多施設共同研究:新しい診断亜分類に基づく日本人1型糖尿病診療ガイドラインの作成に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201293A
報告書区分
総括
研究課題名
多施設共同研究:新しい診断亜分類に基づく日本人1型糖尿病診療ガイドラインの作成に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
花房 俊昭(大阪医科大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 牧野英一(愛媛大学医学部)
  • 今川彰久(大阪大学医学部附属病院)
  • 内潟安子(東京女子医科大学糖尿病センター)
  • 金塚 東(加曽利病院糖尿病センター)
  • 川崎英二(長崎大学医学部附属病院)
  • 小林哲郎(山梨大学医学部)
  • 島田 朗(慶應義塾大学医学部)
  • 清水一紀(愛媛県立中央病院)
  • 豊田哲也(久留米大学医学部)
  • 丸山太郎(埼玉社会保険病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Imagawaらは、自己抗体が陰性の、すなわち特発性1型糖尿病に属する一亜型として、「非自己免疫性劇症1型糖尿病」の存在を提唱した。今回、本研究班において、劇症1型糖尿病の特徴をさらに明らかにし、日本人1型糖尿病の診断亜分類を確立するとともに、診療ガイドラインを作成することを目的に、多施設共同研究を行うことになった。
ここでは、第一報として疫学調査を中心に報告する。
研究方法
本研究班では、劇症1型糖尿病のスクリーニング基準を設定した。スクリーニング基準は日本糖尿病学会誌「糖尿病」および日本糖尿病学会ホームページに掲載、また全評議員に郵送し、スクリーニング基準を満たす患者を募集した。回答のあった施設に対してはアンケート用紙を郵送し、詳細な病歴、検査結果などを記入していただいた。返送されたアンケートについては、委員会にて1例ずつ、スクリーニング基準に適合するかどうか判定した。
このアンケートとは別に、劇症1型糖尿病の発症頻度を明らかにするため、本研究班班員の所属施設およびその関連施設においては、過去10年間に発症したすべての急性発症1型糖尿病症例について検討した。
結果と考察
本研究班班員の施設においては、「急性発症1型糖尿病患者」の診断基準を満たす患者222名(うち男性102名、女性120名)を確認した。このうち、43名(うち男性27名、女性16名)が劇症1型糖尿病のスクリーニング基準を満たした。したがって、劇症1型糖尿病の発症頻度は急性発症1型糖尿病のうちの約20% (19.3%)であることが明らかになった。
上記43名に加えて、本研究班班員の施設以外から回答が寄せられた患者について検討したところ、118名の患者が劇症1型糖尿病のスクリーニング基準を満たすことが明らかになった。すなわち、合計161名の患者が劇症1型糖尿病であると診断された。
161名の患者は北海道から九州まで全国的に分布しており、人口の密集している地域に多く認めたが、特定の地域に多く分布していることはなかった。
発症月別に検討すると、5月の発症者が最も多く(20人)、他の月は6人から13人で、特定の季節に多く発症しているわけではなかった。
また、劇症1型糖尿病患者161名の男女比は、男性83名、女性78名とほぼ男女同数であった。また、発症年齢は男性が42.8±14.8歳、女性が35.1±15.8歳であった(平均±SD)。このうち、14名(男性3名、女性11名)が20歳未満の患者であったが、他の患者はすべて成人であった。
以下、全国から収集した劇症1型糖尿病患者161名のデータと本研究班班員の施設で収集した急性発症1型糖尿病患者のうち、少なくとも1つの自己抗体が陽性である患者(以後、自己免疫性1型糖尿病患者)137名のデータを比較検討した結果を示す。
劇症1型糖尿病の前駆症状として最も多く認めたのは、口渇であり、93.7%の患者で認められた。しかし、この割合は自己免疫性1型糖尿病患者においても93.3%とほぼ同様の頻度で認められた。これに対し、感冒様症状は、劇症1型患者では、71.7%において認めたのに対し、自己免疫性1型糖尿病患者では26.9%のみに認められ、劇症1型糖尿病に特徴的であると考えられた。劇症1型糖尿病における感冒様症状の内訳は、発熱が60.0%、咽頭痛が25.2%、咳が12.0%の順であった。次に、腹部症状も劇症1型糖尿病では72.5%に随伴していたのに対し、自己免疫性1型糖尿病では7.5%にのみ認め、劇症1型糖尿病に特徴的であった。劇症1型糖尿病における腹部症状の内訳は、嘔気・嘔吐が65.4%と最も多く、次いで上腹部痛(39.2%)、下腹部痛(11.0%)の順であった。また、意識障害は劇症1型糖尿病では45.2%に認めたのに対し、自己免疫性1型糖尿病では5.3%にすぎなかった。
