文献情報
文献番号
200201247A
報告書区分
総括
研究課題名
家族心理教育の医療経済学的評価
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
三野 善央(大阪府立大学)
研究分担者(所属機関)
- 井上新平(高知医科大学)
- 黒田研二(大阪府立大学)
- 下寺信次(高知医科大学)
- 大島巌(東京大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
現在、精神疾患の経過と家族環境との関係、家族のケアの質の重要性が指摘されている。そうした中で、多くの精神疾患に関する家族心理教育が行われている。研究目的は、そうした家族心理教育を医療経済学的に評価することである。具体的には、①統合失調症家族心理教育の医療コストを評価すること、②気分障害者での家族の感情表出と医療コストの関係を検討すること、③痴呆性疾患と家族に関わる医療経済学的検討を行うこと、④家族心理教育の実施状況を明らかにすることなどを研究目的とした。
研究方法
①研究対象は再発リスクの大きい高EEの家族と共に生活する統合失調症患者とした。心理教育群は家族が心理教育および集中的家族セッションを受けた者および心理教育とその後のサポートを受けた者、合計30名とし、比較対照群としては過去の著者らのコホート研究での高EE群を選んだ。比較対照群では家族に対する特別なアプローチは行われなかった。これら対象者の退院後9カ月間の医療コストを比較検討した。対象者の退院後9カ月間の毎月の外来医療コストを算出し、再入院があった場合には追跡期間中の在院日数および入院医療コストを算出した。このとき身体疾患に関する医療コストは除外した。外来医療コスト、追跡期間中の在院期間、および入院医療コスト、合計医療コストの平均値を、心理教育群と比較対照群との間でt検定を用いて比較した。また、合計医療コストの分布を考慮して、全対象者の合計医療コストの中央値で二分し、中央値以上の医療コストが必要だった患者の割合をカイ二乗検定を用いて比較した。
②大うつ病または双極性感情障害を対象疾患とした。高EEの判定は批判的なコメントが3つ以上ある場合か情緒的巻き込まれすぎが3点以上ある場合とした。情緒的巻き込まれ過ぎ3点以上とは、一般的にも極端である印象を受ける場合であり、判定のマニュアルに従い資格をもった判定員が判定を行った。家族員の中に1名でもEEが高い家族がいる場合は、その世帯は高EE家族と判定されるため、可能な限り家族全員を対象としてEE面接を行った。入院医療費の算出は、土佐病院と高知医科大学神経精神科の入院コストを平均して1日あたりの入院費を13000円とした。外来医療費も同様にして一回の医療費を5200円とした。患者の外来診察は、EEに関する情報を持たない精神科医が担当した。入院中に調整がなされた抗うつ薬を主体とした薬物療法と適切な精神療法がすべての患者に行われた。
③National Library of Medicine のPubMedによって論文検索を行った。キーワードにdementiaとexpressed emotionを入れて検索したところ13編の論文が選択された。このうち家族の感情表出に関して痴呆症を対象に行われたオリジナルのEE研究は6編であった。これにexpressed emotionのみをキーワードに入れて検索した際に見出された論文1編(organic psychosesの再入院の要因を調べた研究)を加え、7編について考察を加えた。発表時期1987年11月から2002年5月までの論文である。なお、下寺、三野ら(1998)が、すでに「老人精神疾患と家族の感情表出」という総説論文をまとめており、そこでは1996年までのオリジナル研究がレビューされている。今回対象とした7編の研究には、EEの評価方法としてCamberwell Family Interview(CFI)の原法と短縮版、Five Minutes Speech Sample(FMSS)が含まれていた。EEの評価方法(CFIの原法と短縮版、FMSS 、高EE・低EEの区分の仕方など)については下寺らの総説に詳しく述べられている。
④家族心理教育のニーズ量に関する分析には、全国規模で精神障害者の実態を明らかにする資料として平成11年度厚生労働省患者調査と、全国都道府県で行われている精神障害者の保健福祉ニーズ調査を用いた。また、医療機関で行われている家族心理教育の現状については、精神障害者社会復帰促進センターが行った「医療機関における心理教育実態把握調査」を用いた。また、家族心理教育の費用計算のために、国税庁の平成12年民間給与実態調査を使用した。
