トランスジェニック・マウスを用いた肝発がんメカニズムの解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201380A
報告書区分
総括
研究課題名
トランスジェニック・マウスを用いた肝発がんメカニズムの解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
小池 和彦(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木哲朗(国立感染症研究所)
  • 塚本和久(東京大学)
  • 森屋恭爾(東京大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 肝炎等克服緊急対策研究(肝炎分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
C型肝炎ウイルス(HCV)は慢性肝炎、肝硬変そして肝細胞癌(肝癌)を引き起こし、我が国における肝癌発生の最大の原因であり、国民にとっての大きな脅威であるとともに、医療社会経済学的にも多大の負担をもたらしている。HCV感染症における肝発癌機序としては、肝炎による炎症説と肝炎ウイルスそのものによる直接発癌作用説の二つが考えられている。しかし、HCV感染症における肝発癌の特徴は、極めて高率な発癌率と多中心性発癌であるが、このことは炎症のみではHCV感染症における肝発癌が説明できないことを示している。
私たちは、HCVが肝発癌に直接的に関与しているとの仮説のもとに、HCVのコードする蛋白が持つ肝発癌活性をトランスジェニックマウスの系を用いて検証してきた。これまでに樹立したHCV遺伝子導入トランスジェニックマウスのうち、コア遺伝子トランスジェニックマウスは、若齢においてヒト慢性C型肝炎の組織像の特徴の一つである肝脂肪化(steatosis)を呈した後、寿命の2/3を経て肝癌が発生し、ヒトにおける肝癌発生に酷似した病像を示している(Nature Med 4:1065-1068,1998)。すなわち、HCVの直接的な肝発癌活性を証明している。HCVコア蛋白のもつ肝発癌作用を中心として、HCVのもつ肝発癌作用、その機序を明らかにし、慢性C型肝炎患者における肝発癌抑制法の開発を目指す。
研究方法
トランスジェニックマウス肝における組織学的変化をさらに詳細に、免疫組織染色、電子顕微鏡、免疫電顕により検討する。コア遺伝子トランスジェニックマウスにおける脂肪化について、小胞体、ゴルジ装置との関わりから特に詳細に検討する。
コア遺伝子マウス肝における活性酸素、抗酸化系の産生を検討し、さらに肝細胞内のミトコンドリアDNAおよび核DNA障害との関連を明らかにする。
トランスジェニックマウスの肝臓における細胞遺伝子発現の変化をマイクロアレイで検討する。また、サイトカイン、サイトカイン受容体、癌遺伝子、増殖因子、増殖因子受容体の発現も経時的に検討する。
ウイルス肝炎、肝発癌において酸化ストレスが重要な役割を果たすことが提唱されている。PAF(platelet activating factor)-AH(acetylhydrolase)は活性型の過酸化脂質を水解することにより酸化ストレスを軽減すると考えられている酵素であるが、一方その水解産物であるリゾリン脂質・酸化脂肪酸が酸化ストレスを惹起する可能性も示唆されている。PAF-AH、SODなどの抗酸化作用を有する酵素が肝炎・肝細胞癌発癌にどのような効果をもたらすか、を検討する前の準備研究として、本年度はPAF-AHの酸化ストレスに関する役割を詳細に検討した。
結果と考察
肝脂肪化を経て肝細胞癌を発生するC型肝炎ウイルス・コア遺伝子導入トランスジェニックマウス(以下、コアマウス)を用いて研究を行なった。
(1)マウスとヒトのサンプルの解析によって、C型肝炎時に肝に蓄積する脂肪は、単純性脂肪肝の際に蓄積する脂肪とは組成が異なることが判明した。C型肝炎と脂肪代謝との関連性を示し、C型肝炎の病態の解明に繋がる結果といえる。
(2)コアマウスにおける肝脂肪化の原因のひとつは、肝からのVLDL(very low density lipoprotein)の分泌の低下にあることが明らかになった。これは、肝内のMTP(microsomal triglyceride transfer protein)活性の低下によることも明らかになった。
(3)コアマウスにおいては、組織学的な炎症像なしに活性酸素(reactive oxygen species, ROS)の発生が増加していることが判明した。C型肝炎における肝発癌のメカニズムのひとつと考えられる。また、コアマウス肝とヒト患者肝において、サイトカインTNF-αとIL-1βの発現が増加していることもこの病態に関与していることも明らかとなった。
(4)コアマウスとヒトアポA2遺伝子トランスジェニックマウスを交配することにより、コアマウス肝中の脂肪が減少し、肝における活性酸素(ROS)の産生も減少した。コア蛋白がアポA2蛋白と結合して、肝からのコア蛋白の分泌を促すことが原因である。このことは、C型肝炎の肝病変と脂質の強い関連性を示すとともに、活性酸素発生の低下による肝発癌抑制という治療への道を切り拓くものである。
(5)C型肝炎ウイルス・コア蛋白によるレチノイドX受容体α(RXR-α)への結合とその機能修飾が明らかになった。RXR-αのC型肝炎病態への関与が推定される。
(6)PAF-AHを過剰発現させたマウスの血清から精製したPAF-AHに富んだリポ蛋白を用いて、PAF-AHの1)酸化ストレスによる脂質過酸化に及ぼす効果、2)過酸化脂質によるマクロファージ泡沫化・脱泡沫化に及ぼす効果、を検討したところ、PAF-AHを過剰に含有するリポ蛋白は酸化ストレスに抵抗性を有し過酸化脂質の産生が抑制されること、過酸化脂質によるマクロファージの泡沫化を低下させること、が判明した。以上より、PAF-AHは、酸化ストレスによる生物学的作用を減弱させることが確認された。
結論
C型慢性肝炎における肝発癌の機序解明に一歩近づいたものと考えられる。なかでも、脂肪代謝とC型肝炎の病態の関連性は重要であり、C型慢性肝炎患者への栄養指導・服薬等によって、C型肝炎による肝不全・肝癌等の合併症の発生を減少させる可能性が示された。また、RXR-αへの拮抗薬の開発によってC型肝炎の治療薬が開発され、肝癌患者の発生を減少させ得る可能性が示された。PAF-AHは、酸化ストレスによる生物学的作用を減弱させることが確認された。

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