慢性肝障害合併肝癌の治療適応決定のための肝炎・肝硬変DNAチップの開発

文献情報

文献番号
200201392A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性肝障害合併肝癌の治療適応決定のための肝炎・肝硬変DNAチップの開発
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
森 正樹(九州大学生体防御医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 宇都宮徹(九州大学生体防御医学研究所講師)
  • 井上 裕(九州大学生体防御医学研究所助教授)
  • 三森功士(九州大学生体防御医学研究所助手)
  • 渡邊五朗(虎の門病院消化器外科部長)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 肝炎等克服緊急対策研究(肝炎分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
55,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国の肝癌罹患者では8割以上に慢性肝炎・肝硬変が併存しており、肝癌治療にあたっては常にその併存肝疾患の重症度を正確に把握することが必要となる。従来より肝機能(予備能)評価法としてChild分類や臨床病期分類などが汎用されてきたが、いずれもその正確性において一定の限界があり客観的な評価法とはなり難い。そこで本研究ではDNAマイクロアレイ法を用いて、より正確で客観的な肝炎活動性や肝線維化などの評価法を確立し、個人レベルで併存肝疾患に応じた適切な肝癌治療法選択に役立てることを目的とする。
研究方法
研究は3年計画で行い、平成13年度は肝癌患者からの非癌部切除標本及び臨床データ収集とDNAマイクロアレイ法の実践応用を行った。更に、基礎的検討を目的にラット肝硬変モデルを作製した。平成14年度の目標は肝機能関連遺伝子の抽出を行うことであり基礎的・臨床的に以下の如く検討した。
(1) 基礎的検討:0.05% thioacetamide の12週間投与によるラット肝硬変モデルを作製し線維化率をAZAN染色による面積比で算出した。cDNAマイクロアレイ法 (14,815遺伝子、Agilent社製)を用いて遺伝子発現を解析し、random permutation testにて肝線維化関連遺伝子を選出しクラスター解析を行った。更に、van't veer LJ ら (Nature 415, 2002) の方法に準じた統計解析法 (supervised learning method) にて線維化率と相関する遺伝子群を抽出した。20頭をtraining sampleとして遺伝子発現による肝線維化率の予測式を決定し(遺伝子発現パターンに基づいた肝線維化のスコア化)、さらに、別の6頭をtest sampleとして本予測式の妥当性を検証した。なお肝線維化と共に有意に発現が増強あるいは減弱する遺伝子に関しては代表的なものをRT-PCR法にても検証した。
(2) 臨床的検討:当研究所、虎の門病院、飯塚病院、広島日赤病院、大分日赤病院の5施設において倫理委員会の承認および患者インフォームドコンセント取得のもと切除肝の非癌部を採取している。現在までに約170例の非癌肝組織と肝機能データを収集した。その内、転移性肝癌6例と肝癌42例におけるDNAマイクロアレイ(12,814遺伝子)解析を終了した。臨床的肝機能評価は、GPT、ICGR15値、ヒアルロン酸等の血液検査と病理所見を用いた。データ解析はクラスター解析と主成分分析にて行った。平成15年度は、選択した遺伝子群をもとに肝炎・肝硬変DNAチップを作製し臨床応用を試みる。更に肝機能関連遺伝子群の抽出段階で、肝線維化や肝炎活動性に関わる未知の遺伝子を同定し、これらを標的とした創薬を試みる予定である。(倫理面への配慮)当研究は「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(平成13年3月29日)」に厳密に従い十分なインフォームドコンセントを得た患者から新たに採取された組織、血液について遺伝子発現解析を行っている。当該研究施設にはすでに倫理委員会が設置されており、十分な審議を得ている。また施設内に患者情報管理者を置いており、患者の個人情報と遺伝子発現解析結果は管理者のもとに厳重に分割管理され、情報の漏洩防止には十分の配慮を払っている。
結果と考察
