アルツハイマー型痴呆の診断・治療・ケアに関するガイドラインの作成(一般向)(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201337A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー型痴呆の診断・治療・ケアに関するガイドラインの作成(一般向)(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
本間 昭(東京都老人総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田子久夫(福島県立医大)
  • 中野正剛(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 浦上克哉(鳥取大学)
  • 繁田雅弘(東京慈恵会医大)
  • 天野直二(信州大学)
  • 長田久雄(桜美林大学)
  • 加瀬裕子(桜美林大)
  • 太田喜久子(慶応義塾大)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
19,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
痴呆に伴う様々な負担を軽減する上ため、および介護予防の観点からは、地域での痴呆の早期発見がきわめて重要になるが、2つの大きな阻害要因として、家族およびかかりつけ医の認識の不足が指摘されている。アルツハイマー型痴呆(AD) は高齢者にもっとも多い痴呆性疾患であるが、その診断・治療・ケアに関する専門家はきわめて乏しく、科学的見地に基づいた情報が容易に得られる手段が求められている。本研究では、文献等既存の医療情報を整理、評価し、日本人の特性に配慮しつつ、科学的な見地に基づく予防、診断、治療、リハビリ、看護、介護等の基本的かつ総合的なあり方を検討し、ADの診断・治療・ケアに関するガイドラインを作成する。期待される成果としては、地域での痴呆の早期発見・対応、あるいは痴呆性高齢者の特性を踏まえた適切なケアプランの作成に有用となる。
研究方法
リサーチクエスチョンを設定し、その内容に従って検索のためのキーワードを用いておよそ最近10年間、つまり1990年から2002年までの既存の文献をいくつかのデータベースから文献を収集した。集められた文献をEBMの手法に基づいて吟味し、選択したあと、ガイドライン作成のためにアブストラクトテーブルを作成し、文献のエビデンスレベル、臨床的有効性、臨床上の適用性(神経心理学的検査では国外では十分な妥当性・信頼性が確認されていても、わが国では結果が得られていないことが多い)などを勘案し、勧告を行った。後述するように、本研究では対象となる領域が広範となるため、①診断(診断手順の実際)、②画像所見・神経心理学的検査の有用性、③鑑別診断としての生物学的指標の有用性、④認知機能障害を対象とした薬物療法、⑤精神症状・行動障害を対象とした薬物療法、⑥非薬物療法的アプローチ、⑦ケアマネジメント、⑧看護の8領域を設定し、8人の分担研究者で各テーマを分担した。そのため、分担した領域によって、リサーチクエスチョン、キーワード、用いたデータベースなどが異なる結果となった。エビデンスレベルの分類は、レベルⅠ:システマテイックレビュー/メタアナリシス、レベルⅡ:1つ以上のランダム化比較試験、Ⅲ:非ランダム化比較試験、Ⅳ:分析疫学的研究(コホート研究や症例対照研究)、Ⅴ:記述研究(症例報告やケースシリーズ)、Ⅵ:患者データに基づかない専門委員会や専門家の意見の6段階とし、勧告の強さは、グレードA:行うよう強く勧められる、グレードB:行うよう勧められる、グレードC:行うよう勧められるだけの根拠がない、グレードD:行わないよう勧められるの4段階とした。
結果と考察
痴呆の診断はDSM-III-RとICD-10が有用であるが、使用頻度からDSM-III-Rが推奨される(グレードA)。痴呆の診断精度を高めるには、検査の種類を増やすことではなく、内容に応じた方法を作るべきである。アルツハイマー型痴呆の診断は、NINCDS-ADRDAが最も感度が高く、経験や集団による差が少なく使用が勧められる(グレードA)。痴呆の重症度の評価ではCDR、FAST、GDSのいずれも推奨される(グレードA)。画像所見の解釈を中心にした診断ガイドラインの作成では、画像診断では(1)脳形態画像、(2)脳機能画像に分けて行った。脳形態画像によるADの診断では、痴呆の存在が考えられる場合、まず全例にCTやMRIを用いて、脳内外の血管性および占拠性病変を除外する必要がある(グレードA)。CT、MRIによる脳萎縮の存在の確認はAD診断に有用であり、
