日本人の特性に配慮した胃がんの診療情報の整理に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201339A
報告書区分
総括
研究課題名
日本人の特性に配慮した胃がんの診療情報の整理に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
北島 政樹(慶應義塾大学医学部外科)
研究分担者(所属機関)
  • 平田公一(札幌医科大学附属病院外科学第一講座教授)
  • 中島聰總(?癌研究会附属病院副院長)
  • 笹子充(国立がんセンター中央病院第1外来部部長)
  • 上西紀夫(東京大学医学部医学系研究科消化管外科教授)
  • 吉野肇一(慶應義塾大学看護医療学部教授)
  • 北野正剛(大分医科大学第1外科教授)
  • 愛甲孝(鹿児島大学医学部第一外科教授)
  • 佐々木常雄(東京都立駒込病院副院長)
  • 島田安博(国立がんセンター中央病院内科第一領域外来部大腸科医長)
  • 小西敏郎(NTT東日本関東病院外科部長)
  • 久保田哲朗(慶應義塾大学医学部外科学助教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
胃癌標準治療ガイドライン/縮小手術/リンパ節郭清/化学療法/クリニカルパスのワーキンググループに分け,「日本人の特性に配慮した胃がんの診療情報の整理」を行うことを目的とした。
研究方法
1)胃癌標準治療ガイドライン
日本胃癌学会ガイドライン検討委員会を通じて1,460施設に対して胃癌標準治療ガイドライン(GL)の有用性と問題点についてアンケート調査を行った。また初年度に胃癌手術療法と術後補助療法についてMedlineおよび医学中央雑誌を検索して作成した文献Databaseをもとに、研究報告(Evidence)の形式的な格付けと研究の有用性について検討した。
2)縮小手術
早期胃癌に対するこれまでの治療成績,および縮小手術の定義・内容の整理と縮小手術の適応についてどのような発表がなされているかについて検討した。
3)リンパ節郭清
1993年1月より2002年12月までの10年間を対象にMedlineにおいてStomach neoplasia and Surgeryで検索した。さらにこのうち英文論文あるいは日本語論文で英文抄録が登録されているもののみを対象にし、かつ早期胃癌、食道胃接合部癌、レビューを除外した。第3段階としては術式のうちリンパ節郭清に関するものを抽出した。第4段階では同一施設の論文を除外し、術後が有害事象、治療関連死亡率、5年生存率のすべてをデータとして有しているもののみを拾い上げた。第5段階としては治療関連死亡率を規準に行われた治療の質に問題がある文献を除外した。これらの段階を経て残った論文を整理しまとめた。
D2リンパ節郭清をその他の郭清と比較したStudyに関して、Evidence levelで分類された文献(1991年以降)を、臨床情報を加味してdata-base化し、解析を行った。また、情報の質について、本邦および海外文献の比較を行った。Evidence level(EL)はNCCNおよび福井の分類を用いた。
4)化学療法
胃がんの標準化学療法を示すことを目的に、EBMを基とした文献の整理を行った。評価はAHCPR(Agency for Health Care Policy and Research)の基準に従った。パソコンのソフト(GetAlef)を利用し、年代別に、最近のものはsummaryをも入力することとした。
5)クリニカルパス
独自に入手したリストに基づき総病床数200以上の全国一般病院1,524病院、および大学病院等医育機関162施設、計1,686施設に平成14年11月にアンケートを送付した。2群間の有意差検定はMann-Whitney検定により行い、有意水準を5%とした。
(論理面への配慮)
本年度は介入研究を行わなかったため,研究への直接的な倫理面への配慮を必要としなかったが,論文の選択にあたっては,中央・施設倫理委員会のapprovalを受けた臨床試験であることを条件とした。
結果と考察
1)胃癌標準治療ガイドライン(GL)
アンケートの回答率は27%と低率であり、またほとんどが外科系施設からの回答であった。回答者の99%はGLを所持しており、95%は日常診療においてGLを参照しており、63%の回答者は患者用ガイドライン解説書をICに利用していると回答した。今回のアンケート調査ではGLは多くの施設において受け入れられ、日常診療において活用されていることが明らかになった。今後問題点を集約して更なる改訂が必要である。GLはEvidence-based medicine (EBM)に準拠することを原則としているが、研究報告の形式的な格付けとその有用性の判定は別物として区別すべきである。この点、アメリカ医学会のEvidence recommendation は両者を包括しており、Evidence の選択基準として妥当である。手術あるいは補助化学療法など技術に依存する治療法はそれぞれ独自のEvidenceが必要である。
