産業中毒の予防と診断のための生体試料中有害物質及びその代謝物・付加体の超微量分析手法の開発研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201429A
報告書区分
総括
研究課題名
産業中毒の予防と診断のための生体試料中有害物質及びその代謝物・付加体の超微量分析手法の開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
坂井 公(労働福祉事業団東京労災病院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
産業界に次々と導入される新規物質への低濃度慢性曝露が問題となり、ホルムアルデヒドや接着剤成分(揮発性有機化合物:VOCやフタル酸エステル類など)、有機リン系殺虫剤などによる化学物質過敏症に悩む相談や受診・検査を希望者する人が多く、ブロモプロパンなどの環境ホルモン作用などに不安をもつ人も増加している。このような勤労者の健康問題の悩みと医療に応えるには体内の超微量の有害物質を特定・分析する手法の開発研究が必要となっている。本研究の目的は新規多品種物質に慢性的に曝露される作業者や過敏症患者などにおいてその原因物質の超高感度検出とその体内動態の解明を行い、健康障害の予防と治療に役立つ検査法(生体影響指標、生物学的モニタリング)を開発することである。本研究の成果は、産業現場における化学物質過敏症などの健康障害の診断と治療に役立つ情報を提供し、起因物質の曝露低減化に役立つものである。これは勤労者の快適作業環境形成および有害物質取り扱い作業者の不安解消と健康問題解決に寄与し、勤労者の保健・医療の向上に貢献するものである。初年度は血液や尿中で化学物質過敏症や感作性の原因となるVOC、ジクロロメタン、イソシアネート類、重金属類などをppb~sub ppbレベルで測定する超微量分析法の開発を行った。
研究方法
低濃度有機溶剤暴露事業所として漆器工場とそこに働く作業者について使用溶剤、樹脂類の溶剤成分の調査と新たな健康診断項目としての血中・尿中溶剤の測定を実施した。溶剤成分の同定にはヘッドスペースガスクロマトグラフ(HSGC)法により質量分析を行った。血中・尿中溶剤の測定はFID検出によるHSGC法によった。新築医療機関のVOC調査は東京労災病院の新棟において、地下1階(病歴室、栄養管理室)、3階(事務室、検査室、シックハウス科クリーンルーム)、6階(病室)の各部屋とその廊下で行った。行った。調査したVOC成分はトルエン、ホルムアルデヒドを中心とする4種類である。調査は2002年4月移転の後6月~9月と、2003年1月に実施した。測定は厚生労働省の標準的な方法によった。ジクロロメタン(DCM)については印刷工場の95名の作業者を対象として、健康診断時および経時的に採尿した。尿中DCMはHSGS法により測定した。漆器工場および印刷工場の個人暴露濃度は有機ガスモニターにて測定した。トルエンジイソシアネート(TDI)については楽器製造工場の作業者のスポット尿を使用した。尿は内部標準物質とともに濃硫酸を加え、90分間煮沸した後、アルカリ化し、ジエチルエーテル抽出した。上層を濃縮乾燥後、トルエンに溶解し、誘導体化後GC-MSにより測定した。血漿鉛(PbP)についてはバッテリー解体工場とガラス工場に勤務する男子作業者を対象とした。全血、尿、血漿のそれぞれに0.15N硝酸と内部標準物質(Bi)を添加し、結合誘導プラズマ質量分析計(ICP-MS)で測定した。一部の検体については原子吸光光度法(AAS)による測定も行った。
結果と考察
漆器工場のトルエン個人曝露濃度は6ppm以下と低濃度であったが、血中トルエンとの間に相関が認められた。使用溶剤などの成分分析の結果ベンゼンやヘキサン、スチレンの含まれるものもあり、健診項目の検討が必要と考えられる。新築医療機関におけるVOCの調査では、トルエン、ホルムアルデヒドなど室内汚染空気中化学物質の濃度は室内濃度指針値の範囲にあったが、クローゼット内のスチレン濃度が高い傾向を示した。シックハウス科クリーンルーム(診察室)のVOCはトルエン0.2ppb、ホルムアルデヒド0.6ppb、キシレン・スチレンともに非検出であった。病理検査室でのキシレン濃度も82.3ppbと指針値未満とな
