健保のデータを用いて、不確実性の増大が医療需要を増加させるという仮説の検証を試みた。医療需要には単位時間当たりのエピソード件数を選択し、不確実性の代理変数としては、外来と入院について、合計日数の標準偏差、合計点数の標準偏差などの指標を選択した。推定方法にはNegative Binomialモデルを用いた。分析の結果から、理論モデルの示すとおり、健康の平均値が上昇するとエピソード件数は減少し、健康の不確実性が増加するとエピソード数が増加することが示されている。
医療サービスを必要とするかどうかに関するリアルタイムの消費者の判断は、健康状態の自己評価にかかることが多い。この健康状態の自己評価は、アンケート調査で簡単に入手できるため、医療や健康以外にもさまざまな分析に用いられている。花岡研究協力者は、「健康状態の自己評価はなにを表しているのか」と題した論文で、個人がどのような指標に基づいて自己の健康を把握し、それが健康投資とどのように結びついているのかに関する研究結果をサーベイした。たとえば生活習慣は、それが個人の身体機能に影響を及ぼすことにより、健康状態の自己評価に影響を与える。健康であれば予防行動に熱心であり、不健康であれば逆の傾向が存在する。しかし、不健康な人ほど医療を受診する傾向がある。また、主観的な自己評価を個人間で比較する時には、個人が属するグループによるスケーリングの違い、比較のために参照するグループの影響、性別の影響、等によるバイアスが存在することに注意する必要がある。
本研究班は、生活習慣病についても、2003年度の成果として、いくつかの中間報告的な論文をまとめた。まず、泉田信行がとりまとめた研究班の論文「保険制度別生活習慣病リスクの比較とその含意」は、保険者が直面する医療費リスク、生活習慣病罹患リスクの状況を把握しようとしたものである。上記の健保レセプトと地域国保のレセプトを再集計して分析した結果、生活習慣病の罹患率については保険者間にかなりの格差があることが判明した。この原因として、単なる地域性だけではなく、保険者ごとに生活習慣病の予防や管理のインセンティブが相当に異なっていることを疑う必要がある。例えば、これまで健康保険組合の行動原則は一律に考えられ、論じられてきたが、生活習慣病については、その常識を疑う必要がある。この点に関しては、2004年度以降、本格的な分析を行う予定である。
また、生活習慣病に罹患するか否かによって、個人が一生に消費する医療費にも大きな格差が発生することは容易に予想できる。また、ひとつの生活習慣病に罹患すると複数の生活習慣病に罹患する可能性が高くなることも予想される。泉田研究分担者は、「生活習慣病の罹患と個人単位の医療費格差について」という論文において、この問題を取り上げている。用いたデータはいくつかの組合健保の5年分のデータである。その結果によれば、生活習慣病による医療機関受診は30台半ばから始まるが、その後の推移は被保険者と被扶養者で異なる可能性がある。これは健康保持努力が被保険者と被扶養者で異なる可能性を示唆しているかも知れない。それを明らかにすることは今後の生活習慣病対策に重要な知見となる可能性がある。
さらに小椋は「健康診断の検査結果は現在および将来の医療費の予測にどれくらい有効か」において、ある健康組合の6年分の健康診断の検査数値指標と年間医療費を連結させ、検査結果から現在および将来の医療費の変動をどれくらい予測できるかを分析した。推計結果によれば、現在の医療費に対するプラスの影響が認められたものは聴力、血圧、肝機能、腎機能、血糖などである。説明変数に現在の医療費を加えても、血圧、血糖、肝機能、腎機能関連の検査指標は有意なプラスの影響を保持するなど、この結果は、かなり頑健である。これらの検査指標は、高血圧症、糖尿病、腎臓機能などの生活習慣病と深くかかわる検査指標であり、こうした病気については、一般的な検査によるスクリーニングが有効に機能する可能性があることを示唆している。
生活習慣のなかでも、とくに喫煙と飲酒に焦点を当てた分析が、河村論文「喫煙および飲酒の頻度および健康状態(健康判定結果)と医療費の相関」、角田・泉田論文「喫煙・非喫煙選択と外来医療費への効果」である。河村論文では、ある健康保険組合の5年分のデータセットを使用して、生活習慣、自覚症状および検査項目の判定結果別に、医療費の平均・標準偏差を比較した。この分析によると、喫煙の頻度が最も高い標本で、特に月当たり医療費平均値が高いことが示され、しかも、9つの各主傷病ごとに作成した医療費すべてについてこの傾向が現れていた。これに比して、飲酒の頻度に関しては、月当たり医療費平均値の傾向は、明らかでなく、「時々飲酒」と回答した標本で、月当たり医療費は低かった。
小椋・角田・泉田論文では、ある企業のマイクロデータから、喫煙者・非喫煙者の選択が外来医療費にどのような影響を与えているかを分析した。分析の枠組みは、医療費に対して、健診を受診しているかどうか、喫煙者かどうかの2つの情報が与えるバイアスとして計算するsequential probit modelである。この推計方法では、喫煙と非喫煙の選択を逆転させると、医療費にどのような影響を与えるかをシミュレーションすることができる。推計結果によれば、非喫煙者が喫煙したとすれば、外来医療費の期待値は12%ほど上昇するが、喫煙者が非喫煙者になっても外来医療費の期待値はほとんど変わらない。前者も過小であるが、とくに後者は、直感とは一致しない。これについては、推計式においてすべての疾病が外生変数として扱われていることが原因となっている可能性もある。たとえば、もし喫煙者が非喫煙者となっても、同じ疾病に罹患したら、その医療費はほとんど変わらない、という可能性である。明らかに早急に改善すべき点であるが、今回は時間の制約により果たせなかった。
結論
本研究班は、豊富な個票データを用いて、医療需要の価格弾力性など、医療経済の基本問題についていくつかの重要な貢献を行ったが、生活習慣病についても、計量的な手法を軸として、生活習慣病に関する個人や保険者間の予防や管理のインセンティブの格差、健診結果による医療費の予見可能性、喫煙や飲酒などの危険行動が医療費に及ぼす影響などの分析を行った。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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