プリオン検出技術の高度化及び牛海綿状脳症の感染・発症機構に関する研究

文献情報

文献番号
200201396A
報告書区分
総括
研究課題名
プリオン検出技術の高度化及び牛海綿状脳症の感染・発症機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
佐多 徹太郎(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 古岡秀文(帯広畜産大学)
  • 堀内基広(帯広畜産大学原虫病研究センター)
  • 石黒 直隆(帯広畜産大学)
  • 松田治男(広島大学)
  • 山河芳夫(国立感染症研究所)
  • 三好一郎(東北大学)
  • 松田純一郎(国立感染症研究所)
  • 森 清一(北海道畜産試験場)
  • 寺尾恵治(国立感染症研究所筑波医学実験用霊長類センター)
  • 沢谷広志(神奈川県食肉衛生検査所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 肝炎等克服緊急対策研究(牛海綿状脳症分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
90,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成13年9月に日本ではじめて牛海綿状脳症(BSE)例が発見され、食肉の安全性を図るために食肉衛生検査所で全頭検査が始まり新しい例も見つかった。BSEが原因と考えられるヒトの変異型クロイツフェルドヤコブ病(vCJD)はわが国では発見されていないが、英国等世界で138例見つかっており、食品分野のみならずBSE等のプリオン感染症対策は緊急的重要課題である。本研究では、(1)プリオンの高感度・迅速検査法の開発、(2)牛海綿状脳症に関する感染牛由来材料及び実験動物を用いた感染および発症機構の検討、および(3)と畜時の食肉汚染防止法の検討を行うことにより、食品等のプリオン汚染評価方法の検討やプリオン不活化法および検証方法の開発等、食品分野における牛、および羊・山羊の海綿状脳症対策に役立つ研究を行う。そのためには、正常型および異常型プリオン蛋白質の相違とプリオンの動物体内増殖機構、プリオン病に対する感受性、そして発症機構を明らかにするため、基礎および応用面から共同して総合的に研究を行う。これらを通して、プリオンの免疫化学的、病理学的およびバイオアッセイによる検査法、プリオン不活化法等、食品分野における牛海綿状脳症対策に役立つ具体的方法を開発し、わが国の食品の安全性を向上させ、変異型クロイツフェルドヤコブ病の発生対策に資することを目的とする。
研究方法
3年間の全体計画は下記の通り3本の柱を立て実施する。研究期間中に得られた結果をもとに班員相互の協力体制をとり効率よく研究が進むようにする。BSEプリオンはバイオセーフテイレベル2の病原体であり、実験としてその増殖を動物で行うことが多く、その場合はレベル3になる。各研究者の所属する施設でプリオンを取り扱うレベル3相当の実験室は整備されていない場合もあるので、共同研究が必要となるからである。またウシ遺伝子改変マウスやBSEウシ検体、そして霊長類を用いた感染実験材料は研究班内の共通研究資源とし、それぞれの実験研究に役立てることで研究を加速する。既知のごとく、プリオンの感染性や伝達性の最終評価はマウス等の実験動物を必要とする。種のバリアーがあるため実験動物の発症には通常1年以上の潜伏期間を要する。したがって本研究の最終評価には研究期間の3年を越える可能性も考えられるが、結果を着実に積み上げていきたい。本年度は3年計画の初年度であるが、実質的に10月からスタートしたので、それぞれの研究・開発の準備期間と位置づけられる一方、これまでプリオン病研究に取り組んで来られた研究者にはBSEの視点をはずさないような研究をお願いした。以下は本研究班の3つの柱と課題および担当者である。1)プリオンの高感度・迅速検査法の開発には、プリオン蛋白質の構造変化の解析(堀内)、プリオン特異抗体の開発と検討(松田(治))、検出方法の検討(佐多)、プリオン蛋白質の拮抗的検出・定量法の開発(山河)を行い、また検討材料としてのプリオンは感染牛由来および遺伝子改変マウスで作製しプリオン株として供給する(松田(潤)、三好)。2)海綿状脳症に関する感染牛由来材料及び実験動物を用いた感染および発症機構の解明については3年を越える時間を要することが予想されるが、従来のプリオン検査法とともに、遺伝子改変マウス(三好)によるバイオアッセイ
系の開発(松田(潤))、マウスやサル等の実験動物モデルの作製(寺尾)と解析(古岡、佐多)、感染牛での検討(森、古岡)、プリオン感受性解析を目的としたPrP遺伝子型の検討(石黒)、そしてプリオン病病態解析を目的としたプロテオーム解析によりマーカー蛋白質の検索・同定(山河)により行う。3)食品の安全性を図るために食肉の処理方法の検討や前述した検査や病態解析結果を食品分野で検証し応用するに食肉衛生検査所における実際的な検討が不可欠であり、全国食肉衛生検査所協議会の会員に協力を求め、これらを総合的に用いて有効な食肉汚染防止法を開発する(沢谷)。
結果と考察
