輸血後肝炎に関する研究

文献情報

文献番号
200201382A
報告書区分
総括
研究課題名
輸血後肝炎に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
菊地 秀(国立郡山病院)
研究分担者(所属機関)
  • 稲葉頌一(九州大学)
  • 上司裕史(国立療養所東京病院)
  • 清澤研道(信州大学)
  • 小西奎子(国立金沢病院)
  • 佐藤裕二(北海道大学)
  • 鈴木哲郎(国立感染症研究所)
  • 瀧本眞(兵庫県立総合リハビリテーションセンター)
  • 田中英夫(大阪府立成人病センター)
  • 中島一格(日本赤十字社中央血液センター)
  • 藤井寿一(東京女子医科大学)
  • 枝元良広(国立国際医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 肝炎等克服緊急対策研究(肝炎分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は過去20数年にわたる輸血後肝炎の発生調査に連なるものであり、その目的は輸血による肝炎を可能な限り減少更には撲滅させ、輸血医療を向上させることにある。このような目的に沿い、1)輸血後肝炎の発生調査と非B非C型肝炎の解析、2)献血血液スクリーニングにおけるNATの評価、3)輸血後TTV感染の臨床的検討及びTTVの抗体・抗原の免疫学的検査法の開発とその臨床的応用、4)ウインドウ期肝炎ウイルス感染者の献血行動を制限するための推計学的な基礎的検討、5)健常人及び非健常人におけるE型肝炎ウイルス(HEV)抗体の検出などを目標として研究を行った。このうちHEV抗体の測定は、昨年本邦で初めて輸血によるE型肝炎の発生が見られたことから急遽本年度の研究目標に追加したものである。
研究方法
1)輸血後肝炎の発生調査と非B非C型肝炎の解析
輸血された患者の肝機能を少なくとも輸血後3ヵ月間は追跡し得た症例を検索症例とした。ウイルスを特定できない肝炎の診断は肝炎連絡協議会の「輸血後肝炎の診断基準(1996年3月策定)」に従って下した。非B非C型肝炎についてはPCR法によりTTV-DNA等を検出し解析した。
2)献血血液スクリーニングにおけるNATの評価
日赤中央血液センターに寄せられた輸血後の感染情報を解析し、真の感染者を特定し現状のNATの意義について検討した。
3) TTV感染の臨床的検討及びTTVの抗体・抗原の免疫血清学的検査法の開発とその臨床的応用
PCR法にてTTVを同定し、TTVの感染と肝障害との関連などについて検討した。これとは別に、TTV遺伝子のうちのORF1蛋白を抗原として開発したTTV抗原・抗体検出用ELISA法を実際の臨床例に応用し、その臨床的意義について検討した。
4)ウインドウ期肝炎ウイルス感染者の献血行動を制限するための推計学的検討
推計学的方法を用いて大阪地区のHCV偽陰性判定確率を算定し、他の先進国と比較した。
5)健常人、一般入院患者、献血者、輸血患者におけるHEV抗体の検出
健常人、一般入院患者、献血者、輸血患者についてHEV抗体を測定した。
HEV抗体の検出には、国立感染症研究所で開発されたELISA法を用いて抗HEV IgG抗体とIgM抗体を測定した。即ち、HEV構造タンパク領域遺伝子を組み込んだバキュロウイルスを作成し、昆虫細胞で発現させ、培養上清中に分泌されたウイルス様粒子を精製して得られた粒子をマイクロプレートにコーティングして抗体を検出した。
結果と考察
1)輸血後肝炎の発生調査と非B非C型肝炎の解析
輸血後肝炎の発生調査に加わっている8班員施設における平成12年、平成13年、平成14年の検索症例数と輸血後肝炎発生数はそれぞれ、1046例中6例、648例中3例、532例中4例であり、この3年間では検索症例2226例中13例(発生率0.6%)であった。献血者スクリーニングに第2世代HCV抗体検査が導入された、平成4年から平成10年にかけては、輸血後肝炎の発生率は0.9%であったので、更に発生率が0.3%減少したことになる。しかも、B型肝炎もC型肝炎も皆無であったことから50プールNATが輸血後肝炎発生防止に大いに有効であったことは明らかである。