②大うつ病または双極性感情障害を対象疾患とした。高EEの判定は批判的なコメントが3つ以上ある場合か情緒的巻き込まれすぎが3点以上ある場合とした。情緒的巻き込まれ過ぎ3点以上とは、一般的にも極端である印象を受ける場合であり、判定のマニュアルに従い資格をもった判定員が判定を行った。家族員の中に1名でもEEが高い家族がいる場合は、その世帯は高EE家族と判定されるため、可能な限り家族全員を対象としてEE面接を行った。入院医療費の算出は、土佐病院と高知医科大学神経精神科の入院コストを平均して1日あたりの入院費を13000円とした。外来医療費も同様にして一回の医療費を5200円とした。患者の外来診察は、EEに関する情報を持たない精神科医が担当した。入院中に調整がなされた抗うつ薬を主体とした薬物療法と適切な精神療法がすべての患者に行われた。
③National Library of Medicine のPubMedによって論文検索を行った。キーワードにdementiaとexpressed emotionを入れて検索したところ13編の論文が選択された。このうち家族の感情表出に関して痴呆症を対象に行われたオリジナルのEE研究は6編であった。これにexpressed emotionのみをキーワードに入れて検索した際に見出された論文1編(organic psychosesの再入院の要因を調べた研究)を加え、7編について考察を加えた。発表時期1987年11月から2002年5月までの論文である。なお、下寺、三野ら(1998)が、すでに「老人精神疾患と家族の感情表出」という総説論文をまとめており、そこでは1996年までのオリジナル研究がレビューされている。今回対象とした7編の研究には、EEの評価方法としてCamberwell Family Interview(CFI)の原法と短縮版、Five Minutes Speech Sample(FMSS)が含まれていた。EEの評価方法(CFIの原法と短縮版、FMSS 、高EE・低EEの区分の仕方など)については下寺らの総説に詳しく述べられている。
④家族心理教育のニーズ量に関する分析には、全国規模で精神障害者の実態を明らかにする資料として平成11年度厚生労働省患者調査と、全国都道府県で行われている精神障害者の保健福祉ニーズ調査を用いた。また、医療機関で行われている家族心理教育の現状については、精神障害者社会復帰促進センターが行った「医療機関における心理教育実態把握調査」を用いた。また、家族心理教育の費用計算のために、国税庁の平成12年民間給与実態調査を使用した。
結果と考察
①研究対象は再発リスクの大きい高EE(expressed emotion)の家族と共に生活する統合失調症患者とし、家族心理教育の医療経済学的評価を行った。心理教育群は家族が心理教育および集中的家族セッションを受けた者および心理教育とその後のサポートを受けた者、合計30名とし、比較対照群としては過去の著者らのコホート研究での高EE群を選んだ。その結果、入院医療コストを比較すると、心理教育群の平均値は27万円で、対照群の47万円よりも小さくなっていたが、その差は有意なレベルには達しなかった。心理教育群の合計コストは平均50万円で、対照群の71万円よりも小さくなっていたが、やはり有意な差は認められなかった。中央値以上の合計医療コストの割合は心理教育群では23%であったが、対照群では54%であり、有意差が認められた。家族心理教育の再入院予防効果によって、心理教育群の医療コストは対照群と比較して軽減されると結論した。統合失調症に関わる家族心理教育はいまだ保険診療点数化されていない。そのため医療機関における家族心理教育の実施割合は比較的低い状態である。一方、家族心理教育の統合失調症再発予防効果、再入院予防効果は臨床疫学的に明らかにされていた。今回、家族心理教育により一人当たりの医療コストが約20万円節減できることが明らかになったことから、家族心理教育の保険診療点数化のための具体的根拠を提供できた。すなわち、家族心理教育を20万以内に設定すれば、全体としての医療費は節減できるのである。本研究は、初めてこうした効率的なサービス提供の根拠を示し得た。また、本研究を含む統合失調症とEEに関する研究は、臨床疫学的方法論、医療経済学的アプローチを用いて統合失調症へのサービスのあり方を科学的に示すことができた。
②気分障害患者の家族のEEを測定し、退院後9カ月間の医療費を比較検討した。研究対象は36名の気分障害患者とその家族で、7名が高EE、残り29名が低EEと評価された。退院後9カ月間の一人当たりの平均医療費は、高EE群351742円、低EE群152324円であった。したがって家族の高EEの問題を解決すれば、一人当たり医療費を20万円節約できることになる。家族心理教育を広く展開することによって医療コストを削減できるであろうと結論した。気分障害の家族心理教育は国際的に見ても始まったばかりであるが、これについても大きな経済的効果をあげることが可能と考えられる。すなわち高EEの家族を抱える気分障害患者の医療費は、低EEの家族と生活する患者よりもはるかに多大な医療費を要していた。したがってEEの問題を解決したならば、医療費を安価にすることが可能である。それにより資源のより効率的な配分、活用が可能となる。本研究はこうした戦略の基礎的なエビデンスを示した。しかしながら、これについては統合失調症で行われたと同様の介入研究によって、再発予防効果、医療経済学的評価が必要であり、それらは次年度以降の本研究によって行いたい。
