職場における慢性肝炎の増悪要因(化学物質暴露等)及び健康管理に関する研究

文献情報

文献番号
200201381A
報告書区分
総括
研究課題名
職場における慢性肝炎の増悪要因(化学物質暴露等)及び健康管理に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
川本 俊弘(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 荻野景規(金沢大学大学院)
  • 藤野昭宏(産業医科大学)
  • 田原章成(産業医科大学)
  • 小山倫浩(産業医科大学)
  • 桝元 武(三菱化学・鹿島事業所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 肝炎等克服緊急対策研究(肝炎分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
慢性肝炎の増悪(あるいは発症)には生活上のストレスのみならず、就労上の様々な要因が関与すると想像されるが、労働負荷と肝炎増悪についての科学的データは全くないといってもよい。肝炎増悪が疑われる作業関連要因として
ⅰ)化学物質暴露(有機溶剤、鉛、特定化学物質等)
ⅱ)物理的因子(暑熱寒冷作業、異常気圧下における作業、振動作業、重量物取り扱い作業等)
ⅲ)精神的ストレス
ⅳ)作業様態(深夜業、長時間労働)
ⅴ)その他
が、挙げられる。本研究ではこれら作業関連要因と慢性肝炎の増悪(あるいは発症)との関係について、科学的に解明するために
① 産業医を対象とした就労・健康管理上の対応についての実態調査
② 肝炎労働者における作業関連要因と慢性肝炎の増悪(あるいは発症)についての実態調査
③ 作業関連要因が肝炎労働者の肝機能に及ぼす影響について、酸化的ストレスのバイオマーカーである8-ヒドロキシグアニン(8-OHdG)などを指標とした症例調査
④ 通院中の肝炎労働者を対象とした労働強度ならびに生活習慣と肝機能検査値の推移および肝線維化の進展との関連についての検討
を行い、これらの実態調査をもとに、
⑤ 肝炎労働者の就労に関する倫理的な検討
を行い、肝炎労働者を対象とした健康管理のあり方について考えることを目的とした。
研究方法
産業医を対象とした就労・健康管理上の対応についての実態調査および肝炎労働者(B型・C型肝炎およびキャリアである労働者)症例収集のために独自の産業医ネットワークを形成した。このネットワークを利用し、九州地区を中心に118の産業医にアンケートI「B型・C型肝炎およびキャリアである労働者に関する産業医へのアンケート」およびアンケートⅡ「産業医の把握しているB型・C型肝炎およびキャリアである労働者に関する調査票」を配布したところ、100事業所から回答があった。なお、同じ産業医が複数の事業所を兼務しているケースがあった。アンケートに回答した産業医は81人で、回答率は68.6%であった。アンケートⅠでは職場における肝炎労働者に対する就労・健康管理上の対応、倫理的問題点について尋ね、解析を行った。また、アンケートⅡについては、65事業所から408例の肝炎労働者についての回答があり、作業関連要因と肝炎との関係について解析を行った。
また、山口県の某病院の外来及び入院中の慢性肝炎(B型、C型、非B非C)の患者を対象とし、インフォームドコンセントを十分行った後、記名式自己記入式質問調査を行うとともに、採尿し、尿中8-ヒドロキシグアニン(8-OHdG)の測定を行った。
さらに、病院に通院中の肝炎労働者を対象として作業あるいは労働状況および肝炎に関する健康管理状況を調査するためにアンケート調査用紙を新規に作成した。その後、2003年2月の時点で就労中であったウイルス性と考えられる慢性肝炎あるいは肝硬変患者で、産業医科大学病院あるいは研究協力施設の外来に通院中の患者を対象として、外来において調査の目的やプライバシーの保護に関する対策等について説明を行い、同意を得た上でアンケート調査用紙を配布した。回答が記入されたアンケート調査用紙は郵送にて回収を行った。また、アンケート調査用紙を配布した症例の肝機能検査値に関しては、肝細胞障害の指標となる血清トランスアミナーゼ(ASTおよびALT)値の過去約1年間の変動を各症例について担当医より報告してもらい、トランスアミナーゼ値とアンケート結果との関連を検討した。
なお、本報告書概要では「B型・C型肝炎およびキャリアである労働者」を「肝炎労働者」と省略する。
結果と考察
