医療費の地域格差と医療の社会資本の分析

文献情報

文献番号
200300002A
報告書区分
総括
研究課題名
医療費の地域格差と医療の社会資本の分析
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
姉川 知史(慶應義塾大学大学院経営管理研究科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学推進研究
研究開始年度
平成15(2003)年度
研究終了予定年度
-
研究費
1,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療の経済学分析においては医師、看護士、医療技術者、医療機関等によって構成される医療供給体制を「社会資本」あるいは「社会的共通資本」として捉えることが可能である。このとき、国民の健康水準、医療費は医療の社会資本との間に成立する関係として検討する必要がある。
この研究は次の2つの研究を行う。第1は、国民の健康水準が医療の社会資本蓄積によってどのように決定されるかに関する研究である。第2は、医療費が医療の社会資本蓄積によってどのように決定されるかに関する研究である。
平均余命等で測定した国民の健康水準は国際的に格差がある。他方、日本における健康水準の格差は小さい。ところが日本における1人当たり医療費には大きな地域格差がある。そこで健康水準の国際的格差のデータを用いて国民の健康水準の決定要因を分析する。次に、日本における医療費の地域格差のデータを用いて、医療費の決定要因の分析を行う。
上記の2つの研究を行うにあたって、次の点を強調する。第1は、医療の社会資本が長期においてどのように蓄積されるかという社会資本蓄積の観点を強調することである。第2は、健康水準、医療費、医療の社会資本の成長率が長期的に収斂するか否かを強調した実証研究を行うことである。
この研究を行うことで、健康水準の決定要因、医療費の決定要因が明らかになる。このとき、医療の社会資本の長期的蓄積が、どのように健康水準、医療費に影響するかが判明する。
研究方法
第1の研究として、医療の社会資本の蓄積がどのように国民の健康水準に影響するかを検討した。ここではOECD Health Dataを利用して、OECD加盟国の20年間のデータを使用した分析を行った。そこでは平均余命を健康水準とし、これを決定する説明変数の係数を推定した。このような説明変数として、人口1人あたりの病床数を医療の社会資本の代理変数と想定した。
さらに、1人あたりの医療費、喫煙率、飲酒率等の消費者の行動様式等の説明変数として用いた。このとき、平均余命で測った健康水準が各国ともに自らの均衡水準に収斂していくという仮定を設け、どの程度の変化率で、この長期均衡水準に接近しているかを測定した。次の変数を数式で表示した。
「i国の健康水準と健康水準の国際平均との格差」
この格差が長期的に縮小すると仮定し、その縮小速度を推計した。これを用いて変形した式をデータによって推計した。
第2の研究として、日本の1人当たり医療費の都道府県による地域格差を分析した。この地域格差は国民の需要する医療サービスの種類と量が地域によって大きく異なることを意味する。日本では国民皆保険が成立しているため、医療費の地域格差は、国民1人あたりの医療サービスの種類とその量が地域によって大きく異なることを意味する。このとき何が地域による医療サービスの相違をもたらすかという点が検討すべき課題となる。その第1の可能性は、地域により、住民の年齢構成、疾病構成が異なり、それが地域別の医療サービスの相違をもたらすという説明である。第2の可能性は、地域により、医療機関、医師、看護士、医療機器等の供給体制の要因すなわち「医療の社会資本」の蓄積程度が地域によって異なり、それが医療サービスの需要の相違を招くという説明である。すなわち、住民1人当たりの医療の社会資本が大きくなると、小さい場合には発生しなかった医療サービス需要が顕在化するという説明である。この可能性は、医療経済学では「医師誘発需要」の名称で呼ばれていて、既存研究の多くはこれを医療費の地域格差の原因としている。
医療費の地域格差についてはFolland and Stano (1989)が分析を行っている。日本の医療費の地域格差については、厚生労働省(毎年)は毎年データを収集して、類型的傾向を分析している。近年、大量のミクロデータを用いた経済学研究がなされるようになった。その代表は医療経済研究機構(1998)の報告書であり、そこでは1996年11月の診療報酬明細書データを用いた分析を行っている。これらは医療供給体制すなわち供給側の要因が医療費の地域格差をもたらしていることを示している。
