科学的根拠にもとづく未破裂脳動脈瘤の治療ガイドライン策定に関する研究

文献情報

文献番号
200201349A
報告書区分
総括
研究課題名
科学的根拠にもとづく未破裂脳動脈瘤の治療ガイドライン策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中川 俊男(日本脳ドック学会、新さっぽろ脳神経外科病院)
研究分担者(所属機関)
  • 端 和夫(札幌医科大学)
  • 福井仁士(九州大学)
  • 齋藤 勇(杏林大学)
  • 児玉南海雄(福島県立医科大学)
  • 大本堯史(岡山大学)
  • 吉本高志(東北大学)
  • 河瀬 斌(慶應義塾大学)
  • 小林祥泰(島根医科大学)
  • 吉峰俊樹(大阪大学)
  • 田邊純嘉(札幌医科大学)
  • 八巻稔明(札幌医科大学)
  • 本望 修(札幌医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
当該研究計画は、平成13年度厚生労働科学研究費補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業)、科学的根拠にもとづく未破裂脳動脈瘤の治療ガイドライン策定に関する研究(H13-21EBM-026)、平成14年度厚生労働科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)、科学的根拠にもとづく未破裂脳動脈瘤の治療ガイドライン策定に関する研究(H14-医療-046)、平成13年度から平成14年度の2年計画の2年目である。
50歳台、60歳台の脳卒中死亡の約半数を占めるクモ膜下出血は、原因のほとんどは脳動脈瘤の破裂により、発症すると約半数が死亡または重症の後遺症を生じる疾患であるため、その治療は原因となる脳動脈瘤の早期発見、予防的治療が重要である。わが国は国民皆保険制度により、世界で最も高い医療レベルを誇り、未破裂脳動脈瘤の早期発見、治療が可能となっている。
現在、わが国では、未破裂脳動脈瘤は年間1万例近く発見される。これらの未破裂脳動脈瘤は、脳ドックでの発見率とクモ膜下出血の発生率とから推測すると全体でおよそ年間0.5%、手術の対象となる5mm以上のものではおよそ1%の破裂率と推測されていた。実際、わが国では、1997年に日本脳ドック学会が未破裂動脈瘤の治療適応に関するガイドラインを策定し、5mm以上の硬膜内動脈瘤に対して積極的に治療を考慮するという考え方で、広くコンセンサスが得られていた。
しかし、1998年に報告された国際共同研究(ISUIA)は、未破裂動脈瘤の破裂リスクが従来よりも低く算出され、また手術成績も良好な結果ではないと報告したため、未破裂動脈瘤の治療方針に関して、世界中を混乱させた。この結果は、様々な理由から世界的に批判されたが、現在までの報告(エビデンスレベルではレベル4からレベル5相当)では、実際の臨床の場で、個々の患者の破裂率を推測し適切な治療方針を決定することは非常に困難であることも実情である。
本研究では、未破裂脳動脈瘤の多様性に対応し、今、目の前にいる患者の脳動脈瘤の破裂率を推測し、適切な治療方法を選択することを可能とするための臨床研究である。昨年度(平成13年度)の本研究の予備的研究結果は、従来の結果(1997年の日本脳ドック学会ガイドライン)を支持するものであり、1998年に報告された国際共同研究(ISUIA)とは、明らかに異なるものであった。また、ごく最近(平成14年2月9日)にSan Antonioにて国際未破裂脳動脈瘤調査の最新予備調査結果が公表されたが(Special report from 27th International Stroke Conference Prospective data from ISUIA)、1998年に報告されたISUIAの結果とはかけ離れており、従来の結果(1997年の日本脳ドック学会ガイドライン)に近いものであった。
