食品由来のリステリア菌の健康被害に関する研究

文献情報

文献番号
200200974A
報告書区分
総括
研究課題名
食品由来のリステリア菌の健康被害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
五十君 靜信(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山本茂貴(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 牧野壮一(帯広畜産大学)
  • 本藤良(日本獣医畜産大学)
  • 神保勝彦(東京都立衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
21,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
リステリア菌Listeria monocytogenesは動物や土壌等の環境中に広く常在している。その結果、乳肉製品を中心に食品から高頻度に分離されてきた。一方、これまで、わが国におけるリステリア症の発生状況は充分に掌握されておらず、漠然と発生が少ないと考えられてきた。従って、感染源や感染経路については不明で、欧米で報告されているような食品が感染源になった事例は確認されておらず、食品を介した感染症であるといった認識は希薄であった。それ故、リステリアが食品からしばしば分離される事実と、ヒトにおけるリステリア症発症の因果関係は不明であった。一方、2001年3月に北海道で発生したナチュラルチーズによる集団食中毒事例は、食品を介したリステリアによる感染が強く疑われる事例であり、わが国においても食品を介したリステリア症が発生している可能性を示唆した。そこで、本研究班は、わが国におけるリステリア症の実体を掌握するために、まず、アクティブサーベーランスを行い、国内でどの程度の患者が発生しているかを明らかにし、リステリアに関する情報収集と研究を行ったうえで、本症が食品を介した感染症であるかの検証を試みる。そして、今後リステリア症にどのように対処して行くべきであるかの方向性を明らかにすると共に、本症の診断に関する問題点、本菌の検査検出法に関する問題点を示し、その解決法を探り、リステリアの検査検出法の標準化を試みることを目的とする。
研究方法
わが国に於けるリステリア症の発生状況については、地方衛生研究所、各地の拠点病院および国立感染症研究所の感染症情報センターと連繋をとりながら、ヒトにおけるリステリア症の情報および臨床株の収集を行った。発生数の推定は、全国の病院へのアンケートによるアクティブサーベーランスにより行った。すなわち、全国の100床以上の病床数をもつ基幹病院2258ヶ所の病院のリストを作成し、アンケート用紙を配布し、リステリア症をどの程度経験しているか、診療科と検査科にそれぞれ回答をお願いした。回答が得られた773病院のうち過去にリステリアを経験している病院については、菌株の分与を依頼すると共に、更なる臨床的な情報の提供をお願いした。これらの情報から、リステリアの発生数を集計し、回答の得られた標本空間の規模をその病床数を基に算出し、その逆数値を乗ずることにより、わが国における単年度あたりのリステリア症の発生件数を推定し、100万人あたりの発生頻度を算出した。食品のリステリア汚染状況は、国内の食品を対象とする本菌の汚染実態に関する論文を収集し整理したうえで、分離手法が明記されており、我々の設定した基準を満たし、科学的に信頼できると判定した34編の結果を基に、食品別に集計し検討を加えた。この結果から、既報の論文のデータでは不足と思われかつ、リステリアの感染が想定され、食品衛生上特に重要と考えたいくつかの生食用食品(ready-to-eat)については、研究班で市販食品を実際に購入し、汚染実態調査を行った。研究を通じて収集したリステリアの臨床株、環境分離株、食品分離株については、病原関連因子、疫学マーカーなどに着目して解析を行った。疫学マーカーの解析方法としては、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)、多型領域における点変異解析などの遺伝子レベルでの解析方法について検討した。リステリア症の診断法は、PCR法によるリステリア遺伝子の検出、およびリステリア菌体成分への特異的抗体価をELISA法により測定する方法を検討した。
結果と考察
2001年3月に北海道で発生したナ