2)縮小手術
深達度Mの早期胃癌ではリンパ節転移のリスクは低く,またほとんどの症例で転移リンパ節部位が1群にとどまるという事実から,術前・術中診断がM, N0であればリンパ節郭清をD1+No.7にとどめる縮小手術が施行されてきた。D1+No.7郭清をprospectiveに施行した症例での長期成績でも,術後深達度診断がSMであった症例が約20%,リンパ節転移が約3%の症例でみられたものの,再発死亡症例は確認されておらずその妥当性を確認した報告があり,術前の厳密な深達度診断,リンパ節転移診断がなされればD1+No.7郭清は十分可能であると考えられる。SM癌でのリンパ節転移の多くは1群転移であるという知見に基づき,SM癌であれば必ずしも新規約に基づくD2郭清を施行しなくても,D1+No.7+8a+9で根治性が損なわれないことを示唆する報告がみられた。しかし,SM癌に対するD1+No.7+8a+9郭清はまだ歴史が浅く,この妥当性は今後,長期成績で検証されるべきであるが,この郭清範囲は旧版でのD2郭清とほぼ同等であり,SM癌に対する郭清としては根治性を保った術式であるとも考えられる。
リンパ節郭清の縮小,切除範囲の縮小とともに,手術侵襲の縮小を図る目的で,最近では腹腔鏡(補助)下での胃切除術が施行され,その功罪も検証されるようになった。腹腔鏡手術は開腹手術と比較して手術時間が同等もしくは長いものの,出血量が少ないこと,術後の回復が早いこと,術後のQOLの維持に貢献することが報告されている。すなわち腹腔鏡補助下胃切除術は開腹手術よりも術後回復が早く明らかに低侵襲である。また腹腔鏡手術では器械のコストはかかるものの在院日数の短縮によるコストの削減で総コストの抑制が達成できている。腹腔鏡下胃切除術に関するレベルの高い文献6件中5件においては、低侵襲手術という観点から複数の因子の幾つかについて検討され、その低侵襲性が確認されていた。しかし術後成績へ及ぼす影響についての客観的検討は時期尚早であり、研究的治療としてまだ位置付けるべきであろう。
胃切除範囲については、レベルⅡ?Ⅲの報告7件のうち6件が胃全摘術 vs. 幽門側胃切除術をテーマにしたものであり、いずれも海外からの報告であった。これらの結果から、①口側断端距離が確保できる症例においては胃全摘術を行っても予後改善効果がみられないこと、②QOLに関しては幽門側胃切除術が優れていること、③以上のことに相反するデータを示す報告は見当たらない、ことがあきらかになった。
3)リンパ節郭清
レベル1のstudyはオランダ、イギリスからのものであり、症例数はそれぞれ771例、400例であり解析に十分な症例数があった。結論は、前者ではD2は有意に死亡率、合併症が高いというものであり、後者でも同様の結果が得られ、いずれもD2郭清が証明できないnegative studyである。香港から発表されたスタディは対象が幽門側胃切除と胃全摘術を比較する変則的な比較試験であり、D1郭清の優位を示した結果であった。レベルⅠの文献の特徴と問題点をまとめると以下のとおりである。
A)胃癌D2郭清に対する多施設研究であった。イギリス、オランダともにこれらの論文以外で胃癌のリンパ節郭清に関するエビデンスレベルの高い論文は1編もなく、D2郭清の経験が少ないことが推定された。
B)手術死亡率が10%と13%とわが国と比較して異常に高く、未熟な手術手技や術後管理に起因するものと推定された。
C)病期の限定がなく、解剖学的なリンパ節転移状況が不明であった。
すなわちエビデンスレベルⅠの報告は、いずれもD2郭清が証明できないと結論付けていたが、高い治療関連死や術後の合併症を認めており、遠隔期の郭清効果が相殺されていることが考えられた。これらの報告はD2郭清に熟知していない施設からの登録に基づくデータであることが推定され、そのままこの成績を本邦の胃癌のリンパ節郭清に関するエビデンスとして採用できない。一方、本邦から本邦でのD2とD1の比較試験に関するエビデンスレベルの高い報告はなかった。しかし、これまでの十分な症例数に基づく全国胃癌登録データが示すリンパ節節転移程度及び転移率とその郭清効果の報告は臨床的には信頼度は高いものと考えられた。現在進行中の、JCOGによるD2と拡大リンパ節郭清との無作為比較試験の中間結果は、期待のもてる医療情報となりうるものと思われる。
4)化学療法
化学療法の有効性については、PS0-2の手術不能症例についての化学療法とbest supportive careとの比較試験により、化学療法群は有意に2?3倍の生存期間の延長が得られるというエビデンスが示された(エビデンスの質 Ⅰb 勧告の強さA)。