海馬等の側頭葉内側部の容積測定はより正確に正常例との鑑別を可能とする(グレードB)。脳機能画像を用いた診断では、PET、SPECT等の脳機能画像は、ADに特徴的な血流や代謝の低下パターンを検出することが可能である(グレードA)。視察法による血流・代謝低下パターンの検出が困難な場合、脳機能画像統計解析を行うことで血流・代謝低下の存在を確認でき、有用である(グレードB)。以上より、画像診断はADの診断精度向上に有用である(グレードA)。痴呆のスクリーニング手段としての神経心理学的検査は、国外では多数示されているが、わが国で信頼性と妥当性が確認されているものに限ると日本語版MMSEと改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)があげられる(グレードA)。MCI のスクリーニングを目的とした神経心理学的検査で推奨できるものはなかった。ADを積極的に診断するための生物学的診断マーカーは、髄液中リン酸化タウ蛋白が、感度、特異度共に80%を越える結果を示しており、単独のマーカーとしては最も良いデータを示していた(グレードA)。血液と尿を用いた診断マーカーでは十分なエビデンスは得られていない。ADの認知機能障害に対する薬物療法のガイドラインでは、十分にエビデンスがあり実地臨床において推奨される薬剤はコリンエステラーゼ阻害薬であった(グレードA)。その他の薬剤について、実地臨床に推奨できるだけのエビデンスが得られなかった。痴呆に伴うagitationや幻覚や妄想などの精神病症状には非定型抗精神病薬のリスペリドンやオランザピンや従来の抗精神病薬のハロペリドールが有効であり、副作用の少ない非定型抗精神病薬が推奨される(グレードA)。痴呆に伴う抑うつ症状ではセロトニン再取り込み阻害剤や従来の三環系抗うつ薬が有効であるが、安全性からはSSRIの使用が推奨される(グレードB)。睡眠障害については二重盲検などの臨床試験は限られており、エビデンスは乏しいが、あえて推奨される薬物としては少量のゾルピデムがあげられる(グレードC)。せん妄についても臨床試験は乏しく、環境調整などの非薬物的治療が推奨され、薬物についてはエビデンスレベルが低いが、少量の抗精神病薬が一般に使用される(グレードC)。非薬物的治療では、「記憶の訓練、リハビリテーション」と「reality orientation therapy」がグレードA、「音楽療法および音楽の使用」と「認知的リハビリテーション、介入、マネジメント、訓練」がグレードB、「memory aids」、「reminiscence」、「動物介在療法」、「光療法」、「その他の非薬物療法等」がグレードCであった。今回の文献からは『行わないよう勧められる』と判断されたものは無かった。非薬物療法は多様であるが、厳密にアルツハイマー型痴呆の診断を行った対象に実施している研究や、十分なエビデンスの水準と結果の水準を伴う実証的研究が不十分であると考えられる。ケアマネジメントでは、介護保険制度を踏まえたわが国おける十分なエビデンスは示されていない。十分に高いエビデンスレベルではないが、国外の結果にわが国の実情を加味した一定以上のエビデンスが示され結果から結論として、ケアマネジメントは、行っただけでは、アルツハイマー型痴呆患者の在宅ケアの効果を高めることができないことが明らかになった。効率の面では、社会的ケア費用を抑制できる可能性が示唆されている。ケアマネジメントが効果的効率的に行われるためには、AD患者の生活全般に渡るマネジメントについて配慮する必要がある。看護ガイドラインの作成では、必ずしも十分なレベルのエビデンスが示されていないため、レベルを問わずに結果をまとめると、身体拘束のない小規模ユニットは痴呆性高齢者の行動障害を予防,緩和する、スタッフへの教育は行動障害への対応に役立つ、行動障害への具体的ケア方法としては、ハンドマッサージとセラピュテイック・タッチに効果がみられた、尿失禁に対しては,原因を明らかにした上で、定期的な排泄の誘導と迅速な対応に効果がある、良好な睡眠を得るために日中の活動性の保持や日光浴が望ましい、自立度はケア提供者のかかわり方により影響される、骨折後も積極
的なリハビリテーションを行うことが身体的回復をもたらし、精神状態の低下を防ぐ、などであった。痴呆性高齢者の言動の意味を探るいくつかの試みがなされ、痴呆性高齢者を理解する糸口が示された。終末期におけるホスピスケアでは、快適さ,生活の質,尊厳、家族のサポート、スタッフへのサポートが重要であることが示され、痛みは痴呆性高齢者の動作の変化から読み取ることが求められた。
結論
アルツハイマー型痴呆の診断と薬物治療では一定以上の水準のエビデンスが蓄積されていた。一部の治療では、わが国ではまだ適応が取得されていない薬物の有用性が示された。しかし、非薬物療法とケアマネジメントおよび看護では、いずれの領域でも必ずしも十分なエビデンスは得られなかった。

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