看護業務改善による事故防止に関する学際的研究―エラー防止および医療チーム研修の導入の効果(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201325A
報告書区分
総括
研究課題名
看護業務改善による事故防止に関する学際的研究―エラー防止および医療チーム研修の導入の効果(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
松尾 太加志(北九州市立大学文学部)
研究分担者(所属機関)
  • 島田康弘(名古屋大学大学院医学研究科)
  • 垣本由紀子(実践女子大学生活科学部)
  • 嶋森好子(京都大学医学部附属病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、医療事故の大きな要因として医療従事者のコミュニケーションの困難さをとりあげた。医療現場では、医療スタッフ間だけではなく、機器操作という機器とのコミュニケーションも含めて、コミュニケーション課題をこなすことが課せられている。医療スタッフとのコミュニケーションにおいては、情報の誤伝達だけではなく、スタッフ間の社会的関係によってコミュニケーションそのものが取り難くなっている。また、機器とのコミュニケーションに関しては、操作ミスよりもインタフェースの設計のまずさに起因することが大きいと考えられる。そこで、本研究では、このようなコミュニケーションの困難さがもたらす事故を明らかにするとともに、医療スタッフ間のコミュニケーションの実態や機器とのコミュニケーションを、社会心理学的に、あるいは、ヒューマンファクター工学的にとらえ、分析を行う。そして、医療スタッフのコミュニケーションのスキル向上研修を行い、その効果を測定する。このようなコミュニケーションに関する包括的な研究によって、事故防止のためのコミュニケーションのあり方を検討する。
研究方法
次のA~Dの4グループにより以下の方法によって研究を行った。
A.医療チームのエラーに関連するコミュニケーションの実態調査。看護師の間でのフォーマルなコミュニケーションとインフォーマルなコミュニケーションのあり方を観察により検討した。日勤から準夜勤への、そして夜勤から日勤への申送りに注目して、そこでいかなる情報の伝達がなされているかを検討した。
B.医療機器のユーザビリティに関する研究。重大な事故につながりかねない人工呼吸器をとりあげ、ヒューマンファクター工学をベースに分析調査・検討した。人工呼吸器の安全性について、事例による実態についての遡及的解析を行い、さらに、人工呼吸器の操作過程で想定される欠陥事象(ないしはリスク事象)を洗い出し、システム全体への影響を帰納的に解析する危険度評価の試みを行った。危険度評価は、FMEAの手法を人工呼吸器の操作への適用について可能性を検討し、人工呼吸器を介した人-機器-人とのインタフェースに潜むリスクを解析した。
C. コミュニケーションエラーによる事故事例の収集分析。事例を分析することによって、その背景要因から事故の防止対策を明らかにすることが目的である。2001年度の研究により明らかになった背景要因に検討を加え、エラー発生の具体的な状況を示す項目を挙げたフォーマットを作成した。このフォーマットを用いて、コミュニケーションエラーの事例を収集・分析し、コミュニケーションエラーが発生する要因として最も多い、医療従事者間のコミュニケーションエラーの防止対策について検討した。
D.コミュニケーション・スキル研修の効果の研究。医療事故に対する組織的視点と情報伝達の心理学的視点についての講義形式の研修とアサーションに関するロールプレイを中心とした研修プログラムを開発し、協力病院において実施した。研修のねらいが果たされたどうかについて、情報の共有の重要性、医療事故に対する組織的な見方、エラーに対するアサーティブな指摘の観点から、研修前後の質問紙によって研修の効果を統制群と比較することによって検討した。また、上記の研究を補完するために、エラータイプ自己診断テスト作成、理学療法場面でのコミュニケーションエラー要因の調査、事故防止の外的手がかりについての実験を行った。
結果と考察
次のA~Dの各グループにより、以下のような成果を得た。
A.医療チームのエラーに関連するコミュニケーションの実態調査。申し送りの観察の結果、フォーマルな情報共有化は、それを周辺から支えるインフォーマルな情報伝達モードにより補完され、より良く機能していた。しかし、インフォーマルな情報は聴覚情報に依存しており常に機能するわけではなく、フォーマルなモードとして情報を共有することが必要である。フォーマルなモードは、ただ体裁をなしているだけでは不十分で、それが情報共有の媒体であることがフォーマルに決められておく必要がある。
B.医療機器のユーザビリティに関する研究。事故事例には、表示の読み違えや設定値の間違いは報告されなかったが、表示に関しては人間工学的には改善すべきところはある。事例として最も多かったのは、チューブのはずれで、アラームが鳴ってもスタッフが気づかないところに問題があった。そのため、担当看護師の携帯電話などとハード的にアラームを連動するなどの改善が必要である。FMEA分析においては、操作の過程が不適切な場合の91%が重篤な結果となる可能性があることがわかり、誤設定などを機器自身のほうで検知する術がないこと(フェイルセーフの欠如)が問題であった。また、人工呼吸器の表示の配置や操作方法がメーカーごとで異なっており、エラーを誘発しやすい。整合性を図ることや、現場担当者の作業が電源入力と患者へのチューブ挿入のみで済むような設計にすることも必要だと考えられ、機器改善のためには、医療現場のニーズを商品化するような医療と工学の連携が必要である。また、機器だけの問題ではなく、意思確認のコミュニケーション欠如、チェックリストの未整備、安全人間工学の教育不足などが指摘される。
C.コミュニケーションエラーによる事故事例の収集分析。コミュニケーションエラーは、医療従事者間の情報伝達の不備が最も多く、その背景要因としては、夜勤体制、教育・指導、手順・習慣、風土・文化、人間特性に関する要因が影響していた。手順、ルール、業務分担が不明確で、看護業務が暗黙の了解のうちに進められ、それが習慣的に行われている。したがって、業務改善として、コミュニケーションを必要最低限にする、曖昧な業務を行わない、ルールを明確にする、思い込みが生じにくい環境を整備することなどが必要である。
D.コミュニケーション・スキル研修の効果の研究。エラーの指摘、組織としての視点、情報の共有について、質問紙上で効果がみられた以上に、インシデントの報告が増えたなどの現場での意識改善がみられた。一方で、その効果は、病院の特徴や病院の医療事故に対する取り組みによって左右されることがわかった。とくに、病院全体として医療事故に取り組みがみられるかどうかが重要であり、各病院の実態にあった研修の必要性が明らかになった。
結論
医療は、スタッフ、患者、機器を含めたチームとしてのコラボレーションである。そのため、情報の伝達は非常に重要であるが、その情報伝達が不完全であると、かえってエラーを招く。インフォーマルなコミュニケーションで業務が成り立っていたり、機器のインタフェースに問題があったり、コミュニケーションの手順が不完全なままであると、コミュニケーションエラーが生じてしまう。むしろ、人間が関わるコミュニケーションはエラーを誘発しやすいため、そのコミュニケーションの機会を減らす工夫も必要である。さらに、コミュニケーションに対する取り組みは、個人ではなく、病院全体で行うことが必要であり、電子化された情報共有システムも取り組んだ全体的なコラボレーションとして機能する必要がある。

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