フロン代替溶剤1-ブロモプロパンのリスク評価

文献情報

文献番号
200201409A
報告書区分
総括
研究課題名
フロン代替溶剤1-ブロモプロパンのリスク評価
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
那須 民江(名古屋大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 市原 学(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 上島通浩(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 山田哲也(名古屋大学大学院医学系研究科)
  • 柴田英治(名古屋大学医学部)
  • 小川康恭(産業医学総合研究所)
  • 毛利一平(産業医学総合研究所)
  • 平田 衛(産業医学総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
10,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1995年、韓国においてフロン代替溶剤として導入された2-ブロモプロパン(2-BP)に曝露された労働者の中に、生殖障害、造血障害が発見されたが、動物実験による原因物質の解明により2-BPの溶剤としての使用は急速に減少した。一方、異性体1-ブロモプロパン(1-BP)が新しいフロン代替溶剤として日本、米国を中心に導入された。1-BPは最近、その使用量が増加しているにも関わらず、許容濃度が勧告されておらず、そのリスク評価は厚生労働行政の観点から重要かつ緊急性の高い課題と考えられる。本研究は、ヒト症例から推測される障害に関する動物実験による因果関係の証明、毒性機序の解明、動物からヒトへの外挿の際に有用な内部曝露マーカーの確立、ヒト調査を行うことによって総合的に1-BPのリスク評価を行い、衛生基準の設定のための科学的基礎資料を提供するものである。
研究方法
1 症例の解析から推測される毒性の動物での量-反応関係の解明
1) 中枢神経障害の解析 
①形態学的解析 ウィスター系雄ラットに1-ブロモプロパンを200ppm、400ppm、800ppmの1-ブロモプロパンを12週間および1週間曝露し、ペントバルビタール麻酔下でPerfusionし、包埋した標本を用いて障害部位の探索を行った。②生化学的解析 脳各部位のCPK活性、SH基、グルタチオンを測定するとともに、神経特異蛋白であるγ-エノラーゼ、グリア特異蛋白であるβ-エノラーゼ、クレアチンキナーゼのアイソザイムを測定し、障害の局在を検索した。
2)内分泌系の解析
ウィスター系雄ラット36匹を9匹ずつの4群に分け、1-ブロモプロパン200ppm、400ppm、800ppmおよび新鮮空気に一日8時間、週7日、12週間曝露を行った。曝露終了時にネンブタール麻酔下で腹部大動脈より採血し、血漿中LH,FSH,テストステロンを測定した。雌ラット36匹も同様に4群に分け、1-ブロモプロパン200ppm、400ppm、800ppmおよび新鮮空気に一日8時間、週7日、12週間曝露を行い、血漿中LH,FSHを測定した。
3)生殖系の解析
ウィスター系雌ラット36匹を9匹ずつの4群に分け、1-ブロモプロパンを200ppm、400ppm、800ppm、一日8時間、週7日、12週間曝露し、性周期を調べるとともに、卵巣連続切片を作成し、各発達段階の卵胞を計測した。
4)1週間曝露による神経、雄生殖器の標的(高感受性細胞)の検索と影響指標としての検討を行った。ウィスター系雄ラット36匹を9匹ずつの4群に分け、1-ブロモプロパンを200、400、800ppm一日8時間、週7日、1週間曝露し、各群8匹をペントバルビタール麻酔下で脳、脊髄を取り出し、凍結した。凍結した脳、脊髄は、Iと同様の方法で生化学的解析を行った。同時に精巣上体尾部を取り出し、ハンクス液内で細切、ろ過を行い、光学顕微鏡下で運動精子率、精子数を計測した。各群残りの1匹をザンボニ液でPerfusionを行い、作成した病理組織標本を用いて早期障害部位の探索を行った。
2 内部曝露指標としての分子マーカーの検討
尿中N-acetyl S-propylcystein, N-acetyl- S-2-hydroxypropylcysteinをTBDMS誘導体化し、GCマススペクトロメーター(Agilent5973N)で測定した。血液中グロビン蛋白は酸加水分解の後、LC-MS/MS(Finnigan、TSQ)にて分析した。さらにプロパンジオールおよびHNE(4-hydroxynonenal)のフィールド研究で応用可能な測定法を確立し、バイオマーカーとしての有効性を検討した。
3 1-BP使用職場調査