回答のあった100事業所における健康診断受診者総数は142,703人で、そのうち産業医によって肝炎労働者として1,691人(1.2%)把握されていた。産業医の中で3~4人に1人が肝炎労働者から「仕事量・作業内容」や「労働負荷と肝炎増悪」についての質問を受けていた。また、約3割の産業医が肝炎労働者における肝機能の急性増悪を経験しており、その原因として作業関連要因が挙げているケースもあった。肝炎ウィルス検査は、対象事業所の半数以上で行われており、事業所(会社)または健康保険組合が費用を全額負担しているケースがほとんどであった。ただ、肝炎ウィルス検査を事業所で一次検査として行うことについては、約半数以上の産業医が否定的であり、その理由としてキャリアが不当な差別を被る危険性があるためとしている。肝炎労働者に対する就労対策マニュアルが95%の事業所で存在しておらず、86%の事業所で肝炎労働者に関する個人情報は定期健康診断結果と一緒に保管されており、区別して保管すべきかどうかについても産業医により意見が分かれた。個々の肝炎労働者に関する調査では、約半数が50-59歳であり、B型とC型がほぼ半数で、キャリアが50%、慢性肝炎45%、肝硬変・肝癌5%であった。産業医がB型・C型肝炎ウィルス感染者を知る経緯としては、会社(事業所)における肝炎ウィルス検診による場合が約1/3を占め、職場における肝炎ウィルス検診は潜在的感染者の発見に有用であると考えられる。肝炎労働者の内、有害業務従事者は約3割で、約5%には就業制限や配置転換の指導がなされていた。尿中8-ヒドロキシグアニン(8-OHdG)を指標とした作業関連要因と慢性肝炎についての検討では、男性で現在仕事をしていない人はしている人に比べ、女性で喫煙している人は喫煙をしていない人に比べ、さらにC型慢性肝炎の人は他の肝炎の人に比べ尿中8-OHdG/クレアチニンが、有意に高値を示した。8-OHdG/クレアチニンと職種や有害業務との関連性は認められなかったが、血清AST、ALTは有害業務経験のある男性でそれぞれ高い傾向と有意な高値を示した。外来通院中の肝炎労働者を対象としたアンケート調査の結果では89例中、有害業務従事者は33例(37%)おり、うち有機溶剤作業者(11例)でALTの平均値が高い傾向にあった。生活活動強度と肝機能検査値の間には有意な関連はみられなかったが、26例が過重労働や職場でのストレス等で肝炎が増悪したと感じていた。厚生労働省への要望として、産業医は「肝炎労働者の労働衛生管理(倫理上の配慮を含む)に関する基準あるいは指針」であったが、産業医および肝炎労働者の中に「肝炎対策を職場に持ち込まないでほしい」という回答がいずれも約5%あったことが注目された。
結論
産業医および通院中(あるいは入院中)の肝炎労働者を対象に、アンケート調査等を行い、作業関連要因(化学物質暴露、物理的因子、精神的ストレス、作業様態など)と慢性肝炎の増悪との関連および肝炎労働者に対する適切な健康管理のあり方について検討を行い、下記の結論を得た。
1.肝炎労働者の約3~4割が有害業務に従事しており、一部の作業関連要因(有機溶剤取り扱い)で血清トランスアミナーゼ値の上昇が認められたが、日常生活の活動強度とトランスアミナーゼ値の変動との間に明らかな関連は認められなかった。産業医の中でも作業関連要因による肝炎の増悪を認めたと回答している場合もある。また、通院中の肝炎労働者の中にも過重労働や職場でのストレス等により肝炎が増悪したと感じているものがいた。
2.肝炎労働者の約5%が就業制限や配置転換の指導を受けている。
3.肝炎労働者に対する就労対策マニュアルが95%の事業所で存在しておらず、85%以上の事業所で肝炎労働者に関する個人情報は定期健康診断結果と一緒に保管されていた。
4.肝炎ウィルス検査は、産業医が肝炎労働者を把握した経緯の1/3を占め、潜在的感染者発見に一定の効果を上げていることがわかる。肝炎ウィルス検査は、対象事業所の半数で行われており、事業所(会社)または健康保険組合が費用を全額負担しているケースがほとんどであった。
5.肝炎ウィルス検査を事業所で一次検査として行うことについては、約半数以上の産業医が否定的であり、その理由としてキャリアが不当な差別を被る危険性があるためとしている。
6.尿中8-ヒドロキシグアニン(8-OHdG)は職種や有害業務との関連性は認められなかったが、血清AST、ALTは有害業務経験のある男性の方がそうでない男性に比べ、それぞれ高い傾向と有意な高値を示した。
7.厚生労働省への要望として、産業医は「肝炎労働者の労働衛生管理(倫理上の配慮を含む)に関する基準あるいは指針」、肝炎労働者は「職場における健康管理指針」を挙げていたが、産業医および肝炎労働者のいずれにおいても「肝炎対策を職場に持ち込まないでほしい」という回答もそれぞれ5%ずつあった。

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