チュラルチーズによる集団食中毒事例の資料を研究班で検討したところ、リステリアがチーズという食品を介して患者に摂取されたという事実は確認された。しかし、この事例はリステリアが体内に入り感染を起こした事による症状であったかが議論となり、当時患者血清が採取されていなかったことから、リステリア症の確定には至らなかった。この事例で報告された臨床症状は、海外で発生した集団事例の臨床症状とほぼ一致しており、リステリア感染の初期症状と考えることは自然であると思われた。今後同様な事例が発生した場合に備え、臨床的な診断法の確立を行った。いずれにせよ、リステリア症の診断法を確立しておくことは重要で、今後国内で食品を介したリステリア症の集団事例が発生した場合、リステリア症であるか否かに関する判断は確信を持ってなされると思われる。研究班では、リステリア症の診断法として、リステリアの菌体成分特異的な抗体価を測定するELISA法と、血液から直接リステリア菌遺伝子を検出するPCR法を開発した。これらの方法を用いることにより、抗生物質治療が行われているため菌の分離が困難であるような本菌による重篤な脳髄膜炎や敗血症の診断に加え、集団発生事例で報告されている発熱などのいわゆる風邪の初期に類似する症状や急性胃腸炎を主徴とするリステリア感染初期の確定診断も期待される。アクティブサーベーランスにより、わが国の単年度あたりのリステリア症の発生件数は83件、100万人あたりの発生頻度は、0.65と推定された。一方、抗生物質投与のためリステリア菌の分離が困難であった事例において、我々の開発した新しい診断法の適用によりリステリア症とすべき事例が示されたことから、国内で発生しているリステリア症の実数は、今回の数字よりもさらに高いものと思われる。国内における食品のリステリア汚染状況は、これまでに報告されている論文のデータを集計し、検討を加えた。これにより、わが国において市販されているほとんどの食品について、その汚染状況の概要を知ることが出来た。この結果から肉製品での汚染率が高いことが確認された。牛、豚、鶏肉ともほぼ同様にリステリアの汚染が見られるが、ブロック肉に比べ、カットされた肉や挽肉など手を加えられた肉での汚染率が高かった。市販生肉は、いずれの動物種の食肉も汚染頻度は高いが、汚染菌数は低く、通常は加熱後喫食する事を考えると、感染のリスクはそれほど高くないと思われる。一方、汚染頻度は低いものの、生食用食品の一部でリステリアの汚染が報告されていたため、研究班は市販の生食用食品を購入し、実際に汚染実態調査を行った。市販されている生食用食肉では、4.5%、食肉製品では、8.7%にリステリア属菌汚染が認められた。生食用食肉から、L. monocytogenesは検出されなかった。鮮魚類と生食用鮮魚類合計35品目394検体についての汚染実態調査の結果では、一部の生食用食品でL. monocytogenesが分離された。おおむね菌数は低かったが、1検体はグラムあたり10の4乗とかなり高い菌数を示した。リステリアの検査法としては、PFGEによる疫学マーカーの解析方法、iap遺伝子領域内の多型領域のゲノムを解析する手法、菌株の血清型判別を、カルチャープレートおよびマイクロプレートの併用で改良し、迅速、簡便および抗血清の微量化への利点をもつ改良法を開発した。ヒトでの病原性と関連性を持つ血清型4b株について、iap遺伝子領域内の多型領域のゲノム構造解析により、汚染鶏肉とヒト感染において疫学的関連性が示唆された。臨床分離株、食品分離株について、10種類の病原因子の保有状況を調べることにより、菌株の病原性の強さを推定可能である事を示した。最終年度には、動物を用いた感染モデルにより、これまで得られた病原性に関する知見を個体レベルで検証する予定である。
結論
アクティブサーベーランスにより、わが国の単年度あたりのリステリア症の発生件数は83件、100万人あたりの発生頻度は、0.65と推定された。文献調査と研究班の汚染実態調査により、国内で市販されているほとんどの食品について、リステリア菌の汚染状況の概要
を知ることが出来た。肉製品を中心に高い汚染率が確認されたが、その汚染菌数は低かった。汚染率は低いが、生食用食品(ready-to-eat)の一部にやや高い菌数の汚染が見られたことは注目される。リステリア症の診断法、検査法、病原性に関して検討を行い、標準的な方法や具体的な試験法の検討を行った。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-