生活環境汚染物質による小児での毒性評価のための免疫指標の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200967A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境汚染物質による小児での毒性評価のための免疫指標の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 貴彦(旭川医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大沢基保(帝京大学薬学部)
  • 小島幸一(食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 手島玲子(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
12,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
個体の生体組織・機能の発育段階である胎児期から小児期にかけては環境有害因子などに対して感受性が高い時期(critical window)と考えられている。さて、免疫機構は外界からの影響に対抗する生体防御の中でも極めて重要な位置を占める。免疫機構とその機能は複雑系故に環境化学物質や薬物の有害影響に影響されやすい。そのため、環境因子の影響を評価するための指標としての有用性が指摘されてきた。本研究では、免疫影響指標が小児を取り巻く生活環境中有害因子による生体影響評価のマーカーとして実用化可能であることを確認する。そのため、同一地域での経時的な指標の動向および環境要因と免疫影響指標との相関を検討する。さらに、ヒトが環境から受ける影響が母体中にあって既に経胎盤的に始まっていることから、出生時の臍帯血を用いての免疫影響指標の確立も目指す。
研究方法
東京都東久留米市及び北海道旭川市の2ヶ所の保健センター・保健所において3歳児健診時に併せて調査を実施した。免疫影響指標として総IgE抗体、アレルゲン別特異的IgE抗体(吸入アレルゲン:コナヒョウヒダニ、ハウスダスト、ネコ表皮、食餌アレルゲン:牛乳、卵白、大豆、小麦)、抗麻疹IgG抗体、抗風疹IgG抗体、IL-4およびIFN-g mRNA発現量、IL-4/IFN-g mRNA発現比率を測定した。放射光分析により血液中金属量の測定を行い環境汚染物質への曝露の客観的環境因子とした。また、アンケート調査から、個人一般情報、家屋外・内の生活環境に関する情報を得た。アンケート調査からアレルギー関連症状の有無、アレルギーの診断の有無を得て主観的な免疫影響指標として用いた。生活環境について、屋内環境項目として新築家屋居住歴、家屋形態(木造、コンクリート造)、家屋床材質(ダニが発生しやすい、じゅうたん・畳の有無)、寝具形態(布団またはベッド)、室内飼育ペットの有無、間接喫煙因子としての同居喫煙者数、室内空気汚染の原因となる排気が室外に出ない暖房器具の使用、屋外環境項目として、交通量の多い幹線道路への近接居住(およそ100m以内)、大規模プラントへの近接居住(およそ100m以内)の情報を得て、また、地区毎の大きな環境要因として行政により測定・公表される大気汚染測定データを得た。以上の免疫影響指標と環境因子との相互の関連について検討する事によって、免疫影響指標が環境リスクを反映することの可能性について検討した。
妊娠後期に調査への同意を得て、アンケート調査を行い、出産時に臍帯血と臍帯の一部を採取し、胎児(出生時)での免疫影響検索法の確立について検討した。IL-4およびIFN-g mRNAの発現量を測定した。他の項目については測定項目の絞込みを検討している。
結果と考察
2002年1月に東京都東久留米保健センターおよび北海道旭川市保健所において実施された3歳児健診受診者のうち、前者84名の協力者のうち採血不可能者7名を除く77名、後者127名の協力者のうち採血不可能者1名を除く126名について調査を行った。アンケートから得られる家屋内および家屋外環境および大気汚染測定データ、血中金属量を環境要因とし、免疫影響指標との間で相関等について検討した。また、旭川医科大学産婦人科の協力の下に、同意の得られた母親の出生児13例から出産時に臍帯血を得て検体とし免疫影響指標の確立について検討した。
