食品中に残留するカドミウムの健康影響評価について(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200976A
報告書区分
総括
研究課題名
食品中に残留するカドミウムの健康影響評価について(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
櫻井 治彦(中央労働災害防止協会)
研究分担者(所属機関)
  • 池田正之(京都工場保健会)
  • 大前和幸(慶應義塾大学)
  • 香山不二雄(自治医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
カドミウムは地球上に偏在する元素であり、生体に摂取されると排泄速度が遅く、生物学的半減期が極めて長いという特性を持つ。多くの臓器に蓄積するが、腎臓への蓄積が濃度としては最大であり、一定度の蓄積を超えると腎機能への影響が現れる。ヒトの生物学的半減期は10年程度或いはそれ以上と推定されている。従ってカドミウムへの低濃度長期曝露を受けていると、数十年後に腎臓でのカドミウム濃度が有害レベルに達し腎機能障害を起こす場合がある。更に最近では同程度の曝露レベルのカドミウムが骨粗鬆症の発症要因として関連しているとの報告もある。長期の曝露後に成立するこの種の影響を予防するための曝露限界値を明らかにすることは容易ではなく、いまだに明確な根拠に基づいた曝露限界値は確立されていない。わが国においては過去の鉱業活動及び地質の特性から比較的高い濃度のカドミウムを保有する農業用地が散見され、農業生産物中のカドミウム濃度も高い場合があるため、正確な曝露限界値を設定する必要性が大きいJECFA(WHO/FAO Joint Expert Committee on Food Additives and Contaminants)はカドミウムの経口摂取におけるProvisional Tolerable Weekly Intake (PTWI)として7μg/kg/dayを提案しているが、その根拠として腎皮質における臨界カドミウム濃度の推定値及びトキシコカイネティックスに関する多くの仮定を用いており信頼性に欠ける。最近はより高い安全性を求めより低い限界値を設定するべきとの国際的見解も強まっている。従って妥当な安全性を保証する精度の高い曝露限界値を設定するために、ヒトにおけるカドミウムの曝露量と健康影響の間の定量的関係に関して、未解決の問題点に答えるデータを提供する研究を実施する必要性は極めて大きい。本研究では、上記の目標を達成するために、十分に大きなヒトの集団を対象として、微量栄養素等の栄養状態及びカドミウム以外の汚染化学物質曝露にも配慮しつつ、カドミウム曝露指標と影響指標の関係を明らかにし、更に食品からのカドミウム摂取とカドミウム曝露指標との関連を明らかにすることにより、食品からのカドミウム摂取に関して、従来よりもはるかに信頼性の高い曝露限界値を設定することを目的とする。
①貧血および鉄欠乏状態とカドミウム負荷との関連の有無
日本人のFe摂取量が低くカドミウム摂取量が高いことに注目して中年女性で鉄欠乏性貧血がカドミウム代謝に影響を及ぼしているか否かを検討することを目的とし、国内6府県(宮城、新潟、神奈川、京都、福岡、沖縄)に在住する成人女性(20-74才)1,482名の協力を得て疫学調査を実施した。
② 国内カドミウム汚染地域・非汚染地域住民における尿β2-ミクログロブリン上昇に関する尿カドミウム濃度の閾値
カドミウムは低濃度・長期間曝露により腎尿細管障害を起こすことが知られており、前年度に行った国内非汚染地域大規模調査では、尿カドミウムの上昇に伴って、尿細管障害の指標である尿β2-ミクログロブリンに上昇傾向が認められた。しかしその勾配は極めて小さく、カドミウム汚染地域における所見と異なる可能性、すなわち、尿β2-ミクログロブリン上昇をもたらす尿カドミウム値に閾値が存在する可能性が考えられた。本研究はこの可能性を解明する目的で、過去にわが国で行われ、尿カドミウムとβ2-ミクログロブリンの量的関係を報告した研究についてレビュー及びメタアナリシスを行った。
③ 消化管経由のカドミウム吸収率に関する実験研究
平成14年度には、排泄胆汁中カドミウム量を明らかにし、蓄積カドミウムおよび直近に摂取したカドミウムの胆汁中排泄量を求め、体内への移行カドミウム量を推定すること、および、米中カドミウムとCdCl2の消化管吸収の差異を明らかにすることを目的とし、平成14年度、15年度の2年度にわたり、雌カニクイザル16頭を用いる動物実験を立案し、その前半を実施した。
