温泉・公衆浴場、その他の温水環境におけるアメーバ性髄膜脳炎の病原体Naegleria fowleri の疫学と病原性発現に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201123A
報告書区分
総括
研究課題名
温泉・公衆浴場、その他の温水環境におけるアメーバ性髄膜脳炎の病原体Naegleria fowleri の疫学と病原性発現に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
遠藤 卓郎(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 福間利英(久留米大学)
  • 高橋 均(新潟大学)
  • 八木田健司
  • 泉山 信司(国立感染症研究所)
  • 黒木俊郎(神奈川県立衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
髄膜脳炎の病形はNaegleria fowleriを病原体とした原発性アメーバ性髄膜脳炎(Primary Amoebic Meningoencephalitis: PAM)とAcanthamoeba感染に起因する肉芽腫性アメーバ性脳炎の2型に大別される。前者は、鼻腔の嗅神経末端からアメーバが侵入し、嗅神経沿いに中枢神経へ到達し、感染から5-10日のうちに患者を死に至らしめる。本症での治癒例はわずかに4例程度知られているのみで、いずれも感染のごく初期に治療が施されたもので初期診断の重要性が指摘されている。わが国では1996年に佐賀県在住の女性が真正のPAMに罹患・死亡している。後者の亜急性、慢性の肉芽腫性アメーバ性脳炎は免疫不全者における日和見感染とされ、1週間から数ヶ月を経て死に至る。近年ではAcanthamoebaのみならず、他にBalamuthia mandrillarisによる脳炎も報告されるにいたり、必ずしも日和見感染に限らない可能性が指摘されている。わが国では、これまでに研究班で確認した6例アメーバ性脳炎患者が報告されている。
わが国では、国民の間に温泉の根強い人気があり、温泉・入浴施設は観光産業として脚光を浴びている。これを背景に、公衆浴場や旅館において循環式浴槽の普及が著しい。平成14年7月には温泉施設を介してレジオネラ症の大規模集団発生があり、およそ300名の患者と7名の死者を出すに至り、浴槽水質の衛生管理を徹底し、健康影響を最小限に抑える必要が生じている。当該研究者らが行ってきたレジオネラ属菌の宿主アメーバ調査によって循環式浴槽のアメーバ汚染が著しいこと、特に循環式浴槽のろ過槽に蓄積した汚泥に多様なアメーバ種が高濃度に存在することが明らかとなっている。本研究事業では、3年間の調査期間を通じ全国規模で温泉を含む循環式浴用水、温排水等における病原アメーバ類の棲息状況(汚染実態)を調査し、汚染防止に係る監視と管理体制確立への提案を目指し、あわせて感染経路の解明を行う。また、健康被害を最小限にとどめるべく、アメーバ性脳炎の早期診断技術と治療方法等の確立を企図している。
研究方法
当該研究年度においては平成13年度より、全国14箇所の地衛研の協力を得て、り広範な地域から浴槽水等の検査試料を採取し、ネグレリア属アメーバ類を中心に病原性を有する自由生活性アメーバによる汚染実態調査を行っている。本年度から、アメーバの分離条件として培養温度を42℃に設定して、初代培養を行い、分離株の遺伝子解析(PCR-RFLP解析、塩基配列決定)により同定を行うこととした。これにより、同定作業の迅速化と技術の普及を企図した。
原発性アメーバ性髄膜脳炎の本邦初症例の患者より分離したN. fowleri YT9611株を抗原として、単クローン抗体を作製し、特異性の検討ならびに、抗原検索をプロテオーム解析と連携して行っている。
本邦においてこれまでに報告された6例のアメーバ性脳髄膜炎、全例について臨床病理学的に比較検討した。病原アメーバの種別による臨床・病理像の相違について検討した。その際、染色法の改良によりアメーバの形態的な分別・識別を試みた。特にBodian染色法によりアメーバ種により細胞膜の嗜銀性の差を検討した。
結果と考察
昨年に引き続き、全国14地域、227施設(のべ285施設)から浴槽水、排水、その他の温排水をのべ626件採取し、温度耐性Naegleria属アメーバ類を中心とした汚染実態を調査した。本年度はNaegleria 属を調査対象の中心に据え、分類方法としてITS領域を対象としたPCR-RFLP法およびその遺伝子配列の解析方法を改良/導入し、迅速かつ的確な分離・同定に努めた。その結果、212試料(33.9%)からNaegleriaおよびその他の温度耐性アメーバ類を分離した。得られた分離アメーバの総株数は2,184株で、そのうちNaegleria属アメーバは1,183株であった。最も多く検出されたアメーバ種はN. lovaniensisで、わが国の温水環境にあっては本種が優占種であることが確認された。今年度の調査で特筆される点は、遺伝子解析により新たにN. australiensisの存在が初めて明らかとなったことである。N. australiensisは実験的にマウスに対して病原性を示すことが知られており、本研究でも実験動物への脳内接種により確認された。本種は全国9地域の54件の試料水から検出され、その地域的分布は全国的な広がりを見せた。
