病院における医療安全と信頼構築に関する研究

文献情報

文献番号
200201272A
報告書区分
総括
研究課題名
病院における医療安全と信頼構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
川村 治子(杏林大学保健学部)
研究分担者(所属機関)
  • 原田悦子(法政大学社会学部)
  • 山本正博(横浜市立脳血管医療センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
4研究からなる。
1.看護基礎教育における医療安全教育のあり方に関する研究:卒後2年以内のヒヤリ・ハット事例の分析から卒前教育における有効な事故防止教育あり方を検討した。
2.医療への信頼構築に関する研究:患者はなぜ不満・不信を感じるのか、また、健康・疾病に関してどのような不安や疑問を抱くのかを電話相談事例から具体的に抽出し、医療への不満・不信の構造と相談サービスに求められる疾病・健康関連情報を明らかにした。
3.定量的転倒・転落危険度評価スケール作成の試み:脳血管障害患者における転倒・転落の危険性を定量的に評価する転倒・転落危険度評価スケールの作成を試みた。
4.発生時間・曜日別生起頻度から見たヒヤリ・ハット事例の分類―全般コード化情報に基づく分析事例研究:医療安全対策ネットワーク整備事業によって収集されたヒヤリ・ハット事例の全般コード化情報を事故発生状況が把握し易い形で情報収集するために、発生時期の類似性に基づく情報の構造的分析を試みた。
研究方法
B.研究対象と方法=
1.看護基礎教育における医療安全教育のあり方に関する研究:注射、輸血、チューブ類の管理のエラー発生要因マップから卒後2年以内の事例を抽出し、エラー内容と特性を分析し、教えるべき知識や技術を明確にした。一方、39校の医療安全教育の現状を調査した。これらの結果から有効な医療安全教育の授業案を総論・各論で作成し、独立科目による医療安全教育のカリキュラムを構築した。
2.医療への信頼構築に関する研究:COML(コムル)の2年間の電話相談5,400事例のうち、医療機関への不満事例3,218事例から、具体的な不満の内容を医療、コミュケーション、金銭、看護の4カテゴリーに分けて抽出し、医療への不満・不信の構造を明らかにした。一方、不満事例を除く健康・疾病等に関する相談2,133事例から何に不安に感じ、どのような情報を求めるかをカテゴリー別に抽出した。
3.定量的転倒・転落危険度評価スケール作成の試み:脳血管障害の診療、看護にあたる医師、看護師へのアンケート調査をもとに、危険度評価項目を8項目選定し、各評価項目の仮評価表を作成し、信頼度の検討を行った。さらに、Conjoint分析手法を用いて各評価項目の相対的重要度と各評価項目の評点を算出し、評価項目の重み付けを行った。
4.発生時間・曜日別生起頻度から見たヒヤリ・ハット事例の分類―全般コード化情報に基づく分析事例研究:22,734事例を対象として,内容分類の各下位項目について曜日(7)×時間帯(12)の84の時間枠ごとに生起頻度を集計した.各曜日・各時間帯のインシデント生起頻度について因子分析を行い,抽出因子について,各曜日・各時間帯の因子得点を算出した.その上で,曜日が週日(月~金)か週末(土日)か,また発生時間帯(12)によって,各インシデント因子の発生に差があるか否かを分散分析により検討した。
結果と考察
C.研究結果と考察=
1.看護基礎教育における医療安全教育のあり方に関する研究
1)新人看護師のエラー内容と特性からみた医療安全教育のあり方
注射業務プロセスにおけるエラー防止教育上重要な知識・技術として、①医師の指示受けでは、指示を正しく読み取れ、わからないことをわからないと認識でき、口頭指示を適正に受けられること ②注射準備では、薬剤のラベルの意味の理解、mgとmlの認識、多様な薬剤単位の認識と薬剤量の換算、1Aと1Vの概念が理解できること、病棟保管薬と救急薬、インスリン知識と1患者単位の混注作業動作が修得されていること ③実施では、投与方法・速度上危険な薬剤の知識と投与ルートの確認、輸液ポンプ、三方活栓の操作が習得されていること ④点滴中の観察や管理では、適切な速度調節、漏れに対する知識や対応が修得されていることが重要と思われた。