1-BP暴露労働者を対象に、作業内容、作業時間、活性炭パッシブサンプラーによる暴露時間加重平均値を測定し、暴露状況、健康影響を把握した。症例の解析もあわせて行った。
4 Nrf2ノックアウトマウスの増殖
Nrf2ノックアウトマウスの微生物学的クリーニング、増殖、PCRによる遺伝子型の確認を行った。
結果と考察
(中枢神経障害の解析)形態学的解析によって、末梢神経ミエリン鞘の変性、延髄薄束核前末端の肥大、大脳皮質の萎縮が明らかとなった。一方、生化学的分析では大脳皮質における神経特異蛋白質γ―Enolaseの低下が明らかとなった。この結果によって、形態学的変化を起こさないレベル(400ppm以上)で、大脳皮質の神経細胞に影響を与え、それが機能的にも悪影響を与えている可能性があることが明らかとなった。本研究では、クレアチンキナーゼ活性の低下、総グルタチオンの低下、蛋白、非蛋白SH基の低下、酸化型グルタチオンの上昇が観察され、これらの変化が毒性機序を説明する要素であることが示唆された。(内分泌系の解析)InVivoにおいて雄、雌ともにLH,FSHに変化はなかったが、雄においてテストステロンが減少していた。LH、FSHはパルス状の分泌が知られており、今回のように一つの時点での解析ではこのパルス分泌変動が捉えられないため、今回の結果をもって、LH,FSHに変化がないと結論することはできない。(生殖系の解析)雌ラットに1-ブロモプロパンを曝露した実験では、量依存的な、性周期(発情間期)の延長、最終的には性周期の停止が観察された。興味深いことに、卵巣の連続切片解析により、始原卵胞にはほとんど影響を与えないのに対し、成長卵胞、ろ胞卵胞を減らすことが明らかとなった。これは、1-ブロモプロパン曝露が卵胞の発達を阻害することを示すものである。この結果は、衛生基準設定の基礎資料としても重要である。すなわち、卵巣ろ胞卵胞の減少が200ppmで起こることが明らかとなった(LOAEL:最小毒作用量)。
(1週間曝露による神経、生殖器の標的細胞の検索と影響指標としての検討)
1週間曝露実験において、末梢神経においては、シュワン細胞細胞質の拡張などの初期変化が観察された。早期に神経特異蛋白γ-Enolase、グルタチオン、クレアチンキナーゼ活性の低下が観察されるとともに、アイソザイムCK-Bも低下していた。精巣においては、精祖細胞、精母細胞には影響が観察されなかったが、精子放出障害が早期に現れた。
(内部曝露指標としての分子マーカーの検討)尿中N-Acetyl-S- propylcysteineが1-ブロモプロパン曝露に対して量依存的に増加することが明らかとなった。また、血液グロビン蛋白付加物S-propylcysteineは、InVivo実験において曝露濃度とすぐれた直線的関係を示し、蛋白付加物が1-ブロモプロパン長期暴露指標として有効であることが示唆された。この蛋白付加物は、リスク評価において重要な意味をもつ。赤血球の末梢血における寿命は2-3ヶ月に及ぶため、グロビン中付加物量を測定することにより、比較的長期の暴露の総量を評価することが可能になるからである。
以上の暴露指標が、1-ブロモプロパンのグルタチオンとの反応物、そしてSH基との反応物であるのに対し、1,2-Propanediolは、P450系の代謝産物であると考えられる。現在、P450による代謝活性化の可能性は毒性との関係では十分解明されていないが、今後の毒性メカニズムの研究によって、1,2-PropanediolがP450系による代謝(活性化)を反映する優れたバイオマーカーとして活用されることが期待できる。
本研究では、4-HNEの測定法も確立し、1-ブロモプロパンによる酸化ストレス毒性影響を推定する指標として開発をすすめた。この指標は、暴露そのものというよりも、毒性発現にいたるプロセスに深く関わる可能性のあるバイオマーカーであり、中間マーカーとして、毒性を予測する役割をもつことが期待できる。
結論
本研究で行われた動物における因果関係の証明は、症例における情報の不完全さを補い、新たな症例を未然に防ぐために必要である。本研究では、卵巣連続切片法により200ppm以上でろ胞卵胞が減少していることが定量的に明らかになった。200ppmが現時点における1-ブロモプロパンのLOAEL(最小毒作用量)と考えられる。米国症例において報告された曝露濃度は60-261ppmであり、200ppmは現実に作業現場(特にスプレー作業)で起こりうる曝露濃度である。日本における1-ブロモプロパンのリスク管理において本研究は大きな貢献を果たすと考えられる。
本研究は、さらにいくつかの新しいバイオマーカーを開発したが、中でも赤血球中グロビン蛋白付加物は、長期曝露マーカーとして有効である。これによって、労働者集団のデータから、量-反応関係を直接に推定することが可能になる。

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