った。病歴室内ではカルテ棚が新設されて、比較的高いVOC濃度を示した。室内への供排気について調べると供気のVOCは外気のそれと同じであったが、排気口でトルエンが10ppb程度となり室内からの発生が伺われた。部屋の換気回数(4回/時間)と室内気積をもとに室内トルエンの発生量を試算した。この他、日内変動、季節変動なども明らかとなった。尿中DCMの測定は4℃保存で4日ほど安定に測定可能であった。作業者の尿中DCMの減衰曲線から計算すると半減期は210分から400分であった。DCMの個人曝露濃度(X)と尿中DCM濃度(Y)とはY=0.0037X+0.0545 (r=0.924)の相関を示した。これより生物学的暴露指標値を試算した。これはACGIHの許容濃度50ppmとそれに対応するBEIが0.2mg/lとされていることとほぼ合致する尿中DCM濃度と個人暴露濃度との相関係数は尿を比重やクレアチニンで補正することによっても向上せず、むしろ低下する。これはスポット尿が何も補正することなくDCM暴露の評価に有効であることを示している。Ukaiらの報告も同様である。尿を補正することにより気中溶剤との相関が低下する例として、メタノール、メチルエチルケトン、アセトン、トルエンなどが知られている。トルエンに関しては、代謝物である馬尿酸の場合は補正により相関係数の向上がみられる。一般的に溶剤の尿中排泄は水分バランスによって影響されないが、水溶性である代謝物は影響を受けるためと考えられる。TDIの尿中代謝物であるトルエンジアミン(TDA)のジエチルエーテル抽出法を開発して、GCMS法を確立した。これにより測定したTDI作業者(暴露群)32名の尿中2,6-TDAの範囲は0.1~28.5(平均1.95)μg/l、2,4-TDAは0~5.1(平均0.79)μg/lであった。非暴露者(対照群)では検出限界以下であった。Maitreらは気中2,6-TDI濃度の時間加重平均が9.5から94μg/m3の工場で9名の作業者について尿中TDAによる生物学的モニタリングを行い、尿中2,6-TDA濃度は6.5から31.7μg/gCreであったと報告している。本研究では工場の気中TDI濃度の測定を行っていないが、Maitreらの工場よりも低い暴露であったと予想される。ICP-MSによる測定では69名の作業者でPbP濃度は105.9±2.26(範囲0.25~17.18)μg/l、53名の全血鉛(PbB)濃度は270±183(範囲32~724)μg/l、尿鉛(PbU)濃度は47.4±42.6(範囲7.3~200.8)μg/lであった。PbP(Y)はPbB(X)の上昇に伴い指数関数的に上昇した(Y=0.392e^0.0039X、r=0.933、n=53)。PbU(Y)もPbB(X)の上昇に伴い指数関数的に上昇した(Y=11.78e^0.0035X、r=0.817、n=49)。PbP(Y)とPbU(X)の相関は直線的であった(Y=0.219X+0.481、r=0.657、n=49)。成人では体内鉛の90%以上は骨に存在し、骨鉛の半減期は数年以上と非常に長いため、骨鉛は内因性の鉛の指標であり、外部暴露の指標には適さない。一方、PbPはごく最近の鉛暴露の指標であり、PbBよりもむしろPbUに直接関係している。内因性鉛と外因性鉛の関係を検討するためには、PbP、PbB、骨鉛のほかにPbUとの関係もみる必要がある。本研究では、ICP-MSによりPbP、PbB、PbUの3指標の測定が可能となりそれらの関係を明らかにできた。
結論
本研究では新築医療機関でのVOCの発生量調査を行い、低濃度有機溶剤作業所およびDCM使用印刷工場、TDI使用作業者、鉛暴露者における新たな高感度の生物学的モニタリング手法の開発を行った。数ppm以下の低濃度有機溶剤使用職場での調査結果から有効な生物学的モニタリングとして血中トルエン、尿中キシレン、血中キシレンの有効性が明らかになった。また、実際に使用されている溶剤や樹脂成分の分析から尿中代謝物の測定項目を選定する必要のあることも確認した。新築棟のVOC濃度は現在いずれも厚生労働省の室内空気汚染の指針値よりも大幅に低下しており、これは有機溶剤の発生が少ないクロス、天井、壁塗り、タイルを使用していることによる。DCM使用作業者の生物学的モニタリングのため、HSGCによる尿中DCMの簡便な測定法を開発した。尿採取と保存法の検討により採尿後4日以内であれば測定が可能となった。本法による尿中DCMと個人暴露濃度は良く相関し、尿中DCMの生物学的許容値を確立した。TDI暴
露の尿中代謝物であるTDAの簡便な測定法を開発した。本法は従来法に較べ使用する尿量と加水分解時間を減らすことができ感度の上昇がえられた。本法による作業者の尿で最高28.5μg/lのTDAが検出され、非暴露者では検出されなかった。本法によりTDI作業者の生物学的モニタリングが可能と考えられる。ICP-MSを用いた簡便な測定によりppbレベルの血漿鉛の測定法開発し、血液や尿中の鉛濃度との関連を明らかにした。その結果、体内の鉛動態のより正確なモニタリングが可能になると考えられる。
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