1)プリオンの高感度・迅速検査法の開発PrP分子の構造および性状解析を目的としてエピトープの異なる10種類のモノクローナル抗体を使い、スクレイピーマウス脳精製PrPSCやN2Aマウス神経芽腫細胞を用いて解析した。Proteinase K処理後のPrPSCとは反応しなかったがグアニジン変性では反応がみられたので、これらのエピトープはPrPSC凝集体分子上に抗体が結合できる形では存在していないことが判明した。また細胞膜上の成熟型に反応する抗体がある一方で細胞内の未熟型のみと反応するものがあった(堀内)。プリオン検出に実用的レベルで利用可能なニワトリの抗プリオンモノクローナル抗体のパネル化を進めかつ組換え型ニワトリモノクローナル抗体の精製が可能となった(松田(治))。ウシプリオンの高感度バイオアッセイ系として、あるいはプリオン病発症機構の解明に使えるウシプリオン遺伝子改変マウスの作製を開始し、ファウンダー3匹を作出し、うち1系統で脳でのプリオン遺伝子のmRNAを確認した(松田(潤))。BSE確認検査のうち病理・免疫組織化学法を確立しマニュアル化した(佐多、古岡)。またウエスタンブロット法についても同様に確立した(堀内、山河)。2)海綿状脳症に関する感染牛由来材料及び実験動物を用いた感染および発症機構の解明:BSE全頭検査による摘発ウシの延髄組織について神経核とPrPSCの分布を検討し、BSEの初期では迷走神経背側核が強く侵されついで知覚核や中継路核に広がり、運動核は軽度であることが明らかとなった(古岡)。BSE陽性ウシの全身組織採材が可能であった2例についてPrPSCの分布を病理免疫組織化学的に検討し、神奈川例では大脳基底核、皮質、小脳、脊髄、回腸末端部、神経節に、和歌山例では大脳、小脳、脊髄にプリオンが検出された(佐多)。同様にウエスタンブロット法で神奈川例について検討したところ、大脳、小脳、脊髄、回腸遠位部、神経節みられ、これらの相対的沈着量を明らかにした。また延髄組織では検査に使用した閂部分に強くみられ、ほかの部位ではほとんど認められなかった(山河)。ヒツジや山羊そしてウシのPrP遺伝子多型について検討したところ、ヒツジでは171番アルギニンをもつ個体が41/117頭、ヤギでは7カ所に変異が観察された。ウシでは6回のオクタリピートが大部分であったが5頭に5回のリピート例があり、また288塩基欠失例もみつかった(石黒)。ウシあるいはヒツジ/マウスキメラ型PrPC遺伝子を導入した遺伝子改変マウスをウシ型3系統、ヒツジ型4系統を構築し、スクレイピープリオン陽性1%脳乳剤を接種したところ、わずかな感受性増加がみられる場合もあったが、期待に反し潜伏期間は延長し発症率も低下した(三好)。カニクイサルを用いたBSEプリオン感染モデルの作製により変異型CJDの病態解明および早期診断法を開発すること、および経時的に採取した血液、髄液、および主要組織を研究班の研究資源化にすることを目的として実験設備整備と実験準備を行った。とくに行動や神経機能解析のために指迷路装置を用いて学習能力を評価し80%以上の正答率をえた(寺尾)。BSE疑似患畜18頭について定期的に臨床症状、血液、髄液、尿を採取し検討をおこなった。飼育中に3頭が別の原因で死亡したがプリオンは認めなかった。また現在まで異常な症状や検査所見を示した例はなかった(森)。3)食品の安全性を図るための有効な食肉汚染防止法の開発:と畜時の脳・脊髄組織による食肉等への汚染防止法の開発を目的とし、と畜時のスタニングとピッシング操作と血
液への神経組織汚染の関連について全国9カ所の食肉衛生検査所で検討した。ピッシングやスタニングによる血液への神経組織の混入について統計学的な有意差が得られなかったが、心残血に高い傾向が認められた。血液や食肉中へのスパイク試験では十分な測定結果が得られた。またと畜方法による問題点が指摘できた(沢谷)。
考察:抗プリオン抗体のパネルを用いた検討では、今後プリオン感染性消失とプリオンの構造変化を詳細に解析することが可能となると考えられ、また細胞に発現するプリオンの染色パターンが異なることから生合成過程においてプリオン構造が変化しうることおよび細胞小器官特徴的な分子種の存在が示唆された。このパネルは、ニワトリのモノクローナル抗体とともに、プリオン構造の解析にも有用であるのみならず、検査法への応用も可能となると考えられる。BSE確認検査の病理免疫組織化学検査法やウエスタンブロット法の改良が行われ、その実際的な意義もBSE陽性例の解析で明らかとなった。とくに、現在の延髄閂部の迷走神経背側核を中心とする検査の根拠を与えるとともに、いろいろなバリエーションもあり得ることを示している。また特定部位の除去に根拠を与える結果が得られたことも重要である。これまでBSEウシの検討は臨床症状を示したもので行われてきており、臨床症状の明らかでない初期のBSE陽性ウシについて検討することは世界的にも例がなく、貴重なデータが得られていくと考えられる。今後は副交感神経系を中心とするより詳細な解析を積極的に進め、同時に種々の研究開発の研究資源としていきたい。高感度バイオアッセイ系の開発およびこれらを用いた発症機構の解析には遺伝子改変マウスの作製が待ち望まれている。世界的にもごくわずかしか存在しないので、開発が進んでいることは成果と見なせる。また先に作製した遺伝子改変マウスの実験結果からも有用なマウスの開発が望まれる。疑似患畜での検討は困難が予想されるがウシ飼育に関し動物愛護上の問題をほぼクリアした限られた施設であるので今後に期待したい。またサルへの感染実験の準備が整ったので国内BSE陽性ウシ検体を用いた実験開始が行えるようになった。と畜時における大脳や脊髄神経組織の汚染防止法の開発は一方で重要な問題である。今回の多施設での検討方法の確立とその結果や問題点の把握により新しい安全なと畜法の開発につながっていくものと期待される。
結論
研究開始からの期間が短いにもかかわらず予想以上の結果が得られ、進捗状況は良好であると考えられた。今後は班員間の協力体制を明らかにし研究促進につなげていく。

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