新人の注射エラー特性としては知識・経験不足のために短絡的な思い込みを生じやすいこと、不慣れな技術への不安はきわめて大であるが、逆に扱う薬剤への不安は少ないことである。このことは技術不安が減少した時、薬剤の危険性を認識せず、大胆に実施し事故に発展する可能性がうかがわれ、薬剤の危険性の知識修得はきわめて重要と思われた。
2)看護基礎教育における医療安全教育の現状
看護の教育機関39校においてカリキュラムとして『医療安全教育』の実施率は約6割で、独立科目としての実施は5%であった。多くの教育機関が1、2学年の「基礎看護」で授業を行い、静脈注射や輸液、血液に関しては留意点を述べるにとどまっていた。
3)看護基礎教育における医療安全教育の指導案とカリキュラム構築の検討
総勢約20名の研究協力者で医療安全教育の授業案、カリキュラム案が検討された。内容は総論として、認知心理学からヒューマンエラーの理解、社会事故事例などから背景の危険要因を想像する訓練、業務上のリスクを結果の重大性から考える教育などで、各論は上記で明らかになった知識・技術、判断力を養成する演習の指導案が検討された。都立看護学校メンバーにより3年後期の独立科目としての医療安全カリキュラム案が検討された。
2.医療への信頼構築に関する研究
1)医療に対する不満・不信の発生構造:医療への不満のコアである診療へのそれは、①期待に反する悪い結果(期待との落差)②臨床経過で予測しない事象の発生(予測の超越)③患者のニーズへの適時対応の不良(適時対応の不良)④根拠の乏しい判断(妥当性への疑念)⑤一貫性や統一性がない診断や治療方針(一貫性の欠如)⑥医師の経験・技術の未熟での苦痛や失敗(経験・技術の未熟)⑧患者の意向の無視(患者の不尊重)の7点が重要な要因と思われた。医師の態度では、非共感的、不熱心、患者の不尊重、説明不足が、また、金銭上では根拠のあいまいな差額ベッド料が不満の大きな要因となっていた。
2)相談サービスに求められる疾病、健康関連の情報:求められた情報の内容別割合は、疾患、病名、症状(27%)、治療(薬剤、手術等)(15%)、受診科、病院選択(13%)、医療ミスの諸問題(9%)、医療費、金銭(11%)、医療、福祉制度(2%)、自助グループ(3%)で、それぞれの具体的な内容を明らかにした。
3.定量的転倒・転落危険度評価スケール作成の試み(分担研究者:山本正博):脳血管障害患者の転倒危険度評価項目を8項目選定し信頼度の検討を行った。Conjoint分析の手法を用いて各評価項目の相対的重要度と各評価項目の評点を算出し、評価項目の重み付けを行った。スケールの評価者間信頼度、および再試験法による信頼度は良好であった。
4.発生時間・曜日別生起頻度から見たヒヤリ・ハット事例の分類:全般コード化情報に基づく分析事例研究(分担研究者 原田悦子):発生時の頻度パターンから発生要因・発生メカニズムによるインシデントの分類が可能であることが示唆され,同時にインシデント内容のコード分類に対していくつかの改善可能性が示唆された。
結論
卒前の看護基礎教育では、実務に照らした危険と危険行為の根拠・理由、判断力を養成するための独立科目としての医療安全教育が必要と思われた。
医療への不満・不信の構造、求められる情報ニーズを知ることは、都道府県に設置される医療安全相談センターの相談対応者の教育等に反映されることによって、相談サービスの質向上に貢献すると思われた。
定量的転倒・転落危険度評価スケールは、容易に客観的に評価できる定量化スケールとして、転倒転落事故防止のための患者のリスク評価手法となりうる可能性が示唆された。
全般コード化情報は、表面的なインシデントの類似性よりもむしろ,発生のメカニズムあるいは発生要因に焦点を当てた分類・分析を行っていく必要があり、情報の収集方法や分析方法の改善が示唆された。

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