口渇、多飲といった高血糖症状に限ると、症状出現から糖尿病と診断されるまでの期間は平均4.4±3.1日(平均±SD)であった。
次に、妊娠に合併して発症する1型糖尿病について検討した。13歳から49歳までの女性を妊娠可能な女性として考えた場合、劇症1型糖尿病患者62名がこの範囲に属し、自己免疫性1型糖尿病患者68名がこの範囲に属していた。このうち、劇症1型糖尿病においては21.0%(x名)が妊娠中あるいは出産後2週間以内であったのに対し、自己免疫性1型糖尿病では1.5%(1名)のみが妊娠中の患者であった。すなわち、妊娠中に発症する1型糖尿病はほとんど劇症1型糖尿病のスクリーニング基準を満たす症例であったことになる。また、これらの劇症1型糖尿病患者の発症時期を妊娠週数で示すと19週、22週、26週、29週、30週、30週、31週、35週、36週、36週、(分娩後)2週、(分娩後)2週と妊娠第3期に集中していた。
このほか、劇症1型糖尿病においては、他の自己免疫疾患を合併した症例は9.6%であった。
初診時の血糖値は劇症1型糖尿病で800±360mg/dlであり、自己免疫性1型糖尿病の434±213mg/dlに比べ著しい高値を示した。これに対し、HbA1c値は劇症1型糖尿病で6.4±0.9%であり、自己免疫性1型糖尿病の12.2±2.2% に比べ有意に低値であった。このことは、劇症1型糖尿病における急激な血糖上昇を示唆する所見と考えられた。また、一日尿中Cペプチド排泄量、空腹時血中Cペプチド値は、劇症1型糖尿病でそれぞれ4.3±4.0_g、0.3±0.2ng/mlであり、自己免疫性1型糖尿病の21.0±14.8_g、0.7±0.4ng/mlに比べ有意に低値を示し、発症時にすでに内因性インスリン分泌能が枯渇していることを示していた。動脈血pHは劇症1型糖尿病において7.13±0.16、自己免疫性1型糖尿病において7.31±0.12と、前者では強い代謝異常を認めた。
血中膵外分泌酵素の上昇は、劇症1型糖尿病の特徴であると報告されている。今回の症例において血中アミラーゼ、リパーゼについて検討したところ、異常値を認めた症例は劇症1型糖尿病では128名中98名(アミラーゼ)、59名中50名(リパーゼ)であったのに対し、自己免疫性1型糖尿病では92名中11名(アミラーゼ)、43名中5名(リパーゼ)であった。
次に、1型糖尿病との関連が報告されている血中自己抗のうち、GAD抗体、IA-2(ICA512)抗体について検討した。前者は少数例を除いては市販のRIA法によるキット(リップヘキストGADあるいはGADAbコスミック)、後者も少数例を除いては市販のRIA法よるキット(コスミック)を用いて測定されていた。GAD抗体は、劇症1型糖尿病において、それぞれ145名中7名(4.8%)、43名中0名(0%)が陽性であり、自己免疫性1型糖尿病においてはそれぞれ、128名中114名(89.1%)、55名中31名(56.4%)が陽性であった。劇症1型糖尿病患者のうちGAD抗体が陽性であった7名の抗体価は3.6U/ml、5.6U/ml、10.4U/ml(以上cut-off値1.5U/ml)、12U/ml、20U/ml、47U/ml(以上cut-off 値4U/ml)といずれも低抗体価であった(残りの1例は委員会委員の施設における自験)。今回の劇症1型糖尿病のスクリーニング基準では、自己抗体について特に制限を設けず検討したが、自己抗体陽性率は低く、また陽性患者の抗体価も低いことが明らかになった。
次に、抗甲状腺サイログロブリン抗体、マイクロゾーム抗体は、劇症1型糖尿病において68名中5名(7.3%)と64名中6名(9.4%)が陽性であり、77名中13名(16.9%)と88名中24名(27.3%)が陽性であった自己免疫性1型糖尿病と比べて、陽性率は低かった。
予後については、劇症1型糖尿病患者のうち、急性期に死亡したのは1名であり、他に1名の患者が心肺停止に陥ったが回復した。他の患者は急性期の代謝異常から回復した。発症後6ヶ月、12ヶ月において、劇症1型糖尿病患者と自己免疫性1型糖尿病患者のHbA1c値には差はなかったが、インスリン投与量は劇症1型糖尿病患者で有意に高値を示した。また、インスリン投与が不要になる期間、いわゆる"honeymoon period"が存在した劇症1型糖尿病の症例は報告されなかった。
結論
本研究班は、全国の糖尿病学会員の協力を得て、劇症1型糖尿病の疫学的な特徴を明らかにした。劇症1型糖尿病は、日本人1型糖尿病のうち急性発症の形式を示す患者の約20%をしめる主要な亜型の1つであると考えられた。

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