しかし、未破裂脳動脈瘤は臨床的に非常に多様な病気であり、個別の未破裂脳動脈瘤における自然歴、治療方法、治療成績を科学的に検証し、大きさ、部位、形、家族性、多発性、生活状態、身体条件、年齢、性別など多く要因の分析に基づいた個々の患者における破裂率の推測が必要であるが、現在では十分な情報が得られておらず、科学的根拠にもとづく未破裂脳動脈瘤の治療ガイドライン策定が緊急の課題として存在していることに変わりは無い。本研究計画では、実際の臨床の現場での治療方針を決定する上で信用できうる科学的根拠を提供することを主題とした。
研究方法
EBMの観点からは信頼性が高いと考えられる randomized control study は、様々な理由から当該研究分野では困難である。未破裂脳動脈瘤の破裂率推定において、現実的な方法はクモ膜下出血の発生数を未破裂脳動脈瘤の存在数で除すことである。従って、未破裂脳動脈瘤および破裂脳動脈瘤の症例をできるだけ多く集計し、大きさ、部位、形、家族性、多発性、生活状態、身体条件、年齢、性別での比較解析を計画した。
1:未破裂動脈瘤の破裂率
各分担地域のなかでも特定の地域の悉皆性が高い地域を対象としたデータ収集
1)特定地域のくも膜下出血発生率を調査
2)脳ドックなどによる同地域の未破裂動脈瘤発生率を調査
2:未破裂脳動脈瘤の治療成績および治療成績に及ぼす影響の解析
結果と考察
北海道地区、端 和夫、田邊純嘉、八巻稔明、本望 修研究分担員らは、北海道夕張郡長沼地域に調査を限定して、同地域で発生するくも膜下出血数を悉皆的に網羅し,また同地域での脳健診で発見される未破裂動脈瘤の頻度から動脈瘤の年間破裂頻度を求めた。1997年から2002年11月までの長沼町での過去6年間のくも膜下出血発生数は人口10万人あたり13.2人。2001,2002年における40-65歳での未破裂動脈瘤発見率は2.0%。全人口あたり年間動脈瘤破裂率は0.7%。40-65歳人口での年間動脈瘤破裂率は1.4%。動脈瘤破裂率は年齢層別に算出すると、好発年齢層ではより高いものである可能性がある事が判明した。
東北地区、吉本高志研究分担員は、宮城県では宮城検体脳卒中協会による宮城県脳卒中発症登録は県内の脳卒中専門診療期間24施設の協力で、県内の脳卒中発症例の殆どを収集しているので、このデータベースを用いくも膜下出血の発症数と未破裂動脈瘤発見数、治療成績から未破裂動脈瘤治療によるくも膜下出血発症減少を検出することにより、未破裂動脈瘤治療の科学的根拠を確立することを目的とする研究を行った。結果は、未破裂動脈瘤の年間発見数1988年以増加傾向にあり1994年以降をとっても毎年60例、70例、101例と確実に増加している。またその治療される未破裂動脈瘤の症例数も41例、55例、80例増加している(1996年まで)が、くも膜下出血発症数に変化は認められず、影響を及ぼしてるとは判断できなかった。
東北地区、児玉南海雄研究分担員は、未破裂脳動脈瘤(症候性、無症候性)の手術に伴う合併症発現の原因について解析した。結果は、未破裂脳動脈瘤の治療は手術手技そのものが治療成績に直結するため、さらなる手術手技の向上に努めることが重要であり、またこの合併症を回避するための術中モニタリングの開発が必要との結論を得た。また、運動誘発電位(MEP)による脳血流不全モニタリングの開発と臨床応用の結果、錐体路の血流不全に対する新たなモニタリングとして有用であることが判明した。
関東地区、河瀬 斌研究分担員は、関東地方に位置する慶應義塾大学病院、国立栃木病院、美原記念病院、大田原赤十字病院、川崎市立川崎病院、平塚市民病院、済生会宇都宮病院、東京歯科大学市川総合病院において、その施設の性格を考慮しつつ、2002年に未破裂脳動脈瘤治療成績の前向き調査を行い、未破裂脳動脈治療の動向、また治療にともなう合併症の危険因子を検討した。結果は、未破裂脳動脈治療の動向は、施設の患者背景、血管内治療医の有無などで異なっており、治療指針を画一化することは難しく、柔軟性が求められることが判明した。また、IC-paraclinoid - ophthalmic ANに関しては動脈瘤治療に習熟した術者でも視神経障害を来す場合があり、血管内治療も選択枝の一つであると考察した。
関東地区、齋藤 勇研究分担員は、未破裂脳動脈瘤の直達手術の治療成績について、現時点での治療水準を前向きに集計した。結果は、一定水準以上の経験者が手術を行っても手術合併症は少ないながら発生しており、その主因は穿通枝閉塞と脳神経障害であることが判明した。