(1) 基礎的検討:random permutation testを用いて1,354個の肝線維化関連遺伝子を抽出した。これらの遺伝子群により実測肝線維化率3%以下の9頭と6%以上の7頭が完全に(線維化率とクラスター分類の間に1例の不一致もなく)クラスター化できた。更に20頭のtraining sampleにおいて肝線維化率と相関の強い上位95遺伝子の発現パターンにより算定された肝線維化予測値は、肝線維化率実測値と極めて良く相関した(R=0.910, P<0.001)。6頭のtest sampleにおいても本法によるスコア化の妥当性が実証された(R=0.908, P<0.05)。発現増強を示した代表的な遺伝子は、Aldolase A, Latent TGFβ-binding protein, FGF recptor 3, thymosinβ-10等であり、減弱したのはAldo-keto-reductase 1C13, OAT3, CYP7などであった。一方、臨床応用を考慮したとき標本の採取は肝生検によることが想定される。そこで、ラット正常肝より一回の肝生検で採取可能なtotal RNA量を測定したところ18G針で30.4±4.4μg、20G針で15.3±1.4μgであった。即ち、20G針による肝組織の採取でDNAマイクロアレイ解析が可能であることが明らかとなった。
(2) 臨床的検討:DNAマイクロアレイ解析にてα2-macroglobulin, TGFβ-1, TIMP-1を含む1,117個の肝線維化関連遺伝子を抽出し、正常肝6例と臨床的に肝硬変と判定した12例を完全にクラスター分類できた。病理分類(肝癌取り扱い規約)によるLF(肝線維症)群とLC(肝硬変)群の遺伝子発現によるクラスター分類もほぼ可能であるが、ICGR15値:5.0%で病理所見:LCの症例もICGR15値:35.9%で病理所見:LFの症例もLC群のクラスターに分類された。一方、GPT 値との相関 (30 IU/L以下と60 IU/Lの2群に分類)によりtissue plasminogen activator, MMP, PDGF受容体などの肝炎関連遺伝子417個を同定し、高値群と低値群でクラスター分類できた。主成分分析法においても同様に良好な分類が可能であった。
考察
平成14年度の研究により基礎的、臨床的に肝機能関連遺伝子を抽出することができた。更に、ラット肝硬変モデルにおいては遺伝子発現パターンに基づいて肝線維化の程度をスコア化することに成功した。今回ひとつの指標として面積比による肝線維化率を用いて検討したが、このような指標を近似することが本研究の最終目標ではない。他の指標、例えば病理所見やChild-Pughスコア、ICGR15値あるいはこれらの組み合わせを重み付けした指標などを用いても同様の予測式をたてスコア化できる可能性を示したことに意義があると考える。網羅的遺伝子発現解析に基づく分子遺伝学的肝機能評価法は、既存の個々の肝機能評価法を包括的に一度に評価できる手段となり、従来の指標を格段に凌駕する新規評価法となることが期待される。さらに、本研究成果は、約150万人と言われるC型慢性肝炎症例を含む多くの慢性肝障害をもつ患者が対象と考えられ、具体的には以下のような応用が期待される。
1)慢性肝障害合併肝癌の治療適応決定のために個々の患者の併存肝疾患の程度を遺伝子発現レベルで把握し、その結果に応じた適切な治療法選択に役立てる。
2)ウイルス性肝炎に対するインターフェロン療法前後で肝炎活動性と肝線維化の程度をそれぞれのDNAチップを用いて点数化し治療効果判定に用いる。
3)肝機能関連遺伝子群の抽出段階において肝炎活動性や肝線維化に関わる未知の遺伝子が同定される可能性が十分あり、これらを標的とした創薬を試みる。
結論
平成14年度は3年計画の2年目として、当該研究の交付申請時の計画通りにラット肝硬変モデル及び肝癌切除症例における肝機能関連遺伝子の抽出を行った。ラット肝線維化関連遺伝子1,354個、ヒト肝線維化関連遺伝子1,118個、ヒト肝炎関連遺伝子417個を同定した。更にラット肝硬変モデルにおいては、肝線維化率と相関の強い上位95遺伝子の発現パターンに基づく肝線維化のスコア化に成功した。したがって、同様の解析を臨床例に適用することで臨床応用可能な分子遺伝学的肝機能評価法であるDNAチップ確立の可能性が示された。一方、臨床例においても肝線維化の有無や肝炎活動性の有無を遺伝子発現パターンに基づきクラスター分類できる事を確認した。以上の結果を踏まえ、平成15年度も計画通りに本年度同定した肝機能関連遺伝子群を基にDNAチップの作製を試み、臨床応用へ展開する予定である。更に肝機能関連遺伝子群の抽出段階において肝線維化や肝炎活動性に関わる未知の遺伝子を同定し、これらを標的とした創薬を試みる。

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