今後の産業保健のあり方に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201425A
報告書区分
総括
研究課題名
今後の産業保健のあり方に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
東 敏昭(産業医科大学産業生態科学研究所作業病態学研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 平田衛(産業医学総合研究所)
  • 浜民夫(長崎大学)
  • 小泉昭夫(京都大学)
  • 山田誠二(松下産業衛生科学センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は働く人々全てが充実した労働生活を送るために、変化する労働態様やグローバル化に対して自律的に対応できる、有効な産業保健サービスのあり方について提言することを目的としたものである。
一般健康診断において所見を有する労働者が全体の4割を超えるとともに、技術革新に伴う必要技能の高度化、変動周期の短期化にともなう仕事や職場生活に関する強い不安やストレスを感じている労働者の割合や自殺する労働者数が増加している。大企業の業態変化も活発で、個々の事業所が永続的に同様な業態、雇用規模、同一従業員で運営されていくものではなく、少子高齢化に伴う労働者の高齢化、より一層の女性の職場拡張、海外からの労働力移入、裁量労働制の拡大、小規模分散事業所、SOHO、テレワークなどの進展に伴い、より目的に合致した自律的な産業保健サービスの提供が必要となっている。
こうした背景から、生産人口の充実した職業生活を支援するための産業保健サービスの内容ならびに提供する制度、人材確保にわたる具体的対策の実施が必要となっている。わが国においては、基盤整備は進んでいるが、こうした変化に対応したサービスの提供方法、企業規模などによる産業保健サービスの不均衡の是正が重要な課題と考える。
技術発展、国際化に伴い、裁量労働制やテレワークなど作業様態・業態・業務内容が多様化、就労スタイルの変化、技能の変容、労働者自身の高齢化、雇用システムの多様化に応じて、労働に起因する健康への影響も多様化していくことが危惧される。このような背景を踏まえた上で、多様化する労働様態の健康への影響の実態調査、健康リスクや物理的、化学的・生物的ハザード・リスクに対するマネジメントの動向を整理し、自律的に対応できる産業保健サービスについての検討を行う。
本研究では、わが国のみならず各国の実情を調査し、今後、労働者個人の置かれた状況に合わせた有効な産業保健サービスを、ILOの提唱する労働衛生安全マネージメントシステム(OHS/MS)も視野に入れて提供する具体的モデルを提案することを目的とする。具体的には生産性をも配慮して①変化する労働態様やグローバル化に対して自律的に対応できる産業保健サービスのあり方、②必要な技能、組織、コスト、システム、人材、さらに③産業保健サービスの提供方法のみならず、これを実施するに必要な専門職のあり方と育成方法についても検討・提言を行うことも含める。
本研究の成果は、今後、わが国の労働者の健康保持増進により有効と考えられる方策を提示し、現状との乖離及び課題を評価することにより、また、とるべき対策を明らかにすることにより、わが国の産業保健サービスの充実に資するものと考える。本年度は、変化する労働態様の健康影響の実態調査を進めるとともに、こうした労働者に対する産業保健サービスの内容、一人当たりにかかる時間なども含め国内外(発展途上国も含めて)の産業保健活動システム・産業医制度の調査を実施した。
研究方法
日本産業衛生学会産業医部会に登録されている産業医600名を対象とし、平成14年12月1日から同年12月26日までの期間に自記式アンケート調査を郵送により実施した。アンケートの項目は性別、年齢、経験年数、資格、契約事業場数、訪問回数、総従業員数、有所見者数、有害業務に従事する人数(有機溶剤、粉塵、特化物、深夜業、騒音、鉛、電離放射線、振動、重量物、運転、VDT、過重労働)、活動時間、準備時間、移動時間、事後措置時間、救急対応に費やした時間、理想の提供時間
増やしたいと思う業務、省略可能業務、実際の活動日誌の21項目であった。
結果と考察