関西地区、吉峰俊樹研究分担員は、当該施設および近畿の30施設において、平成14年に治療が行われた未破裂脳動脈瘤患者のうち、治療後3ヶ月以上の経過が追跡できた例を対象とし、調査用紙を各施設に送付し設定した調査項目について記入を依頼、解析を行った。計407例において多変量解析を行った結果、未破裂動脈瘤治療に関連する危険因子が明らかになった。大型動脈瘤、閉塞性脳血管障害の既往、高齢が患者側危険因子である。これら危険因子を持たない群(207例)では、RSの低下は9/273(3.3%)であり、RS3以上の要介護状態となったものは2/273(0.7%)、死亡0であり、全症例におけるRS低下(28/407, 6.9%)、RS3以上低下(4/407, 1.0%)、死亡(1/407, 0.2%)に比べ、治療成績が良好であった。このことから、未破裂動脈瘤治療に際しては、危険因子を考慮し症例選択を適切に行うことが治療効果をより高めるために重要であることが判明した。
中国・四国地区、大本堯史研究分担員は、岡山大学医学部附属病院および中国・四国地域の5主要関連病院(香川県立中央病院、香川労災病院、国立岩国病院、広島市民病院、松山市民病院、)における未破裂脳動脈瘤に対する開頭手術および血管内手術症例について過去3年間(1999-2001)を後ろ向きに検討した結果、治療成績は動脈瘤の大きさと部位(前方循環か後方循環)に大きく影響を受けていることが明らかとなった。すなわち、治療成績は瘤が大きくなればなるほど悪く、前方循環よりも後方循環のものの方が悪いことが判明した。
山陰地区、小林祥泰研究分担員は、破裂動脈瘤によるくも膜下出血の疫学調査と脳ドックにおける未破裂脳動脈瘤の調査を施行した結果、山陰地方におけるくも膜下出血入院例の病院ベースの疫学調査では、動脈瘤手術を実施している18病院すべての集計により、1年間で332例の発症を確認した。また、脳ドックベースの未破裂脳動脈瘤の頻度を調査した結果、11施設(山陰での脳ドック実施施設は12施設)で4355名の受診者があり、疑い例169名(3.8%)、確定例38名(0.9%)であることが判明した。
九州地区、福井仁士研究分担員は、九州地方(沖縄県を含む8県)の脳神経外科専門医訓練施設で脳ドックを行っている48施設では、九州地方で脳ドックにより検出された未破裂脳動脈瘤89症例において、手術が行われた群と非手術(観察)群を比較検討した結果、5mm以下の未破裂動脈瘤と70歳以上の高齢者では手術を見合わせて観察する方針をとる施設が多いと思われるが、この方針は必ずしも一定していないことが判明した.手術成績では、手術死亡はないものの、高齢、脳卒中の既往、糖尿病等は手術の適応を決める際考慮すべきことが示唆された.また、人口44万7500を有する長崎県北部で破裂脳動脈瘤患者が運ばれる6施設における調査では、平成14年の破裂脳動脈瘤の頻度は人口10万人あたり20.0人(平成13年は23.9人)で、本邦におけるクモ膜下出血の年間発生率人口10万人あたりおよそ20人とほとんど差異はないことが判明した。
結論
本研究の研究結果は、従来の結果(1997年の日本脳ドック学会ガイドライン)を支持するものであり、1998年に報告されたISUIAとは、明らかに異なるものであった。また、近年にSan Antonioにて国際未破裂脳動脈瘤調査の最新予備調査結果に(Special report from 27th International Stroke Conference Prospective data from ISUIA)、比較的近似しておる、従来のわが国におけるコンセンサス(1997年の日本脳ドック学会ガイドライン)を支持するものであることが判明した。
今後、さらに、個別の未破裂脳動脈瘤における自然歴、治療方法、治療成績を科学的に検証し、大きさ、部位、形、家族性、多発性、生活状態、身体条件、年齢、性別など多く要因の分析に基づいた詳細な検討が必要であることに変わりは無く、特に、わが国の特殊性を加味した我が国独自の科学的根拠の提供が強く望まれる。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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