研究方法
①貧血および鉄欠乏状態とカドミウム負荷との関連の有無
血液および午前中の一時尿を採取し、あわせて既住歴・現症・喫煙・飲酒習慣等の関連情報を自記式調査票により収集した。全被験者に居住県別にかつ受診順に従って登録番号を付した。喫煙によるカドミウム負荷の変化を避けるために、情報に基づき喫煙歴の無い(非喫煙)女性のみを推計解析の対象とした。対象者を貧血群、鉄欠乏群および対照群に分類し、貧血群、鉄欠乏群の各例について対照群から年令および居住県を一致させた対をなす対照例を選出した。候補となる対照例が複数ある場合は、登録番号の若い例を優先的に選んだ。その結果貧血群については37例中36例について、また鉄欠乏群については388例中280例について対をなす対照例を選ぶことが出来た。
② 国内カドミウム汚染地域・非汚染地域住民における尿β2-ミクログロブリン上昇に関する尿カドミウム濃度の閾値
データ・ベースとして、日本国内のカドミウム汚染地域および非汚染地域の住民を対象に行われた研究でかつ地域住民の尿カドミウムおよびβ2-ミクログロブリンの幾何平均値を記述している論文を対象に文献検索を行い、汚染地域 7論文、非汚染地域 7論文、計14論文を得て、これらの論文に記載された被験者群別尿カドミウムおよびβ2-ミクログロブリン幾何平均値を解析データとして用いた。
③ 消化管経由のカドミウム吸収率に関する実験研究
動物としては雌カニクイザル16頭(8頭×2群)を用い、胆管にカテーテルを留置し、低カドミウム含有米を摂取させ、胆汁、尿、便を採取する。このときの胆汁中カドミウムは蓄積カドミウムの排泄と推測される。その後1~3日間カドミウム負荷(50 μg/day/頭)を行い、食事負荷後10日程度胆汁、尿、便を採取し、これらに含まれるカドミウム量を測定する。この胆汁に含まれるカドミウムは直近に摂取した米と蓄積カドミウム由来であり、両者の差を計算することで、直近摂取のカドミウムの体内移行量を推定する。また、同一濃度カドミウム投与2群(米のみ、CdCl2)の排泄カドミウム(胆汁、便、尿)測定により、摂取カドミウム形態の差異による吸収の差異を解析する。
結果と考察
①貧血および鉄欠乏状態とカドミウム負荷との関連の有無
貧血群とその対照群36対を比較すると、貧血群では指標として用いたフェリチンおよびヘモグロビンの低値に平行して鉄および赤血球数は有意(p<0.01)に低下し、これに対応して総鉄結合能は大きく上昇していた(p<0.01)。しかし尿中の3指標については、尿カドミウムが幾何平均値としては対照群より大きい値になっていたが変動幅が大きくてその上昇は有意でなく(p>0.05)、α1-ミクログロブリンおよびβ2-ミクログロブリンについても両群間に有意の差は認められなかった。
同様に鉄欠乏群とその対照群280例について比較を行ったところ、ヘモグロビンおよび赤血球数の低下の程度は当然貧血群ほど強くないが、それ以外の血液・尿所見はすべての項目で貧血群に見られた所見が再現され、尿カドミウム、α1-ミクログロブリンおよびβ2-ミクログロブリンのいずれにおいても、両群間に有意の差は認められなかった。
血液パラメータ2項目の内1つを従属変数、残る1項目に年令および尿パラメータ3項目を加えた5項目を独立変数として重回帰分析を行ったところ、年令がいずれの場合にも第1位又は第2位を占める影響力を示し、尿パラメータはいずれも強い要因とはならなかった。
② 国内カドミウム汚染地域・非汚染地域住民における尿β2-ミクログロブリン上昇に関する尿カドミウム濃度の閾値
女子については28汚染地域群〔イタイイタイ病患者2群および慢性Cd中毒を疑わせる患者3群を含む〕および30非汚染地域群が、また男子については15汚染地域群〔慢性Cd中毒を疑わせる患者群1群を含む〕および17非汚染地域群が得られた。ただし同一の患者が複数の論文で反復報告されている可能性を除外出来なかった。
男子(計32群)に比して女子(計58群)の方がデータが多く、かつ患者数も多いので以下の解析は女子に重点を置き、男子の解析は女子で得られた所見を確認することを目的とした。