③ 痴呆性疾患では、家族が示すEEは、患者と家族の関係の質を表すひとつの指標であり、痴呆症の家族にみられる高EEは、介護にともなう自覚的負担感の強さや、患者と家族の間の親密さが希薄であることと関連している。また、ソーシャルサポートが希薄な場合に高EEはもたらされやすく、高EEには、その家族自身の心理的健康度やストレスへの対処の仕方が反映されている。したがって、何らかの介入によって痴呆症の家族の高いEEレベルを低下させることができれば、それは介護者の心理的健康度を改善することを意味すると考えられた。そのための介入方法の開発およびその効果の測定は今後の研究課題である。次年度以降にこうした医療経済学的評価を行いたい。
④家族ケアが期待される通院者で「家族同居者」、入院者で「家族のいる自宅」へ退院するのが望ましいと専門職に判断されたものを合計した割合は、10歳代・20歳代が88%、30歳代が77%、40歳代63%、50歳代44%、60歳以上34%であった。この割合を全国の「精神分裂病、分裂病型障害及び妄想性障害(F2)」を持つ人の分布に適用すると、重い障害を持つ人の中では全国の37.3万人が家族心理教育のニーズを持つと推計された。家族心理教育の年間実施回数(全体平均で10回)、1回当り時間数(同2.2時間)、参加者数(同18.7人)、参加スタッフ数(同6.7人)を算出した。参加職種としては医師と看護師、ソーシャルワーカーがいずれも90%前後を占めていた。チームの医師数を1名とすると、月の人件費費用は69千円と推計された。さらに全国的展開のための条件を明らかにする予定である。
②気分障害患者の家族のEEを測定し、退院後9カ月間の医療費を比較検討した。研究対象は36名の気分障害患者とその家族で、7名が高EE、残り29名が低EEと評価された。退院後9カ月間の一人当たりの平均医療費は、高EE群351742円、低EE群152324円であった。したがって家族の高EEの問題を解決すれば、一人当たり医療費を20万円節約できることになる。家族心理教育を広く展開することによって医療コストを削減できるであろうと結論した。気分障害の家族心理教育は国際的に見ても始まったばかりであるが、これについても大きな経済的効果をあげることが可能と考えられる。すなわち高EEの家族を抱える気分障害患者の医療費は、低EEの家族と生活する患者よりもはるかに多大な医療費を要していた。したがってEEの問題を解決したならば、医療費を安価にすることが可能である。それにより資源のより効率的な配分、活用が可能となる。本研究はこうした戦略の基礎的なエビデンスを示した。しかしながら、これについては統合失調症で行われたと同様の介入研究によって、再発予防効果、医療経済学的評価が必要であり、それらは次年度以降の本研究によって行いたい。
③ 痴呆性疾患では、家族が示すEEは、患者と家族の関係の質を表すひとつの指標であり、痴呆症の家族にみられる高EEは、介護にともなう自覚的負担感の強さや、患者と家族の間の親密さが希薄であることと関連している。また、ソーシャルサポートが希薄な場合に高EEはもたらされやすく、高EEには、その家族自身の心理的健康度やストレスへの対処の仕方が反映されている。したがって、何らかの介入によって痴呆症の家族の高いEEレベルを低下させることができれば、それは介護者の心理的健康度を改善することを意味すると考えられた。そのための介入方法の開発およびその効果の測定は今後の研究課題である。次年度以降にこうした医療経済学的評価を行いたい。
④家族ケアが期待される通院者で「家族同居者」、入院者で「家族のいる自宅」へ退院するのが望ましいと専門職に判断されたものを合計した割合は、10歳代・20歳代が88%、30歳代が77%、40歳代63%、50歳代44%、60歳以上34%であった。この割合を全国の「精神分裂病、分裂病型障害及び妄想性障害(F2)」を持つ人の分布に適用すると、重い障害を持つ人の中では全国の37.3万人が家族心理教育のニーズを持つと推計された。家族心理教育の年間実施回数(全体平均で10回)、1回当り時間数(同2.2時間)、参加者数(同18.7人)、参加スタッフ数(同6.7人)を算出した。参加職種としては医師と看護師、ソーシャルワーカーがいずれも90%前後を占めていた。チームの医師数を1名とすると、月の人件費費用は69千円と推計された。さらに全国的展開のための条件を明らかにする予定である。
結論
家族心理教育の医療経済学的評価を行った。その結果、統合失調症においては明らかに心理教育による再入院予防、医療費節減効果が認められる。気分障害においても同様の結論が期待される。痴呆性老人においては、EEが関連する要因を検討した。心理教育による医療経済学的評価が今後必要である。また、家族心理教育の全国的展開のための基礎的な条件を検討した。
公開日・更新日
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