テロ等による勤労者のPTSD対策と,海外における精神医療連携に関する研究班

文献情報

文献番号
200201406A
報告書区分
総括
研究課題名
テロ等による勤労者のPTSD対策と,海外における精神医療連携に関する研究班
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
金 吉晴(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 廣尚典(日本鋼管病院鶴見保健センター)
  • 倉林るみい(産業医学総合研究所)
  • 仲本光一(外務省大臣官房会計課福祉厚生室内科診療所)
  • 亀岡さとみ(大阪府こころの健康総合センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
NYテロのような突発的な災害,事故における心的トラウマに対して,企業が組織としてどのような対策を取っているのかについての実態調査を行い,望ましい対応について提言を行う。特に,急性期のトラウマ対策について,実用的な指針を作成する。②通常生じ得る職場災害や,業務とは無関係の出来事による勤労者の心的被害が,一般企業においてどの程度に生じているのか実態調査を行い,併せて,通常産業精神医学の制度の中での対応策について提言を行う。併せて,従業員のトラウマ被害がもたらす経済的損失について試算を行い,企業による援助について,対費用効果も試算する。③海外におけるNYテロのような危機に際してのトラウマケアにおける,現地の医療機関との連携モデルの作成を行う。
研究方法
①秋田,神奈川,京都,広島,福岡の5ヵ所を拠点にして,現在企業に勤務する勤労者を対象とした質問票調査を実施した。調査は平成15年1月~2月にかけて行い,拠点別に回収,集計するとともに,一括して統計処理を行った。質問票の内容は,各種属性,「心的トラウマの理解とケア」(厚生労働省 精神・神経疾患研究委託費 外傷ストレス関連障害の病態と治療ガイドラインに関する研究班編)より引用したPTSDの誘因となりうる出来事(以下,「出来事」と略す)17項目についての経験の有無,その「出来事」を経験した際に援助を受けた人(職種),および今後「出来事」を経験した場合に援助を得たい人(職種)を問う設問からなっている。②A.産業看護職を対象とした聞き取り調査:2002年12月に大阪府下の企業で勤務するあるいは勤務した経験のある産業看護職(保健師・看護師)10名を対象に,「日頃のメンタルヘルス活動について」と「過去の危機時のメンタルケア体験について」,座談会形式で聞き取り調査を行った。勤務する企業の業種はさまざまであった。B.全国精神保健福祉センターにおける危機対応に関する調査:全国の都道府県精神保健福祉センター(以下センター)49および指定都市12のセンター所長を対象に,「全国精神保健福祉センターにおける危機対応に関する調査票」を郵送で配布し回収した。調査時期は平成14年11月である。回収締切日までに回答のなかったセンターには,再度電話で回答を依頼した。質問票は記名式で,I.センターの概要(職員数や職員構成)Ⅱ.日頃の産業保健との連携 Ⅲ.トラウマやPTSD事例への対応 Ⅳ.事業所・学校・地域におけるトラウマ被害に対する危機介入について Ⅴ.危機対応システムと機関連携についての5つの大項目と13問の質問から構成されている。結果は項目ごとに集計した。③外務省領事移住部統計などより,邦人援護件数の総計と地域別統計を取り,また9.11テロ前後の推移を検討した。その中で,保護理由としての疾病性についても検討を行った。医務官報告の診断名をICD-10分類に従って集計した。また事例検討として,邦人援護統計より幾つかの重大事例を抜粋し,その背景,内容,転帰について検討し,併せて援助方法について考察を加えた。また在ペルー日本大使公邸人質事件で,現地法人社長が人質となった某日本企業の現地対策本部で後方支援に従事した広報担当者A氏を対象に,危機管理の実際について,ヒアリング調査を行い,メンタルヘルスケアの観点から考察を加えた。さらに大企業10社の産業医や心理職など健康管理部門のスタッフを対象として,テロや災害時を想定した社員の健康管理対策の有無,②テロや災害時を想定した社員のメンタルヘルス対策の有無について,電子メール
