環境中微量化学物質に対する感受性の動物種差、個人差の解明:高精度リスク評価法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200201072A
報告書区分
総括
研究課題名
環境中微量化学物質に対する感受性の動物種差、個人差の解明:高精度リスク評価法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 貴彦(宮崎医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中尾裕之(宮崎医科大学)
  • 平野靖史郎(独立行政法人国立環境研究所)
  • 嵐谷奎一(産業医科大学)
  • 欅田尚樹(産業医科大学)
  • 笛田由紀子(産業医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成17(2005)年度
研究費
4,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、身辺に存在する化学物質の種類の増加やオフィス・住宅の建材の変化・気密性の増加などによって種々な症状を訴える人が増加している。これらの症状は、多種化学物質過敏症 (MCS)、シックハウス症候群などの新たな名前で呼ばれているが、その概念・病態についてはまだ十分に解明されておらず、有効な健康影響の指標も見つかっていない。一方、従来からの中毒の概念の延長として微量化学物質による病態も存在すると考えられるが、微量曝露実験が技術的に困難なため、ホルムアルデヒド等原因化学物質のppbレベルの微量毒性についての研究は十分に行われていない。さらに、アレルギー・免疫毒性についても同様な理由から研究報告は少ない。そこで、本研究では、これらの病態を引き起こす人々を“化学物質高感受性集団(Chemical Hyper susceptible Population:以下CHPと略)"と定義し、その病態と概念を明らかにし、化学物質に対応する効果的な健康リスク評価法の開発を行うことを目的とする。
研究方法
以下3つの項目を2つのグループに分担して、研究を行う。
1.シックハウス症候群、MCSを中心に、微量化学物質によって引き起こされた疾患概念とその変遷について文献的にレビューする。
2.動物実験を実施するための微量吸入曝露装置を開発し、さらにその装置を用いて予備実験として、マウスによる慢性曝露実験(ホルムアルデヒド2000ppbを1日16時間、週5日間、12週にわたって曝露し続ける)を行い、その時の症状と免疫系への影響について検討する。また、中枢神経、特に海馬への影響を評価するため、脳スライスによる生理学的手法と遺伝子発現レベルでの解析方法(DNAチップ)にて予備的実験を行う。また、培養細胞を用いて、微量ホルムアルデヒドの免疫系へ影響ついても検討する。
3.人の健康影響との関連を検証するため、トルエン、キシレン曝露作業者のフィールドを設定し、曝露・影響評価を行うための調査票を作成する。さらに、化学物質の代謝酵素の遺伝的個体差に関するゲノム情報を収集する。
結果と考察
研究結果=1.MCSの疾患概念は国際的にはいまだ混沌としており、その存在に関しても議論が活発に行われている状況である。今回我々は、MCSを中心にCHPに含まれる疾患概念の変遷と各国の研究状況の調査を行い、問題点を整理した。
2.微量吸入曝露装置を開発し、マウスを用いた慢性曝露実験を行った。その結果、曝露終了時点で、くしゃみ回数の若干増加の傾向を認めた。しかし、T細胞系、B細胞系いずれにおいても、曝露による有意な変化は認めなかった。さらに、T細胞マイトジェンであるConA、あるいはB細胞マイトジェンであるLPSによる増殖刺激に対する反応も、コントロール群および曝露群間で相違を認めなかった。
また、培養細胞を用いた実験では、1ppbと0.1ppbにおいて、CD25とCD69陽性細胞の比率が増加し、さらにCD25、CD69の両者とも陽性細胞の増加が観察された。
3.ホルムアルデヒド、トルエン、キシレンの代謝マップを作成し、曝露作業者に対する調査票を作成した。また、分子疫学研究の対象となる事業者社員(835名)から解析の同意を得たゲノムDNAを収集し、遺伝子を含めた情報バンクを構築した。
考察=MCSの現状と歴史的変遷について文献的に調査した。その結果、日本人における疫学調査の報告は少なく、特に高感受性集団 (CHP) の特定につながるような研究はみあたらなかった。Millerらの調査票は有過敏状態者の国際的な比較には適当であるが、その内容には日本人には不適当と思われる項目があり、日本人におけるCHPのスクリーニングには検討の余地があるようだ。今後、Millerらの調査票をふまえた上で、日本人に適した調査票の作成が必要だと思われる。
また、石川らが作成した日本のMCSの診断基準は人の自覚・他覚症状と中枢神経の検査法を主体としたものである。そのため動物を用いた実験結果の評価は困難であり、たとえ何らかの変化が認められたとしても、それをMCSの症状と評価してよいのかという問題がある。また、それ以前の問題点として、安定した微量吸入曝露装置の開発がこれまで困難であったことから、人の曝露に近い動物の吸入曝露実験の報告はごく少数であった。従って、現状ではまず化学物質の微量曝露による免疫系、中枢神経系、全身症状を含めた多方面からデータを積み重ね、生体影響を評価することが先決であると考えられる。今回、我々は低濃度(2000ppb以下)を維持できるホルムアルデヒドの微量吸入曝露装置を完成し、本装置を用いてマウスの予備的曝露実験を実施した。ホルムアルデヒド2000ppbの微量曝露では、マウスの体重変化は認めず、臓器重量、免疫系についても顕著な異常は認められなかった。また、培養細胞を用いた実験系でホルムアルデヒドの曝露予備実験を行った。その結果、細胞障害を引き起こさない濃度レベル(1ppbと0.1ppb)で、T細胞に何らかの影響を与える可能性が示唆されたが、曝露実験との結果と関連性については細胞レベルでの曝露濃度をふまえた検討が必要と思われた。これらの点については、今後ひきつづき検討していく予定である。
CHPの実態調査のための調査票(特に、職域における有機溶剤曝露作業者を対象とした)を作成した。CHPの人の健康影響に関する文献的検討を包括的に行ったが、疫学研究(特に日本人を対象としたもの)は少なく、遺伝的感受性要因を含めた分子疫学研究の報告ともなると、全くないことが明らかとなった。高感受性に関する個体差の解明には、環境曝露要因だけではなく、ゲノム解析を含めた分子疫学解析が不可欠だと考える。尚、今回の研究で、我々はCHPの実態調査と高感受性集団の存在を検討するために職域対象集団を設定したが、今後さらに対象集団を拡大する予定である。
結論
1.MCS、シックハウス症候群等の疾患概念とその歴史的変遷、海外のとりくみ状況を整理した。
2.低濃度でかつ安定したホルムアルデヒドの微量曝露装置を完成した。
3.BALB/cの雄マウスを用いた慢性曝露実験の結果、曝露直後は対照群と比較し、くしゃみの増加が観察された。
4.培養細胞を用いた低濃度ホルムアルデヒドの曝露実験の結果、細胞障害を引き起こさない濃度レベル(1ppbと0.1ppb)でさえもT細胞に何らかの影響を与える可能性があると考えられた。
5.CHPの実態調査のための調査票、特に有機溶剤曝露作業者を対象とした調査票を作成した。
6.CHPの病態解明と高感受性集団の存在を検討するために、職域対象集団を設定した。

公開日・更新日

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