循環式浴槽から得た試料水のうち、残留塩素の有無の明らかな223件についてアメーバ類の分離状況を比較した。これらの試料水のうち134件では0.1mg/L以上の残留塩素が検出され、89件は0.1mg/L未満であった。便宜的に0.1mg/L以上の残留塩素が検出された場合を「塩素消毒有り」とし、それ未満を「無し」とみなして塩素の有無によるアメーバ汚染状況を比較したところ、アメーバの検出率は残留塩素が存在する環境で有意に低下することが示され(p < 0.001)、塩素消毒の効果が確認された。その一方で、上述の大規模集団感染事例が発生したにもかかわらず、浴槽水の残留塩素濃度の管理が徹底されていない状況も見て取れる。
本邦においてこれまでに報告された6例のアメーバ性脳髄膜炎、全例について臨床病理学的に比較検討し、アメーバの種別により臨床・病理像が異なることを確認すると共に、アメーバの形態に相違を認めた。特に今回導入したBodian染色法は、アメーバ栄養体の細胞膜の嗜銀性が種によって異なることを示し、その有用性が確認された。これらの検討から本邦におけるアメーバ性脳髄膜脳炎の病原体として、N. fowleri、B. mandrillaris、Acanthamoeba sp.のこれまで病原性アメーバとして報告されている3種が確認されると共に、新たに不明種が存在する可能性が示唆され、た。また同時に行われたアメーバ感染マウス脳の検討では、この方法が疾患モデルとして極めて有用であり、今後このモデルを使用してアメーバ性脳髄膜炎の病態メカニズムや形態学的診断を研究することが可能と考えられた。
原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)の診断のため、本邦の患者分離株(N. fowleri YT9611株)を抗原として、モノクローナル抗体作製を行っている。抗原として生きたアメーバを使用したところ、最終的に9株のハイブリドーマクローンを得た。予備的な特異性の検討から特に高い特異性を有するモノクローナル抗体産生の可能性が示唆された。
早期診断法の開発に向けて鼻腔内からのアメーバの検出方法を検討しているが、ネグレリア用の培地の改良が必須の状況にある。
N. fowleriと形態的同一種のN. lovaniensisのプロテオーム解析により両者の相同率は38.6%と低いことが確認された。N-末アミノ酸配列解析によって、N. fowleri の膜タンパクとされる MP2CL5 と極めて高い相同性を示す蛋白画分が同定された。従来、MP2CL5はN. fowleriの膜に特異的に局在する約17kDaの膜蛋白とされていたが、N. lovaniensisにおいても同一のアミノ酸配列を持つ蛋白画分の存在が確認された。
結論
本年度はアメーバの同定方法の改善に向けてPCR/RFLP法を導入し、迅速化が図られた点は高く評価される。本方法は地衛研への技術移転が比較的容易で、普及が期待される。また、PCR増幅産物の塩基配列解析によりさらに詳細な種の同定も可能となった。
当該研究年度においては地衛研の協力を得て、広範な地域から温水中アメーバ汚染実態を調査している。本年度はすでにネグレリア汚染が明らかとなっている施設を軸にその後の汚染状況の把握を行った。その結果、わが国の温水環境においてはN. lovaniensisが優占種であることが確認された。また、わが国で新たに病原性を有するN. australiensisの存在が明らかとなった。本種は全国的に分布しており、注意が必要である。アメーバ汚染対策としてレジオネラ対策の一環として進められている浴槽水の残留塩素濃度管理が有効であることがあらためて確認された。
病原性試験において、全国分離されたN. australiensis脳内接種により実験動物を発症・致死させることが示されたが、本来の感染経路と思われる経鼻感染で感染は成立しなかった。また、分離株によっては病原性を示さないものも存在した。
アメーバ性髄膜脳炎の病理学的検討から、Bodian染色法の有用性が指摘された点も活気的な成果といえる。本染色では細胞膜の嗜銀性が種によって異なり、本邦におけるアメーバ性脳髄膜脳炎の病原体として、N. fowleri、B. mandrillaris、Acanthamoeba sp.に加え、不明種が存在する可能性が示唆された。本邦におけるアメーバ性脳髄膜炎は症例数が少ないにも関わらず多岐に渡っているという興味深い知見となった。また同時に行われたアメーバ感染マウス脳の検討から、アメーバ性脳髄膜炎の病態メカニズムや形態学的診断の研究が可能となった。今年度の調査でその存在が明らかとなったN. australiensisによる症例の洗い出しも技術的に可能と考えている。

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