痴呆性老人の特性に配慮した歯科医療の在り方に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201342A
報告書区分
総括
研究課題名
痴呆性老人の特性に配慮した歯科医療の在り方に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
植松 宏(東京医科歯科大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 稲葉 繁(日本歯科大学)
  • 濱田泰三(広島大学)
  • 森戸光彦(鶴見大学)
  • 野村修一(新潟大学)
  • 渡辺 誠(東北大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
18,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人々の関心は、今や長生きではなく如何に健やかに老いるかにある。健康寿命の延長が国民の願いであり、これに応える歯科医療でなければならない。一方では加齢と共に痴呆が増加することも事実で、わが国においては痴呆性老人の増加は既に深刻な問題となっている。痴呆のない要介護老人に対する歯科医療もまだ充分であるとは言えないが、特にコミュニケーションや協力の得られにくい痴呆性老人では歯科医療の実践に困難が伴う。しかし、口腔は摂食機能の始まる部位であり、不良な口腔内環境や口腔機能の低下が摂食・嚥下障害につながることは他の高齢者の例からも容易に想像がつく。一般に介護予防の観点から適切な栄養を摂取するこが重要であるが、これは痴呆性老人にとっても何ら変わることはない。本研究は痴呆性老人の口腔内環境改善のために行うべき歯科医療の内容と、実施方法に関するガイドラインの作成を目指す。
研究方法
1)痴呆性老人の摂食および口腔内環境の実態解明について
(1)精神科の専門病院に入院している精神分裂病の既往を有する痴呆老人38名を対象とし舌清掃を実施する。そして、Candida菌数の測定を行った。
(2)都内某区の居宅支援事業所(10ヶ所)、通所介護施設(13ヶ所)所属のケアマネジャーが担当した要支援・要介護1の事例のうち、57名を調査対象とした。平成14年10月より自立支援プログラムに基づいたケアを提供し、同一事例、同一項目で、担当事例をアセスメントした。
(3)国立療養所中部病院歯科を受診した高齢患者426名(平均75.3歳)の初診時に痴呆の程度,歯科保健行動,義歯管理能力,食事の性状,摂食状況等について対象本人あるいは介助者に問診と歯科医師1名が検査者となり直接観察を行った。
2)痴呆性老人の口腔内環境の評価法の確立について
(1)複数の水晶振動子ガスセンサを利用した。さらに温度、湿度、濃度等の環境に左右されないロバストなセンシングシステムを実現するため、とくに湿度に影響を軽減する温度可変濃縮管を用いる工夫を行って揮発性硫化物の識別実験を行った。
3)歯科医療の妨げとなっている因子の究明と、対処法の確立について
(1)特別養護老人ホーム2施設を利用する高齢者84名(81±8歳)、男性20名(76±7歳)、女性64名(83±7歳)を対象とした。そして、口腔機能、歯の状態、栄養状態、嚥下機能、食形態、認知機能(MMSE)、QOL(Dementia Happy Check)に関して調査を行った。
(2)精神科入院治療中の痴呆患者77例を対象とした。“見当識得点"は、13年度報告に示した方法と同様に求めた。この得点を、主訴、歯科処置の施行および歯科治療上の問題点、さらに転帰の各項目について、カッコ内の群間で比較検定した。あわせて自力刷掃、自力摂食、洗顔、着衣、意思疎通、歩行に口腔衛生状態をあわせ、その可否を同様に比較検討した。
4)摂食機能の実態把握と対処法の確立について
(1)介護老人福祉施設において、ADLが全介助状態の施設利用者29名に対して、週1回歯科医による専門的口腔ケアを平成11年7月より実施した。さらに、寒天ゼリーを用いた摂食機能訓練も実施した。
(2)介護老人福祉施設入居者のうち改訂長谷川式簡易知能評価スケールHDS-Rが0、すなわち痴呆度が最も高いレベルの26名を調査対象とした。そのうち「むせない」群16名と「むせる」群10名の2群に分け、歯の残存状況、上下の咬合関係を保有している部位など種々検討した。
5) 歯科医療の実践が痴呆性老人のADLを改善させる可能性について
(1)正常な咀嚼機能を有する14人の被検者(男性10人、女性7人、20-31歳)を対象とした。約1Hzの速さで2種類のガム(硬さが中等度のものと硬いもの)をかむという、リズミカルな咀嚼刺激とした。それぞれの被検者は、32秒のリズミカルな咀嚼と332秒の非咀嚼状態を4サイクル行い、fMRIを用いて、17人の被検者で咀嚼と脳の活動部位との相互関係を調べた。