による予備調査を行った。対象企業はいずれも日本を代表する大企業である。(倫理的配慮)従業員調査については,個人情報が企業並びに第三者に漏洩しないように,ただちに匿名の数値に置き換え,研究班においてデータを管理する。また各企業の取り組みの実態については,結果の解釈並びに好評に当たっては,企業のプライバシー並びに置かれた状況を尊重するとともに,具体的な改善点についての提言を併せて行うこととした。また調査において実際のPTSD患者が見いだされた場合には,相談,治療システムとの連携の上に,十分な救済が行われるように配慮したが,実際にはその様なケースには遭遇しなかった。
結果と考察
①企業労働者がトラウマティックな「出来事」を経験する割合は,1.0%(「監禁」)~36.1%(「交通事故」)であった。低率の「出来事」は,「監禁」の他に,「性的暴行」(1.2%),「戦争体験」(1.3%),「凶器を用いた暴行」(1.6%),「有害物曝露」(2.0%),「子供の頃の身体的虐待」(2.0%)などであった。高率であった出来事は,「交通事故」の他に,「大きな自然災害」(29.0%),「人が死傷した現場を目撃」(20.6%)などとなっていた。これらは,地区,年齢層,性によって,一部に差がみられた。今後「出来事」に遭遇した場合に援助を受けたい人(職種)各々については,配偶者,友人,配偶者以外の親族(親,兄弟),職場関係者(上司,同僚など)の順であった。②全国精神保健福祉センターにおける危機対応に関する調査結果からは,厚生労働省の指示によるメンタルヘルス対策推進連絡会議には95%が参加しているが,活動は産業界からの働きかけに応えるものが多く,自発的なものは少なかった。68%がPTSDなどへの対応経験を持っていた。危機介入の経験は55%が持っていたが,そのうちで事業場への介入は例と最も少なかった。危機災害時の情報伝達,支持系統が明確になっているセンターは18%にとどまった。③海外で法人が遭遇するトラウマ事例についての調査を行った。邦人援護統計によれば,2001年度の邦人の大きな事故・災害の事例としては,1月モンゴルでのヘリ墜落事故,モンブランでの登山滑落事故,2月ハワイ沖でのえひめ丸船舶事故。戦闘・暴動の事例としては5月中央アフリカでのクーデター,9月米国アフガニスタン侵攻に伴うパキスタン邦人の国外待避。犯罪被害の事例としては2月と8月のコロンビアでの人質事件がある。さらにテロとしては9.11米国同時多発テロがあり,邦人も24名死亡している。海外での邦人の死亡者総数は445人(内犯罪被害12人),負傷者数も688人(内犯罪被害284人)であるが,殺人事件の被害によるケースも少なくない。このように邦人が海外でトラウマティックな事件・事故に遭遇するケースは年々増加しており,在外で発生する事件・事故後の邦人へのケアの必要性が急務となっている。しかし,現地でトラウマケアができる施設がほとんどないことが問題である。また,ペルー人質事件への担当者からの聞き取りにより,平常時からの対応についての助言を得た。さらに,企業のテロ対策に関するアンケート予備調査では,対策の立ち後れが認められた。
結論
企業におけるテロなどへの精神医療対策は立ち遅れている。また国内外の医療機関との連携も不十分であり,組織的な対応が望まれる。公的な精神保健福祉センターなどでの,企業に対する危機介入の実態もまだ不十分であり,システムとして稼働していないところが多い。今後のさらなる研究と,支援体制の整備が求められる。①産業保健スタッフに関しては,この種の援助が行われる機運が十分に醸成されていないことがうかがわれるが,産業医に対する援助の要望は小さくなく,専門的な援助が行える知識,技術が確保され,そのためのシステムを整備したい。②精神保健福祉センター内部に危機対応システムを持っているセンターは全体の約2割であり,センター自体の危機に対する体制の弱さを反映しているとも考えられる。今後の危機時の精神保健医療を考える上で,センターの危機時の役割や位置付けを明確にすることが,産業保健分野における危機時の精神保健対策を考えるうえでも重要であると思われることから,そのような提言を行っていくと共に,センターとしての
危機管理システムのガイドラインを作成したい。③海外でトラウマケアができる施設,人員の拡充に向けての啓発を行う。また,最初の相談窓口となっている所属組織ないし旅行代理店において知識が乏しいので,マニュアル作成などによって援助の向上に資する。またトラウマ事例が発生した場合の本国との連携について,最終的にメンタルヘルスケア,トラウマケアは日本で長期的に行われるのが望ましいと考えられるが,日本の受け入れ施設については,その確立されたリストが存在していない。したがって,そうした対応を請け負う組織,リストの作成を行う予定である。

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