組織内の「問題事象」に潜む心理メカニズムの解明に基づく人間特性を考慮した安全衛生管理システムの開発研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201428A
報告書区分
総括
研究課題名
組織内の「問題事象」に潜む心理メカニズムの解明に基づく人間特性を考慮した安全衛生管理システムの開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
古川 久敬(九州大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山口裕幸(九州大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の主な目的は、次の5点である。①組織内の各種の「問題事象」に注目し、それらを引き起こす個人やチームの心理メカニズム(看過、隠ぺい、虚偽報告などを含む)を明らかにすること。②問題事象の兆候や、発生した問題事象に対する個人や集団の「とらえ方」(例えば過小評価や過大評価など)や「反応」(例えば警告や告発などのwhistle blowing)に潜む心理的メカニズムを、実証的に明らかにすること。これについては、個人やチームの認知と反応のタイプと特徴を分類し、適切な整理を行うことをめざす。③組織内の問題事象の克服や自浄作用の心理メカニズムについて明らかにすること。これについては、特に、個人や集団による失敗やつまずきの経験とそれの前向きの共有が、その後の問題事象の防止や対応に及ぼす積極的な効果性について検討する。④問題事象の予防、発生に対する個人や集団の心理的反応において、組織風土やマネジメントシステムの特性が及ぼす影響について、リスクマネジメントの視点も参考にしながら、実証的に明らかにすること。⑤上記の研究知見を総合して、人間特性を考慮し、反映させた安全衛生管理システムの試行的開発を行うこと。
研究方法
研究全体を構造化するために、先行研究のレビューと事例分析に基づいて、組織における「問題事象」の類型とその進行について整理と構造化を行った。これに続いて、各種の「問題事象」にかかわる心理メカニズムを解明するために、医療組織において、質問項目を精緻化して、質問票を作成し、質問紙調査に取り組んだ。また、鉄道運輸組織を対象に聞き取り調査および事例分析を行った。
結果と考察
まず、種々の問題事象の進行にかかわる主要な心理的メカニズムについて整理し、モデル化した。これに基づいて行われた本年度における研究の結果は、以下のように整理できる。
(1)「問題事象」の発生契機とそのエスカレーションのメカニズムについて
この問題に関して本年度は、鉄道の事故発生事例の分析に基づいて、問題事象の発生メカニズムを検討するとともに(山口裕幸,報告書Pp7-16)、モラルハザードの発生契機について検討し、基本的な仮説を提示した(池田浩・古川久敬,報告書Pp17-23; 吉原克枝・古川久敬,報告書Pp25-29)。これらの研究結果は次のようなことを示唆している。すなわち、問題事象は、個人の「無知」や「逸脱」に端を発することが多いと考えられ、またかなり偶発的なものであろう。しかしながら、これらが軽微であることや個人的範囲であることのために看過されつづけることで、当事者は、例えば味をしめたり、問題を過小に考えたりして、その逸脱が習慣化し始めることが考えられる。そうなると、「虚偽」や「隠ぺい」にさえもエスカレートしてしまう。また偶発的であったものが、次第に意図的なものに質を変えたり、また個人的なものが集団的なものにシフトし、「談合」などの構造的な問題にも進展していく。こうした連鎖のメカニズムについて,本研究ではさらなる解明を試みているところである。
(2)「問題事象」の兆候とそれについての認知および評価について
この点に関連して本年度の研究では、知識や認識の水準と現実の行動との乖離現象について、事例研究と関連づけながら取り上げ、その発生契機について仮説を提示した(山浦一保,報告書Pp31-46)。また、組織の持つ文化や風土の差異が成員の認識と行動傾向を左右することを明らかにした(三沢良・山口裕幸,報告書Pp47-58)。これらの研究成果は、次のようにまとめられる。問題事象が継続し、次第に表面化してくるようになると、当事者以外にもそれについて気づくことになる。ただ周囲の他者が気づいたとしても、これが指摘を受け、是正や改善に向けて動きが始まるかといえば必ずしもそうではないことも多いと推察される。これには、当該組織の文化や風土がどのような特性を持っているかだけでなく、最近の厳しさを増している経営環境や、当該組織の経営状況のいかんが大きな影響を持つことが考えられる。また、問題事態の認知や評価については、現実には、事態に近い者(当事者)ほど、その事態を甘くとらえたり、事態の重大さを過小評価したりすることが考えられる。
(3)「問題事象」に対する指摘とwhistle blowing行動について
この問題に関連して、本年度は、whistle blowingに関する文献的研究とともに、病院組織における問題事象に対するwhistle blowingの促進要因について実証研究を行った(藤村まこと・古川久敬,報告書Pp59-82)。whistle blowingは、「内部告発」という重くて重大な行為としてとらえられることが多い。しかし、我々は、組織の現実的な問題事象のことを考慮し、それの継続的発生を未然に、あるいは軽微なうちに防止するという視点に立って、whistle blowingを、まさに本来のやや軽い意味を持つ「警告」という意味でも用いて実証研究を行った。研究結果は、「職業人としての倫理」や「組織倫理」の意識がwhistle blowingを促進するのに対して、「対人関係の維持」への動機づけがそれを抑制することを明らかにするものであった。今後、さらに詳細な検討を続けていく計画である。
(4)「問題事象」の未然および再発防止方略について
本研究では、日常業務の中で、成員が互いに問題事象にかかわる体験(経験)に関心を持ち、それについて意見交換等をより多くしている職場ほど、基本的な職務の学習が進んでいることはもちろん、不定期で突発的な仕事、あるいはトラブルや異常事態に対する対応についても確実な学習が進んでいると予測している。またその経験は、組織内のものだけでなく、他組織のものでも同様の効果を持っていることも予測している。
この点を確認するための理論的考察を行って,それに基づく実証的調査活動を病院の看護部を対象として実施し,現在分析中である(古川久敬・浦聖子,報告書Pp83-94)。また、藤井利江・山口裕幸(報告書Pp95-98)の論考においても検討し、仮説を提示した。
(5)日常的なリスクマネジメントについて
組織における問題事象の防止や的確な対応は、当該組織における日常的なリスクにかかわるマネジメントのあり方が強いかかわりを持っていることが考えられる。この点に関して、今年度は、リスクマネジメントの基本的考え方と関連研究のレビューを行った(山口結花・山口裕幸,報告書Pp99-110)。併せて中間管理者のリーダーシップのあり方と問題事象発生との関連性にかかわって仮説の提示を行った(野上真・古川久敬,報告書Pp111-116)。
結論
現時点における研究成果は,進展中の段階のものを含んでいるが,個人レベルとチームレベル固有の心理機制とを関連づけて心理学的視点から検討する視点からの斬新なアプローチによるものであり,人間性を考慮した高水準の安全衛生管理体制の実現に寄与すると期待される。本研究の成果は,問題事象の発生プロセスにおける人間特性の影響性に関するものであり,あらゆる安全衛生管理システムの基盤となるものである。とりわけ,組織における倫理や安全に関する成員向けの教育研修において,従来とは異なる観点から,基本を問い直す示唆を提供してくれるものと考えられる。現時点で協同研究を進めている医療組織や福祉組織,鉄道企業はもちろんのこと,企業,行政,教育など多様な組織における効果的な安全衛生管理システムの開発に寄与できるように,研究成果の提供を広く交換していく予定である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-