女子における所見では、非汚染地域群における尿カドミウムの最高値(幾何平均)が5.6μg/gcrであるのに対して汚染地域群の最低値は6.8μg/gcrであって非汚染地域群と汚染地域群は連続していた。従ってβ2-ミクログロブリンに注目して幾何平均値がβ2-ミクログロブリンのカットオフ値400μg/gcr(Yamanaka et al. 1998)および1,000μg/gcr(Kido et al. 1988; Kido and Nogawa 1993)を超える群をβ2-ミクログロブリン上昇群と考え、それぞれ25例および19例を得た。
両群についてX=尿カドミウム、Y=β2-ミクログロブリン(いずれも幾何平均値)として回帰直線Y=α+βXを求めて勾配βを比較すると、前者(カットオフ値400μg/gcr)では6,194、後者(カットオフ値1,000μg/gcr)では6,642とほぼ同じ値を得た。非曝露群30例について同様に回帰直線を求めたところα≒0、β≒0で回帰直線はX軸とほぼ重複した。非汚染地域群の回帰直線から汚染地域群の回帰直線に移行する変曲点として両回帰直線の交点に対応する尿カドミウムを求め、11.0および11.7μgCd/gcrを得た。但し前者は汚染地域群に対するカットオフ値として400、後者は1,000を用いた場合である。
女子について行った解析を男子についても行ったところ、女子での所見と一致した所見を得た。すなわち非汚染地域群での回帰直線はX軸にほぼ重複し、汚染地域の回帰直線はこれとは明らかに異なる勾配を示してその角度は女子で得られた所見とほぼ一致していた。二群の回帰直線の交点に対応する尿カドミウムは10.0および11.0μgCd/gcrであって、これらの値も女子での11.0および11.7μgCd/gcrにはほぼ一致していた。
この研究により、尿カドミウム上昇に伴うβ2-ミクログロブリンの上昇は直線的でなく、尿カドミウムが閾値を超えるまでβ2-ミクログロブリンの上昇は極めてゆるやかであり、閾値を越えると急上昇するJの文字の形の反応であることが明らかになった。 腎尿細管障害の指標となり得る尿中低分子蛋白としてはβ2-ミクログロブリンのほかにもα1-ミクログロブリン、レチノール結合蛋白(RBP)などが提案されている。しかし多数を取り扱う事が前提となる疫学調査では分析項目の数が限定され、実際にはβ2-ミクログロブリンが最も広く測定されているので、今回の解析も尿細管障害の指標としてβ2-ミクログロブリンに着目した。しかし今回の所見はおそらくβ2ミクログロブリンに限定されるものでなく、例えば α1-ミクログロブリンについてもJ型の変化がおこり得るであろうことを示唆したと考えられた。
③ 消化管経由のカドミウム吸収率に関する実験研究
平成14年度に実施した実験結果は以下のとおりである。
えさの調整:炊飯米を多食することによる3大栄養素のアンバランス、および、カドミウムの腸管吸収に影響すると考えられる鉄や亜鉛等のアンバランスを補正するための、サルの栄養摂取の文献を参考に管理栄養士が高脂肪・高タンパクサプリメント、ミネラル・ビタミンサプリメントのレシピを作成した。米にレシピの成分や排泄指標色素を混合して炊飯したり、炊飯後に混合する等、調理方法を数回試した結果、炊飯米と固まり状態・食姿などから、サプリメント成分は炊飯米と別途に固形飼料様状態にして投与することとした。この飼料は、カニクイサルが実食することを確認した。
胆管カテーテル留置実験: カニクイサルの胆管のサイズにみあうカテーテルを検討した結果、アメリカ製品が最適であった。該当製品を輸入し、胆管カテーテル挿入の外科的手技の熟練と数週間のカテーテル留置可能性を探るための予備実験を実施し、留置が可能であることを確認した。
結論
①貧血または鉄欠乏を示す明確な所見がある場合でも、尿カドミウム、α1-ミクログロブリンおよびβ2-ミクログロブリンのいずれにも有意の変化を認めず、日本人に広く認められる程度の貧血あるいは鉄欠乏がカドミウムの吸収上昇をもたらす危険性は小さいことが示された。
②尿カドミウム上昇に伴うβ2-ミクログロブリンの上昇は直線的でなく、尿カドミウムが閾値を超えるまでβ2-ミクログロブリンの上昇は極めてゆるやかであり、閾値を越えると急上昇するJの文字の形の反応であることが明らかになった。 また、この閾値が尿カドミウム濃度として10μg/gクレアチニン程度のレベルであることを示唆する知見が得られた。
これらの解析結果によると、上述の暫定耐容週間摂取量をさらに低く設定するべき根拠は得られていない。

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