労働者一人当たりの産業保健サービスの提供時間の中央値は21.3分であった。有害業務の有無と提供時間の違いについては、有害業務(特化物、深夜業、鉛、過重労働)がある場合には産業医のサービス提供時間は有意に増加していた。また、有機溶剤、粉塵、騒音、電離放射線、VDT作業がある場合にはサービス提供時間は増加する傾向にあった。ベースとなる産業保健サービスの時間は嘱託産業医と専属産業医ではばらつきがあるが、約20分と考える。しかし、これは今後労働者、経営者等のニーズの調査、ヒアリング調査によって明らかにすべき課題と考える。また有所見がある場合には30分の増加、有害業務があれば、10~15分の増加が考えられるが、特に産業保健看護職が存在している場合には有所見者に対する保健指導の部分は約15分短縮できると考えられた。
労働態様の変化にともなう健康への影響では、従来の化学的・物理的な職域の危険有害要因による影響は低下する一方、精神的ストレス、荷重労働に起因する健康度低下が大きい。国内外を対象とした訪問聞き取り、アンケート調査を通じて労働者個人当たりに必要な産業保健サービスの内容と所要時間などの機能的な評価、並びに専門家の資質について整理した。様々な事情から各国ともそれぞれの産業保健サービスの内容、産業医制度、産業保健・労働衛生サービス制度・資格・教育などの有効性の再検討を行っていることが伺われ、また、サービス、方法ならびに人材育成における国際的な標準化、連携が始まっていることが確認された。
わが国の現状は中小企業の場合、準備時間を含む健康診断およびその事後措置、教育などに当てられる産業医(産業保健スタッフ)の投入時間は一人当たり年間20分程度であると推定された。フランス、ドイツで定められている労働者一人当たりの年間投入時間は、前者では有害業務で1.2時間、労働作業で0.8時間、その他無指定業務で0.6時間が、後者では業務によるサービスの必要度に応じて0.1-0.6時間となっている。なお、受け手からはサービス内容として健康相談、一次治療への期待が大きいと考えられた。
また、新たな産業保健上の課題となった、テロリズムなどに対する危機管理の検討を様々な角度から行い、標準的ガイドラインの作成に資する基礎資料(参考に項目を列挙)を作成した。
(参考)
◆クライシスマネジメント総論◆
Ⅰ 緊急時のリスクアセスメント・マネジメント
1 リスクアセスメント・マネジメントの必要性
2 緊急対応が必要なリスクファクター
3 リスクマネジメントの原則
4 クライシス(緊急対応)レベルの設定
5 緊急対応を行う対策組織・責任者と緊急報告ルート
6 リスクの判断
7 リスクマネジメント・プログラム
8 おわりに
Ⅱ クライシスマネジメントにおける組織
1 目的と範囲
2 対応組織の原則
3 教育および訓練
4 産業保健の役割
◆クライシスマネジメント各論◆
Ⅰ 労働災害におけるマネジメント
1 緊急時対応フローまたはマニュアルの作成
① 問題発生時の対応例
② 危機管理対策本部を設置した場合の対応例
2 災害原因調査/分析への対応例
① 災害原因調査の手順
② 具体的な調査事項
③ 業務起因性の推定
④ 本質的な原因分析
⑤ 未発見の災害原因の把握
3 再発防止策検討への対応例
① 災害報告会の実施と周知徹底
② 類似災害防止のための検討
③ 再発防止措置の実施
④ 予防的対策の実施
Ⅱ 特殊災害におけるマネジメント
1 はじめに
2 事象の認識・診断
3 発生時対処要領
4 物質の同定・被害評価
5 化学剤対処(ゾーニング・除染)
6 生物剤テロ対処(感染症の集団発症も含む)
7 産業医における健康危機管理
8 まとめ
Ⅲ リスクコミュニケーション
1 はじめに
2 危機管理の際の対応部門
① 危機管理関係部門間の意思疎通と全体のコーディネーション
② 社内の中枢へのリスクコミュニケーション
③ 従業員へのリスクコミュニケーション
④ 対外関係機関のへ対応・コミュニケーション
⑤ メディアへのコミュニケーション
結論
1)わが国を含む各国の産業保健・労働衛生サービスの比較研究
産業医・産業保健制度及び関連法規、資格・認証制度、専門職の生涯教育などの項目について、標準的な調査項目を定めて調査を実施する対象を確定するために米国、欧州でヒアリング調査を行い、本調査の対象国、調査内容、具体的コンタクトパーソン、機関を確定した。
2)産業保健サービスの機能的評価
産業医に対し、産業保健サービスの提供内容・時間の実態ついてアンケート調査を実施した。労働者一人当たりの提供時間として、健康診断の有所見率、有害業務の有無により増加し、機能するマンパワーの有無により減少することを提言した。
3)わが国を含む各国の産業保健業務におけるリスクマネジメント
テロなど人為的な要因を含む生物・化学要因によるクライシスマネジメントへの対応の現状を調査し、クライシスマネジメントガイドラインの骨子を作成した。

公開日・更新日

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