新規肝がん関連遺伝子の網羅的探索とDNAチップを用いた遺伝子の相互関連性に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201379A
報告書区分
総括
研究課題名
新規肝がん関連遺伝子の網羅的探索とDNAチップを用いた遺伝子の相互関連性に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
油谷 浩幸(東京大学国際・産学共同研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 井原茂男(東京大学先端科学技術研究センター)
  • 深山正史(東京大学医学部病理学)
  • 幕内雅敏(東京大学医学部肝胆膵外科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 肝炎等克服緊急対策研究(肝炎分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
38,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
肝細胞癌は本邦における悪性新生物による死亡率(男性)の第3位であり、HBVとHCVへの慢性感染が肝細胞癌の重大な原因となっているものの、発症あるいは悪性化に関連する遺伝子あるいは分子の同定およびメカニズムの解明は重要な研究課題である。ゲノム計画の成果およびアレイ解析技術の進歩により遺伝子発現レベルを網羅的に探索することが可能となったものの、遺伝子の発現プロファイル(トランスクリプトーム)情報のみから肝細胞癌の原因となる変異を推定することは困難である。発癌関連遺伝子の変異、ヘテロ接合性の消失や染色体異常、エピジェネティクス、蛋白発現など生体内試料から得られる種々の実験情報をも統合して解析を進めることにより、肝細胞の癌化機構について包括的な解明、すなわち臨床試料に基づいたゲノム学(clinical genomics)を実現する。かような莫大な生命情報の統合と分析には単純な数理学的手法は有用ではなく、新たな作業仮説の構築のために臨床情報、文献情報などの既存の情報あるいはその他の生命情報を統合して総合的に解析するシステムの開発が必要である。臨床医学、病理学、情報研究者との連携において下記の研究項目を実施する。
1) 肝がんの網羅的遺伝子発現プロファイリング解析
2) ゲノム、蛋白質解析データとの統合
3) 肝細胞癌血清診断法の開発
4) がん関連遺伝子相互作用の推定と可視化
研究方法
(1)肝がんの網羅的遺伝子発現プロファイリング解析
1-1 肝細胞癌の発現プロファイル解析
肝細胞癌30例の腫瘍および非癌部RNA検体についてGeneChipU95あるいはU133アレイ(Affymetrix社)を用いて最大4万個の遺伝子あるいはESTについて網羅的発現解析を行い、肝炎ウイルス種別、病理組織診断などのパラメータとの相関解析、新規バイオマーカーの探索を進めた。分化度の異なる腫瘍検体を群別に解析したほか、特に段階的発癌モデルと考えられる「結節内結節」症例について検討した。ヒト組織検体については共同研究者である東京大学肝胆膵外科においてインフォームドコンセントの下に採取され、液体窒素下で急速冷凍し、-80℃冷蔵庫にて保存された。解析はMicroarray Analysis Suiteソフトウェアにより行い、全てのプローブにより正規化、スケール値を100に合わせた。肝癌の分類を行うべく、U95Aチップ上の約12600遺伝子のうち、発現強度の変動係数が0.3以下である8651遺伝子をもちいて主成分分析をおこなった。2群間で異なる発現の遺伝子を抽出するためにMann-Whiteny U testを使用した。Random Permutation Test にて有意差検定をおこない、有意に遺伝子発現に差のあるU値の上位、下位の遺伝子を特徴的遺伝子として選出した。
1-2 肝細胞癌特異的な遺伝子の肝発がんにおける役割の検討
遺伝子発現プロファイル解析を通して同定された肝細胞癌特異的に発現するような遺伝子について機能解析を進めた。GPC3 の355-371番目のアミノ酸からなる合成ペプチドを生後6週目の雌マウス(BALB/c)に免疫をおこない、抗GPC3モノクロナル抗体を得た。