総IgE価の高値の者の74%(37/50)が、何れかのアレルゲン特異的IgE抗体を有し、総IgE抗体がアレルギー状況の良い指標となる事が再確認された。アレルゲン特異的IgE抗体陽性率は旭川で東久留米に比してやや低値であった。今回用いた総IgE価及びアレルゲン特異的IgE価測定の2つのアレルギー指標は、地域住民の環境リスク評価のための指標として有効性が示された。抗麻疹IgG抗体価と抗風疹IgG抗体価の2つの免疫影響指標間に有意な正の相関があり、異なる抗体産生応答が免疫機構の状況を反映して同様に制御された結果と判断でき、これらも良い指標となることが期待される。旭川の検体の両サイトカインmRNA発現量は東久留米に比して有意に高値を示したものの、昨年度の東久留米の検体に比して両者とも有意に低値であった。これらの結果は、サイトカインレベルの年次変化や地域差を反映している可能性がある。単変量解析を行い10%未満の有意確率が得られた環境要因を変数として強制投入し、環境要因と免疫影響指標との関連につき多重ロジステック分析を行った。その結果、抗麻疹IgG抗体価と性別に有意な関連が認められ、女児に高く男児に低かった。父親のアレルギー関連疾患の診断が有る群では、抗風疹IgG抗体価の低値に、アレルゲン特異的IgE抗体陽性に、アレルギー関連疾患の診断が在るとの項目に関連が認められた。母親のアレルギー関連疾患の診断がある群では、抗風疹IgG抗体価の高値となる関連が認められた。純粋なる環境要因との関連に関して、有意性は低いものの旭川市居住者群に総IgE抗体価の低値傾向が見られたが、逆にアレルギー関連症状の診断を受けた者が多い傾向が見られた。室内環境因子については、抗麻疹IgG抗体価が鉄筋コンクリート造の居住者で木造居住者に比して高値を示す有意な傾向が観察された。寝具形態がベッドである者は布団使用者に比してアレルギー関連疾病の診断の既往数が多いことが観察された。これはベッド使用の場合の方が、就寝中の室内塵吸入の機会が少なくアレルギー傾向となりにくいとする仮説と相容れないものである。しかし、寝具の形態は比較的容易に個々の努力によって変えられる環境因子であり、アレルギー傾向を示した者が症状の緩和を願ってリスクを回避した結果とも考えられる。環境因子のアンケート調査の際に注意が必要であり、現在のみならず過去の状況についても別個に調査する必要があろう。有意性は無かったものの喫煙同居人がある者ではアレルギー関連症状が有るとする者が多くなる傾向が見出された。金属類との関連については解析中である。
臍帯血サンプルでは全てにおいてIFN-? mRNAは検出できず、一方IL-4 mRNAは三歳児とほぼ同程度の発現量を示した。これは、Th1/Th2バランスが幼年期にTh2優位からTh1優位へシフトするという考えと一致し、Th1/Th2バランスをサイトカインmRNAの発現量比によって評価することの妥当性が裏付けられ、臍帯血を用いた免疫影響指標が胎児への環境要因の影響を評価する上で有用であることが示唆された。
結論
関東地方の東京都東久留米市および北海道旭川市の2ヶ所の保健センター(旭川市は保健所)において3歳児健診時に併せて調査を実施し、環境因子と免疫影響指標との相関を評価して、免疫影響指標が環境リスク評価のための指標となり得るかについて検討した。
いくつかの環境要因において、いくつかの免疫影響指標に抑制的な又はあるものには促進的な有意差のある変動が認められた。全ての免疫影響指標を免疫バランスの理論の元に一元的に説明することはすべきでないとの結論に至りつつある。すなわち、免疫機構の複雑さ故に、ある環境因子の影響により一つの指標が免疫抑制的に変動しても、他の指標が亢進的に変動する場合がある。さらに、動物実験と異なりフィールドにおいては複数の環境要因に曝されるので、それぞれの環境因子によるそれぞれの免疫影響指標が、免疫抑制、免疫亢進にと影響するためにより複雑な結果が現れると考えられる。この状況を逆に考えるならば、それぞれが関連を持たずに変動する指標同士の複数組み合わせ(バッテリー)を用いて、フィールド調査を行うならば、より広範な環境要因による免疫変動を検出できることになり免疫影響指標バッテリー全体としての環境リスク検出感度が高くなる。今後、環境リスク検出感度が高い免疫影響指標バッテリーが得られるよう検討し、環境リスク評価指標として現実に採用可能なものとしたい。いずれかの免疫影響指標が正常範囲から変動した場合には、何らかの環境要因の関与がその地域に在ることを示唆することとなろう。その際に、調査対象地域の環境リスクの存在を指摘しうるための基準値(正常範囲の設定)が必要となる。全国的な総合的調査を行い10%-90%の範囲に収まる値をもって正常値とするなどの基準を設けることも目指す。
今回用いた免疫影響指標が何らかの環境因子によって影響を受けていることが示唆された。これらの免疫影響指標がスクリーニング的に展開されるならば、環境因子(リスク)の存在が検出できよう。異常が検出される地域に対して詳細な環境測定を重点的に行う意義があるとする根拠となり、環境行政の推進に有用な資料となると思われる。同時に、地域住民の健康状態の把握が可能となり、我が国の国民の健康維持増進のための施策立案への貢献も期待される。
次年度以降に、環境リスクを感度良く効果的に検出可能な免疫影響指標の組合わせを検討し、免疫影響指標バッテリーを確立したい。また、臍帯血を用いた胎児の免疫影響指標を確立し、実地調査研究に応用できるマニュアルの確立をも目指す。総合的に、胎児期から小児期にかけての環境リスク評価に有効な免疫影響指標とその運用システムを確立し、我が国の環境行政および国民健康維持・増進に資することを目指す。

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