確率・統計的手法を用いた労働災害のリスク同定・評価とその事故防止施策の意思決定への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201413A
報告書区分
総括
研究課題名
確率・統計的手法を用いた労働災害のリスク同定・評価とその事故防止施策の意思決定への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
関根 和喜(横浜国立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 岡崎慎司(横浜国立大学)
  • 花安繁郎((独)産業安全研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の我が国では、産業構造の急激な変革に伴い産業現場での災害(労働災害)の質、発生特性及び災害リスクの相様といったものが大きく変化しつつある。そのため、労働災害発生防止や被害低減を図るための安全施策立案にあたっても、労働災害リスクの構造変化を的確に把握するとともに、災害リスクの同定と分析並びにその定量的評価を行うことが強く求められている。労働災害発生度数率、強度率又は災害発生頻度といった評価基準を導出するための従来型の災害統計分析では、これらの今日的課題を解決することはできない。分析結果から各種労働災害のリスク評価や安全管理の程度が直接導出できるような新しい災害統計分析手法が必要であり、これに基づき、災害リスクの同定と労働安全施策を実施する際の合理的な意思決定を支援するための有効な方法論を構築することが求められている。本研究では、産業現場での危険事象の発生頻度とその被害の大きさとの関係に、フラクタル理論で取扱われている統計的自己相似性やスケーリング特性といった共通的概念が存在することに注目し、災害統計データから構成される、いわゆる“リスク曲線(risk curve)"に基づいた労働災害リスクの同定・評価の新しい考え方を示すとともに、安全施策立案の評価と意思決定に関し有効なツールを提供することを目的とする。本研究は、労働災害リスク概念を安全工学的立場から検討・定義し、労働現場での災害リスクを一元的な定量的指数として評価することを狙ったもので、この分析手法の確立によって次のような労働安全行政上の効果が期待される。1.異なる産業分野間又は質や種類の異なる労働災害間のリスクや安全管理レベルを統一的に評価・比較し得ることが可能となり、災害防止のための関連行政機関での法規立案、効率的行政指導の実施あるいは目標課題等、に関する重要情報を提供できる。2.各企業あるいは、各産業分野において実施されるべき安全対策の有効性やその定量的評価に利用でき、企業の安全対策の方向づけ等に関する意思決定を確実に行える。3.労働災害発生のリスクをグローバルに評価できることを利用して、労働災害保険等のいわゆる労災補償制度の健全な運用・改善といった社会的課題にも対応できる。
研究方法
各種労働現場での災害・事故の発生を各種の背景や複雑な要素が支配して生じる一種の確率過程(stochastic process)としてモデル化した。すなわち、労働災害を“複雑系(complex system)"事象として捉え、事象の生起特性には、複雑系を理解するために用いられる“フラクタル性"が存在すると考えた。フラクタル理論のベースの1つとして、確率事象の“統計的自己相似性"があり、この考え方を採用して、労働災害の生起特性を記述するための統計則と具体的な分布形の導出を行い、新しい労働災害統計分析手法の構築を試みた。具体的には、労働災害事故をはじめとする各種産業災害事故データからリスク曲線をそれぞれ作成し、そのテイル部の傾きの絶対値Dを求めた。また、これを正規化し、その時のパラメータを求めた。これらを各種災害毎、年度毎、災害規模毎などで比較し、考察した。
結果と考察
はじめにKaplanらによる一般的なリスク表現とリスク曲線との関係を考察した。災害事故データから作成したリスク曲線と、同様なデータ群に離散的フーリエ変換を施し得られたスペクトル図に基づき作成したリスク曲線の概形は、ほぼ一致した。これより、リスク曲線は災害リスクそのものを明確に表現していることが明らかとなった。そこで、この曲線の全体像が記述できる関数形の特定を試みた。事
故の大きさを離散的時系列データとしてみた場合、これがパレート型フラクタル分布を表すものであれば、あるベースライン上に乗っている場合もパレート型フラクタル分布を示し、リスク曲線は直線回帰する事が示された。災害の種類が同一であれば、年度にかかわりなく、このベースラインを示す位置パラメータが同じ値を示した事より、このパラメータが対象とする事故データ群にとって、固有な意味を持つ重要なパラメータである事がわかった。このことを利用し、オリジナルなリスク曲線から1つのパラメータの関数形で表現できる“正規化リスク曲線"を提案した。この正規化リスク曲線は、D'という単一の定量的な指数で表現できる。各種災害に関する正規化リスク曲線を同一の両対数グラフ上にプロットし、比較する事より、D'は、対象システム群の安全管理の程度を一元的に評価できる統計的指数であることが分った。そして、これを用いることにより、異なる災害間でのリスクの定量的な比較ができることも示された。正規化リスク曲線におけるD'を用いることにより、労働災害発生のリスクをグローバルに評価し、労働災害保険等のいわゆる労災補償制度の健全な運用・改善といった社会的課題にも対応できると期待される。また、異なる産業分野間又は質や種類の異なる労働災害間のリスクや安全管理を統一的に評価・比較し得ることが可能となり、災害防止のための関連行政機関での法規立案、効率的行政指導の実施あるいは目標課題等に関する重要情報の提供や、産業分野において実施されるべき安全対策の有効性やその定量的評価に利用でき、企業の安全対策の方向付け等に関する意思決定への有効な手段となり得ると考えられる。上記の成果をベースに大規模災害の再現期間を予測する解析手法を提案した。実際に観測された労働災害データを用いて解析を行った結果、対象とするシステムの安全性の程度を指標は、平均災害期間を解析する際にも重要な役割を果たすころが示された。さらに大規模災害の統計的推定とベイズ方式によるパラメータの導出・推定方法を提示する事ができた。本研究の最終目標である効果的安全施策立案のための災害リスク同定・評価システムの構築のためには、各種の労働災害事例のさらなる集積と分析、労働災害防止対策・安全施策の効果を評価できる方法論の検討が必要であると思われる。
結論
労働災害を対象とする効果的安全施策立案のための方法論を確立するための新しい労働災害統計分析手法として、災害事象の発生頻度とその被害規模との関係、すなわち「災害事象生起の規模特性」における階層構造性に特に着目し、近年、種々の複雑系現象の理論解析法として注目されている「フラクタル理論」を応用し、労働災害リスクの同定・評価にリスク曲線を用いた解析法が有効である事を示した。本手法は安全施策立案の評価と意思決定に関し有効なツールであり、次のような特徴をもつ。1.安全管理の程度や災害リスク評価を行える定量的概念や指数が直接導出できる。2.質や種類の異なる労働災害間のリスクの比較が一元的にかつ同一基準で行える。更なるデータの積み重ね、異なる産業災害データとの比較により、効果的な安全施策立案のための新しい統計学的分析手法が開けると思われる。

公開日・更新日

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