化学療法対化学療法の第Ⅲ相試験において明らかに生存期間の延長を示す報告は乏しく、推奨できるレジメンを特定は出来なかった。しかし、奏効率の高いレジメンはフッ化ピリミジンとcisplatinを含む併用療法に多く認められた。いずれの治療法も生存期間は約7ヶ月であり、今後新規抗がん剤導入による治療成績の向上が必要と考えられた。国内でのJCOG9205試験(5FU対5FU+CDDP対UFT+MMC)においても、5-FU単独の生存期間を他の治療法は上回ることができず、試験治療群の有用性は明らかでは無く、生存期間も約7ヶ月と海外試験と同等であった。
新規抗がん剤併用療法としてはCPT-11,TS-1,Taxol,Taxotereなどがある。これらの併用第I/Ⅱ相試験の結果、50%前後の比較的高い奏効率が報告され、今後第Ⅲ相試験の試験群として評価される候補治療法としてCPT-11+CDDP,TS-1+CDDP,CPT-11+TS-1,Taxane+CDDP,Taxne+5FU/TS-1などが期待されている。現在、国内第Ⅲ相試験として、JCOG9912(5FU対CPT-11+CDDP対TS-1)、企業市販後臨床試験TS-1対TS-1+CDDP、5FU/l-LV対TS-1の3本の大規模試験が症例登録中である。生存期間の延長に寄与でき、5FU単独を凌駕する新規標準治療の確立が望まれる。
5)クリニカルパス(CP)
胃癌CPの導入については、CP既導入485施設中で、胃癌CPの導入有り197施設(40.6%)、導入無し288施設(59.4%)で、総病床数(p = 0.0002)・外科病床数(p < 0.0001)ともに導入有り施設の方が導入無し施設よりも有意に多かった。胃癌CP採用施設における術式別のCPの種類を集計すると、幽門側胃切除190施設、胃全摘117施設、噴門側胃切除61施設、分節胃切除45施設、鏡視下胃癌切除51施設、その他9施設であった。胃癌CP導入後の状況について調査した。各項目でその中で最も多かった回答数は、入院期間は“短縮した"が122施設(71.3%)、1件あたりの診療点数は“減少した"が52施設(30.4%)、1日1ベッドあたりの診療点数は“増加した"が54施設(31.6%)、患者満足度は“向上した"が92施設(53.8%)、職員の負担は“軽減した"が92施設(53.8%)、合併症頻度は“不変"が135施設(78.9%)で、患者数は“不変"が122施設(71.3%)、医療の質は“向上した"が79施設(46.2%)であった。
以上、クリニカルパス適用169症例とクリニカルパス導入前の背景因子を揃えた117症例の比較において、在院日数は有意に減少しており、在院日数短縮におけるクリニカルパス導入の効用は明らかである。また、クリニカルパス導入により、在院日数の減少を反映して総医療費は減少傾向を示し、さらに一日平均医療費は有意に増加しており、クリニカルパス導入による経営効率の改善も明らかである。
結論
1)胃癌標準治療ガイドライン
胃癌治療ガイドラインは日常臨床の場において治療指針として活用されている事が判明した。技術的側面に依存することの多い手術、補助療法の海外のEvidenceを採用する際は独自の対応が必要である。
2)縮小手術
術前の厳密な深達度診断,リンパ節転移診断がなされればD1+No.7郭清は十分可能であると考えられる。SM癌に対するD1+No.7+8a+9郭清はまだ歴史が浅く,この妥当性は今後,長期成績で検証されるべきであるが,この郭清範囲は旧版でのD2郭清とほぼ同等であり,SM癌に対する郭清としては根治性を保った術式であるとも考えられる。腹腔鏡下胃切除術に関するレベルの高い文献6件中5件においては、低侵襲手術という観点から複数の因子の幾つかについて検討され、その低侵襲性が確認されていた。しかし術後成績へ及ぼす影響についての客観的検討は時期尚早である。胃切除範囲については、①口側断端距離が確保できる症例においては胃全摘術を行っても予後改善効果がみられないこと、②QOLに関しては幽門側胃切除術が優れていること、③以上のことに相反するデータを示す報告は見当たらない、ことがあきらかになった。
3)リンパ節郭清
日本人の特性に考慮した胃がんの診療情報としてのリンパ節郭清のEBMについては現時点では不明であるが、D2とD1との比較においては「リンパ節郭清を縮小することのメリット、医療情報を明らかにすることがより重要である。今後、術前の臨床進行度を加味したリンパ節郭清の意義とエビデンスを明確にする必要がある。
4)化学療法
最近の新規抗がん剤により切除不能進行・再発胃癌に対する抗がん剤治療は高い腫瘍縮小効果を示すことができるようになった。しかしながら、生存期間延長の検証を目的とした第Ⅲ相試験は未実施であり、有用性の評価は今後の研究課題である。
5)クリニカルパス
外科領域だけでなく胃癌外科治療においても予想以上のCPの普及が認められたが、胃癌CPの内容は施設間でかなり異なるものとなっていた。また、多くの施設でプラスの導入効果が認められた。

公開日・更新日

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