紫外線照射による健康影響とその予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201074A
報告書区分
総括
研究課題名
紫外線照射による健康影響とその予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
福原 潔(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 川西正祐(三重大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、癌や心臓病などの生活習慣病の発症および老化の促進など様々な健康影響の原因としてラジカルによる生体機能障害が大きく関係していることが話題となっている。ラジカルは生体では様々な化学物質や金属が関与して発生するが、皮膚癌発症の主な原因である紫外線は非常に強力なラジカル発生能を有しており、生活習慣病の発症や老化促進の主要原因として大きく係わってくることが予測される。すなわち、遺伝子やタンパク質などは、紫外線照射によって発生したラジカルによって傷害を受けると正常な機能が維持できなくなり様々な疾病の原因となる。また、紫外線は化学物質や生体金属からのラジカル生成能を飛躍的に増強させ、発生したラジカルは細胞に対して致命的な損傷を与える。一方、近年問題となっているオゾン層の破壊を伴う生活環境の変化は、人への紫外線照射量を著しく増加させている。従って、今後は生活習慣病や老化の主たる原因として紫外線の影響を無視することは出来ない状況となっており、紫外線照射によるラジカルの生成と生体影響を解明し、生活環境の変化によって増加するラジカル毒性を的確に把握することは急務の課題である。また、予防医学の観点からは生活習慣病の予防と健康増進には、紫外線が引き金となって生成する活性酸素等のラジカルを消去する抗酸化剤の積極的な利用を検討することが必要である。
本研究では紫外線照射が原因となるフリーラジカルの生成を有機化学的および速度論的手法によって解析する。また、分子遺伝学的手法、細胞工学的手法および物理化学的手法を駆使することによって生活習慣病の発症についてのラジカルの影響を明らかにして、紫外線照射による健康影響を評価する。さらに、紫外線が原因となる疾病の予防と健康増進を目的としたラジカル消去化合物の合成を行う。平成14年度は紫外線照射による生活関連物質や生体分子からのラジカル生成機構を検討して、光アレルギー性疾患や光発癌等に関連すると思われる環境化学物質が紫外線照射により生体高分子を酸化的に損傷することを明らかにした。また、環境汚染物質として代表的なニトロアレーンについて光照射による毒性発現機構を検討した。さらに、フラボノイド系天然抗酸化剤のラジカル消去機構を解析することにより、天然型カテキンの抗酸化能の増強を目的とした平面型カテキンの開発を行った。
研究方法
1)光照射下における芳香族ニトロ化合物からの一酸化窒素(NO)の生成:1-、3-、および6-ニトロベンツピレンをモデル化合物として光照射下における分解反応をESRで解析した。NOの生成についてはcarboxyPTIOおよびMGD-Fe2+をNO検出薬として用いてESRで解析した。6-ニトロベンツピレンの光分解物は高速液体クロマトグラフィーで単離精製後、構造をNMRで解析した。DNA損傷実験は、pBRR322DNA存在下、ニトロベンツピレンの光分解反応を行った後、 アガロースゲル電気泳動で解析した。
2)平面型カテキンの開発:平面型カテキンは天然型カテキンをアセトン中、BF3/Et2Oを2倍量添加して2時間攪拌して合成し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製した。平面型カテキンのラジカル消去能の速度論的解析は、嫌気的条件下、galvinoxyl(G・)のアセトニトリル溶液中、G・の濃度に対して10倍濃度以上になるように平面型カテキンを加えた後、フォトダイオードアレー分光光度計で反応速度の解析を行った。擬一次速度定数はKaleidaGraphを用い、最小2乗法により行った。平面型カテキンラジカルアニオンはESRで室温下、測定後、ESR all Version 1.01 (Calleo Scientic Publisher)でシュミレーションした。スーパーオキシドの測定は113K の凍結ESRで行った。
3)紫外線による老化と遺伝毒性の解析:DNA 損傷機構や損傷の塩基特異性の解析は、ヒトがん原遺伝子 c-Ha-ras-1 及びがん抑制遺伝子 p53 やp16から変異のホットスポットを含む 100~400 bp の断片をサブクローニングすることにより行った。これらのヒトがん関連遺伝子の DNA断片の5'末端を32Pで標識し、各種光増感物質とともにリン酸緩衝液(pH 7.8)中でUVA(_max=365 nm)を照射した後に電気泳動を行ない、DNA損傷性を検討した。DNA損傷の塩基配列特異性の解析には Maxam-Gilbert 法を応用し、オートラジオグラムをレーザーデンシトメーターで定量化し解析した。さらに、酸化的 DNA 損傷のひとつである 8-oxo-7,8-dihydro-2'-deoxyguanosine (8-oxodG) の定量は電気化学検出器付 HPLC (HPLC-ECD) を用いて行った。化学物質の平衡構造およびHOMOエネルギーは、HF/6-31G*法による分子軌道計算で求めた。