この肝炎13例の内訳を見ると、輸血後にTTVが検出されたものが3例、TTVとG型肝炎ウイルスが関係しているものが2例、未検査が8例であった。輸血後に肝炎を発症し、TTVが検出された3例中の2例は、輸血前のTTV DNAは陰性であり、肝炎の発症と共にTTV DNAが陽性化した。Genotypeは1例では2型であり他の1例は1a型であった。1a型TTVの感染があった症例には3本のMAP血が輸血されたが、そのうちの1本が1a型TTV DNA 103コピー/ml陽性血であり、輸血に伴うTTVの感染と肝炎発症が証明された。TTVの感染によると考えられた肝炎は、何れも肝機能異常は激しくはないが、S-ALTの異常期間が13週も続く症例もあるので、輸血よるTTV感染と肝病態との関係は更に検討を要する課題と考える。
2)献血血液スクリーニングにおけるNATの評価
全国の医療機関から日赤に寄せられる感染症報告は毎年おおよそ140-150件である。平成14年の感染症疑い145件中、輸血後肝炎疑いの報告はHBV70件、HCV40件、HEV1件であった。これらの報告の中で明らかに輸血後肝炎と判定されたのはB型肝炎の8例とE型肝炎の1例、計9例であった。C型肝炎の発生は認められなかった。NAT実施後、輸血による肝炎の発生は明らかに減少している。
50プールNAT実施後でもHBV感染の可能性が考えられた症例は、ウイルス量が100コピー/ml前後の献血血液が輸血されていた。
3)輸血後TTV感染の臨床的検討及びTTVの抗体・抗原の免疫血清学的検査法の開発とその臨床的応用
当班の輸血後肝炎例でTTVが検出された3例中2例はPCR法によるTTV-DNAの検討の結果明らかに輸血血液によるTTV感染例と認められた。しかし、TTVと肝病態の関係については未知な点も多く、今後症例を重ねて検討する必要がある。そのためにも当研究班でのTTVの抗体・抗原の免疫学的検査法(ELISA法)の確立は朗報ではあるが、実際の症例ではなおPCR法での測定結果と若干の乖離が認められ、その原因の解析が続行中である。
4)ウインドウ期肝炎ウイルス感染者の献血行動を制限するための推計学的検討
平成4年2月~平成8年6月に大阪府赤十字血液センターで複数回献血を行った献血から実測した性、年齢階級別HCV新規感染率を平成13年度の同血液センターの献血者の性、年齢構成に当てはめHCVの新規感染率を推測した。その結果、大阪の平成13年度における献血者の性、年齢調整HCV新規感染率は男4.91/10万人年、女5.92/10万人年、合計5.35/10万人年(95%信頼区間:4.07~6.92)と推計された。また、割り出した新規感染率を用いて、NATによるHCVのinfectious window periodを諸外国同様7日~12日と設定した場合のHCV陰性率を推計したところ、平成13年度の大阪府のウインドウ期献血による偽陰性判定検体は100万検体当たり1.0~1.8本と推計された。
将来、このような基礎的データを献血時の問診チェックなどに活用し、新たなHCV感染者を出さないようにすることや、このようなIncidence Rate/window period modelを用いたリスク推計を継続し、諸外国との成績と比較しながら安全性の維持に役立てる必要がある。
5)健常人・献血者・輸血患者等におけるHEV抗体の検出
健常人・献血者・輸血患者等のHEV抗体を測定した。献血者や輸血後の患者からはIgM-HEV抗体は検出されなかったが、健常人の中にIgM-HEV抗体陽性者が0.4%認められたことはわが国の一般健常者にHEV保有者が存在し、輸血後肝炎の原因になり得ると考えられた。しかし、幸いなことに献血者や輸血後の患者からはIgM-HEV抗体は検出されなかった。今後も症例を増やして調査し、献血者におけるHEVスクリーニングの是非についても検討したい。
結論
日本赤十字社で献血者スクリーニングに50プールNATを採用してからは、輸血による肝炎は確実に減少し、現在では極めて稀となった。しかし、本年度の当研究班の調査では今でもなお0.5~0.6%の輸血後肝炎の発生が見られている。この中にはTTVによるものと思われるものも含まれる。TTVと肝病変との関係についてはまだ不明な点が多く今後も検討すべき課題の1つであると言える。
また昨年、わが国で初めて輸血によるE型肝炎感染例が報告されたことを受けて、準緊急的に健常人その他のHEV抗体を調査したところ、輸血による感染例は認められなかったが、低頻度ではあるが日本においても潜在的にE型肝炎が存在していることが分かった。今後も対象者を増やして調査を継続し献血者におけるHEVスクリーニングの是非についても検討する必要があると考える。

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