結果と考察
1)痴呆性老人の摂食および口腔内環境の実態解明について
(1)指導前の口腔清掃状態が良好なもの6例,不良のもの29例,指導後では良好なもの11例,不良のもの24例であった.舌清掃指導前にCandidaが検出された被験者は16例、平均73.1CFUであった。指導後では検出された被験者は14例,平均68.5CFUであった.いずれも舌清掃により改善がみられたことから痴呆性老人においても舌清掃は有用であることが推察された。
(2)アウトカムの改善率を見ると、痴呆なし群では34項目で平均5%、痴呆あり群では平均10.8%と痴呆あり群が高かった。痴呆と歯磨き回数、うがいの自立度との関連の2つの歯科保健行動の項目は痴呆の重症度との間に有意な関連があり、痴呆の重症度が上がるにつれて歯科保健行動の低下がみられた。短期間の介入では改善は困難であるが変化しうる事が明らかとなった。
(3)痴呆と歯磨き回数、うがいの自立度など歯科保健行動の項目は痴呆の重症度との間に有意な関連があり、痴呆の重症度が上がるにつれ歯科保健行動の低下がみられることが明らかとなった。
2)痴呆性老人の口腔内環境の評価法の確立について
1)脂質膜、交互吸着膜、ポリイオンコンプレックス膜を塗布したセンサで良好な応答が得られることがわかった。また、濃縮管を用いて問題となる水蒸気応答を除去して測定できる可能性が得られた。そして、センサアレイ応答パターンを主成分分析することにより、dimethyl sulfide, methylmercaptan, hydrogen sulfideの3種類のVSCをパターン分離することができた。これらの成果を踏まえて実用化が近づいてきた。
3)歯科医療の妨げとなっている因子の究明と、対処法の確立について
(1)対象者84名の現在歯数は5.8±8歯であった。咬合支持の分類はアイヒナーの咬合支持の分類によってあらわした。PEMといわれるたんぱく質・エネルギー低栄養状態の危険性のあるもの24%にみられた。口腔機能が正常な者は血清alb値が問題のあるものより有意に高かった。以上より、咬合機能の回復が栄養状態の改善に寄与することが明らかになった。
(2)歯科治療中に問題行動としては、患者の状況の認識困難例が多く、他に、義歯取り扱いの障害例,刷掃の不如意例などがあった。対象症例を問題点の有無で群わけして、“見当識得点"を比較したところ、その差は有意であった。さらに、自力刷掃、自力摂食、洗顔、着衣、意思疎通、歩行のADLの他に口腔衛生状態をあわせた項目の可否によって、対象を群わけして“見当識得点"を比較した。その結果、自力刷掃、自力摂食、洗顔、着衣、意思疎通の項目において、可の群の平均得点が6点台、否の群が3点以下で、群間に有意差があった。他の行為と歯科治療受容の可否には深い関連があることが分かった。
4)摂食機能の実態把握と対処法の確立について
(1)経管栄養管理下で、ゼリーによる摂食・嚥下機能訓練を行っている者と、経口摂取しているが、著しく嚥下機能が低下していると思われる者に対して、ビデオ内視鏡を使用することで、嚥下機能を客観的、かつ容易に評価できた。誤嚥の危険性が高い人を選択し、個別に適切な対応に移れるという点から、介護施設でのビデオ内視鏡の導入は有用であると思われた。
(2)「むせる群」は無歯顎者の割合は、20%に対し、有歯顎者では80%であった。
咬合関与歯を有する者が、「むせる群」の方が「むせない群」より多かった。咬合状態がむせと深い関連があることがわかった。
5)歯科医療の実践が痴呆性老人のADLを改善させる可能性について
(1)すべての被検者において、ガム咀嚼により脳の様々な部位のBOLDシグナルが有意に増加した。さらに小脳では、中等度の硬さのタイプのガム咀嚼は、硬いタイプのガム咀嚼よりも広い範囲のBOLDシグナルの増加が認められた。
結論
高齢化と共に増加する痴呆性老人の生活の維持、向上に歯科の分野から貢献する可能性を模索した。今回の研究で、痴呆性老人の2週間程度の短期間の一般的な身体介護の介入では改善しないこと、多くの高齢者に必要とされる義歯の作成が受容されるか否かは、その人の全般的なADLと密接な関係があることが明らかになった。また、義歯使用の有無によりBMIに有意差が認められ栄養状態に影響を与えていることが考えられた。咀嚼と脳機能については議論があるが、今回のfMRIを用いた研究結果からは、咀嚼は脳機能の活性化につながる可能性が示唆された。

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