結果と考察
紫外線照射によって引き起こされる毒性発現機構についてラジカル毒性とその予防法に焦点をあてて検討した。光増感作用を有する化学物質は生活環境中のみならず、 ポルフィリンや葉酸など生体内の必須成分として多く存在する。そこで外因性光増感剤としてキサトン類、内因性光増感剤として葉酸、また紫外線暴露による副作用が報告されている抗癌剤メトトレキサートについてUVAを照射してDNAに対する影響を調べた。その結果、DNA損傷作用がグアニン(G)選択的に進行した。また、Gの酸化体である8-oxodGが生成し、変異を誘発することが示された。本研究結果は光増感剤がDNA損傷能力を有していることを理論的に明らかにした最初の報告であり、光増感剤が遺伝子傷害を伴う様々な毒性発現を引き起こす可能性とともに紫外線による皮膚癌の発症を促進することが示唆された。特にビタミンBの一種である葉酸がDNA損傷を誘発したことは、オゾンホールの拡大等、地球環境の悪化による紫外線照射量の増大が人の健康に致命的な影響を与えることを警告する科学的根拠となる。また、本研究で化学物質のHOMOエネルギーがDNA損傷能と相関したことは、コンピュータを用いた太陽紫外線による毒性発現のリスクを予測できる可能性が示された。
本研究では環境汚染物質として大気中に高濃度に排出されているニトロアレーンの光毒性についても検討した。その結果、光照射によって一酸化窒素(NO)がニトロアレーンから発生して遺伝傷害を引き起こす可能性が示唆された。これは、光照射の影響によって、ニトロアレーンの従来の毒性発現機構とは全く異なるNO由来の活性酸素毒性が発現することを意味している。環境汚染の悪化に伴って、生活環境中にニトロアレーンは今後さらに大量に排出され、また、オゾンホールの拡大による紫外線照射量はさらに増えることが予測される。従って、今後ニトロアレーンの人への健康影響は、NO発生が引き金となる活性酸素毒性に着目した再評価が必要であると考える。
以上、紫外線は人への健康に重篤な影響を与え、また、その毒性発現過程には様々なラジカルが発生していることが示された。そこで、本研究では紫外線による健康被害の予防的化学物質投与を目的とした強力なラジカル消去能と副作用の少ない新規抗酸化剤の開発を行い、平面型カテキン誘導体を合成した。本化合物のラジカル消去能は天然型カテキンと比べて飛躍的に増加し、また、抗酸化剤の毒性に係わるプロオキシダント効果は弱いことから、非常に優れた抗酸化剤であることがわかった。平面型カテキン誘導体は、日常的に摂取しているお茶などの主成分の天然型カテキンを化学修飾しているため、副作用が少ない。また、1ステップで大量合成できることから、今後、ラジカルが関係している疾病の発病予防や治療目的等、医療への応用が期待される。なお、抗酸化剤における本研究成果(Chem. Res. Toxicol.16, 81-86, 2003)は、米国の科学情報誌Science News(163, 141,2003)に紹介され大きな反響が得られた。
結論
紫外線による人への健康影響について検討した結果、光発がんや光アレルギー性疾患等に関連すると思われる食品や医薬品、ビタミン類などの生活関連物質(キサントン類、葉酸、メトトレキサート)が生体高分子(DNA)を酸化的に損傷することが明らかとなった。また、環境汚染物質として大気中高濃度に存在するニトロアレーン(6-ニトロベンツピレン)は光照射によってNOを発生してDNA損傷を引き起こすことが明らかとなった。これらの結果は、紫外線が光感受性の内因性物質および生活関連化学物質を活性化してラジカル毒性を発現することを証明するものであり、地球環境の悪化に伴う紫外線照射量の増加が人の健康に重篤な影響を与える科学的根拠となる。なお、光増感剤のDNA損傷能力が分子軌道計算によるHOMOエネルギーと相関したことは、コンピュータを用いた化学計算が化学物質のラジカル毒性のリスク評価に有効であることを示している。以上、紫外線照射によるラジカル毒性は今後の地球環境の悪化とともにさらに深刻な問題となることが予測される。従って、紫外線照射による健康被害の予防法の確立は急務の課題であり、本研究では予防法の一つとして、紫外線照射による毒性発現過程で発生するラジカルを強力に消去する新規抗酸化剤(平面型カテキン誘導体)の開発を行った。平面型カテキンは天然のカテキンを化学修飾して分子全体を平面に固定化しており、この平面効果によって非常に強力なラジカル消去能を示した。また、プロオキシダント効果やスーパーオキシド産生能が弱いことから毒性の少ない優れた抗酸化剤として紫外線照射が原因となるラジカル毒性の予防および治療に有効であることが示唆された。
以上、地球環境の悪化が引き金となる紫外線照射量の増大が、人の健康に重篤な影響を与えることが化学的に証明された。また、その予防的化学物質投与において優れた新規合成抗酸化剤が開発されたことは、本研究結果が厚生労働行政上、科学的根拠に基づいた政策の一環として国民の健康維持に貢献することが期待できる。

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