テトラサイクリン依存性GPC3発現細胞(HY-Toff-GPC3)の作成 pTet-off ベクター (Clontech社) をLipofectamine (Invitrogen社) を用いて肝芽腫細胞株HepG2に導入した。9.で得られたGPC3/pBI-EGFPコンストラクトをHY-ToffにLipofectamineを用いてpBabepuroベクターと共発現させ、puromycin (Nakalai tesque社) 耐性細胞株のセレクションをおこなった。セレクション後のクローニングはHY-Toff細胞の作成と同様の手法を用いた(HY-Toff-GPC3)。
MTTアッセイ HY-Toff-GPC3細胞を用いてGPC3の細胞増殖への影響を調べた。細胞数の測定はMTT Cell Growth Kit (Chemicon International 社) を用いた。
ルシフェラーゼアッセイ BMP-7との結合部位をふくむSmad6のプロモーター領域をルシフェラーゼの上流に組み込んだベクターを作成し(3GC2-Lux)(ref)、HY-Toff-GPC3細胞に導入してルシフェラーゼ活性をGPC3発現誘導を行った細胞と行っていない細胞とで比較検討した。
(2) ゲノム情報との統合
"Expression Imbalance Map"(Kano, 2003)を用いて、非癌部と癌部、あるいは分化度の違いによる染色体領域としての遺伝子発現量の変動について検討を行った。
(3)肝細胞癌高発現遺伝子の同定
U133アレイAおよびBを用いて中分化型、低分化型肝細胞癌の解析を行い、肝癌組織に特異的に発現する遺伝子を選定した。精巣、卵巣などの生殖器、胎盤あるいは胎児組織における高発現については絞り込み条件としては含めなかった。発現変動する遺伝子の検証については、定量的RT-PCRにより行った。完全長遺伝子が同定されていないESTについては、ゲノム配列情報からの予測、RACE法により蛋白翻訳領域を決定することを行った。
結果と考察
油谷は「結節内結節」症例を含めての発現プロファイル解析を行った。主成分分析により癌部と非癌部、分化度による分類を示した。分化度および血管侵襲の有無に特徴的な遺伝子を選別した。高発現する遺伝子の一つであるGPC3に対してモノクローナル抗体を作成し、機能解析を行い、FGF2やBMP7などの増殖因子の作用を修飾することが見いだされ、血清中のGPC3タンパクを測定するELISA測定系を樹立した。さらに40000個の遺伝子から肝癌に高発現する遺伝子の探索を進めた。今後SVM法による分類を効率的に行うべく臨床研究者が使いやすいシステムの要件を明確にすることで実用にも供するシステム構築が可能となると考えられる。
深山は肝細胞癌で高発現する遺伝子からの蛋白発現について特異的モノクロナル抗体を用いて評価した。抗体4030は脂肪変性している肝細胞に発現し、高分化肝細胞癌が脂肪化を伴うことが多いことから肝細胞癌の発癌機序に関連する可能性が示唆された。
幕内は新規腫瘍マーカーsGPC3の血清レベルでの測定を行い、その有用性を検討したところ、中・高分化型肝癌でAFPと比較して優位かつ相補的であり、早期診断での有用性を示した。GPC3は増殖因子の作用を修飾することが見いだされ、肝細胞表面に存在するGPIアンカー蛋白であることから抗体医薬の新規分子標的としても期待される。
井原は、遺伝子のランク付けも可能になってきたことで遺伝子探索ツールとしての重要性がより一層増してきたSVM(Support Vector Machines)を活用した知的統合型のマイニング方法を新規に開発した。とりわけ線形SVMでは分離面における各遺伝子の重みがそのまま遺伝子の重要度となるが、RFE(Recursive Feature Elimination)により遺伝子の重要度を決定した。肝炎の遺伝子発現プロファイルデータに適用し開発した技術の検証を行なった。さらには遺伝子間の相互関連性を分かりやすく表示するインターフェイス技術を開発した。既存の知識から、統合化によって遺伝子の相互関連性を計算機によって半自動的に表示ができた。より先見的な知識をベースにすることでユーザが理解しやすい遺伝子の相互関連性表示ができることが見出された。
結論
肝細胞癌の発現プロファイリングから腫瘍の分類や識別遺伝子の抽出を行った。さらにゲノム情報との統合に着手した。今後、文献検索などによって既存の知識を統合化し、遺伝子の相互関連性を得ることが極めて重要である。網羅的な発現プロファイリングから新規の腫瘍マーカーとして有力なGPC3の血清測定系を樹立できた。GPC3は増殖因子の作用を修飾することが見いだされ、抗体医薬の標的としても期待される。

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