しかし、このような既存研究には2つの問題がある。第1は、医師誘発需要、医療機関誘発需要を仮定しないでも、医療供給体制の地域間格差があればそれだけで、医療費の地域格差が説明できるという点である。むしろ日本では医療保険において決定される医療サービスの価格では医療の需要が供給を上回る場合が多く、このとき医療需要は供給制約の状態にあると想定することができる。第2の問題は、既存研究が一定時点のデータによって、医療費の地域格差を説明していることであり、長期にわたる医療費の変動について検討していないという点である。
本研究ではこれらの2つの問題を考慮して修正して、日本における医療費の地域格差を検討した。各都道府県別の医療費、薬剤費を、医療供給体制(医療機関数、入院病床数、医師数、看護士数)、地域住民の特性(人口、年齢構成、疾病構成)、その他の変数によって説明する。データを47都道府県、20年のパネル形式に整理することで長期分析を行った。さらにこの研究では医療供給体制を医療の社会資本として捉え、それが長期においてどのように蓄積されるかという社会資本蓄積の観点を強調した。また、医療の社会資本、医療費の成長率の長期的収斂を強調した実証研究を行った。
Folland and Stano (1989) "Sources of Small Area Variations in the Use of Medical
Care", Journal of Health Economics. 8(1), 85-107.
医療経済研究機構(1998)『医療費の地域格差に関する研究』医療経済研究機構
厚生労働省『地域医療費総覧』社会保険研究所
結果と考察
第1の研究では、医療費は平均余命に負の影響を持つという逆説が確認された。これは医療費の上昇が健康水準の上昇をもたらさないということである。この事実は他の研究でも確認されることであるが、なぜ医療費の増大が健康水準を増加させないかという原因については明確な答えはない。また、喫煙率は健康水準に負の影響を与えることが示された。開発途上国では健康水準が医療費でなく、教育水準あるいは衛生状態の向上によって増大するとされる。このようなことから、医療の社会資本の概念を拡大して、多様な社会的制度が国民の健康水準の決定要因となることが推測される。
さらに健康水準はOECD加盟国の間では長期的には収斂していることが確認され、本研究の推定値によれば30年ほどで、定常状態に収斂することが示された。したがって平均余命の国際間の格差は長期的には解消する傾向があることが判明した。
第2の研究では医療費の格差が医療の社会資本の蓄積の相違によって実際に説明されることが判明した。また、医療の社会資本の蓄積は長期的に収斂するため、医療費の地域格差が縮小することが示された。しかしながら、医療費の地域格差の収斂が、医療費抑制を目的とした政策の結果でもあるとすれば、本研究の結果には留保が必要である。
結論
健康水準と医療費について、これが医療の社会資本とどのように関係するかに注目した実証研究を行った。これらの実証研究によって下記の問題を検討することができた。
第1は、医師、看護士、医療技術者、医療機関によって構成される医療供給体制を経済学的には、医療の社会資本として捉えることが妥当であることが示された。これを資本として想定することで、長期的に蓄積されるという特色を強調することが可能になる。他方、医療サービスはこの医療の社会資本から生み出されるサービスとして捉えることが可能になる。
第2は、国民の健康水準は医療サービスだけでなく、医療の社会資本、その他の社会資本、喫煙等の国民の習慣等によって決定されることが判明した。ここでは医療費は健康水準に負の影響を与えるという逆説が確認された。
第3に、健康水準は先進国では収斂する傾向があるということが判明した。
第4に、日本における医療費の地域格差に関する新たな解釈が可能になった。すなわち現時点で確認される、医療費の地域格差は、医療の社会資本の蓄積水準で説明されることがわかった。さらにその相違は長期においては解消する傾向が示された。
第5に、日本において医療供給体制すなわち医療の社会資本を長期的な視点でどのように蓄積すべきかという政策的課題に対する示唆が得られた。すなわち、医療費の地域格差は結果であり、医療の社会資本の蓄積の格差に注目した政策がより適切であることが示された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-