日本人男性の生殖機能に関する疫学的調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200965A
報告書区分
総括
研究課題名
日本人男性の生殖機能に関する疫学的調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岩本 晃明(聖マリアンナ医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 塚本泰司(札幌医科大学)
  • 奥山明彦(大阪大学)
  • 並木幹夫(金沢大学)
  • 金武洋(長崎大学)
  • 兼子智(東京歯科大学)
  • 中堀豊(徳島大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 食品・化学物質安全総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
32,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱化学物質が男性生殖機能に深刻な影響を及ぼしているのか否かを検証するには、標準化された方法による疫学調査から信頼性の高いデータを継続的に収集することが必要である。本研究は、国際共同研究の一環として正常男性の生殖機能に関する疫学調査を実施し、その結果から日本人男性の生殖機能の現状を把握することを目的とする。また疫学調査で得られたヒト試料(血清、精漿等)を用いて、男性生殖機能を評価するための方法の改良・開発を目指す。調査に参加した男性集団の生殖機能パラメータ(精液所見、理学的所見、各種内分泌ホルモン値等)はデータベース化されて、地理的あるいは時間的に異なる他の男性集団から得られたデータと比較することによって、環境因子や遺伝的因子が男性生殖機能どのように関与しているかを検討するための基礎データとなる。
研究方法
①聖マリアンナ医科大学泌尿器科を拠点として若年男性の生殖機能の第2回目を実施した。川崎市の3か所の大学からの参加者に対して、国際共同研究のプロトコールに従って、質問票、精液検査、理学的検査および各種内分泌ホルモン測定のための採血を実施した。さらに、精液所見および内分泌ホルモン値個人差、個人内変動、季節変動を検討する目的で、上記調査の参加者から再募集した48名に対して毎月(12回/年)精液検査とホルモン検査のための採血、採尿を実施する調査を開始した。②地域差の検討のため、札幌医科大学、大阪大学、金沢大学、長崎大学の医学部泌尿器科を拠点として、若年男性(大学生)の生殖機能調査を開始した。国際共同研究のプロトコールに従い、参加者に対し、質問票、精液検査、理学的検査、各種内分泌ホルモン値の測定のための採血を実施した。③抗DJ-1抗体を用いてヒト精漿、精子・精巣抽出物のWestern blottingを行った。また抗DJ-1抗体を用いた免疫組織化学によりヒト精巣および精子のDJ-1の分布を検討した。抗DJ-1抗体を固相化したELISAを用いて精漿中のras関連遺伝子産物DJ-1タンパク質濃度を測定した。④精液を80%等張化Percoll にて沈降速度差遠心分離を行った。沈澱から回収された精子懸濁液を33%Optidenzに層積して沈降平衡遠心分離し、各分画から得られた精子の形態を光学顕微鏡および電子顕微鏡で観察した。また先体反応誘起精子の確認のために、精子懸濁液を10μgFITCコンカナバリンA、1.0μgPI、20mMHepes緩衝化生食、pH7.4中で20分間染色した。⑤染色体ハプロタイプ頻度の解析:疫学調査によって得られた血液由来のDNAサンプルに関してY染色体上に存在する、11種類のDNAマーカー(YAP、12f2、M213、M9、M217、LLY22g, M122, SRY、M95, 47z, M134)を用いて775人の健常人男性のY染色体ハプロタイピングを行った。また367人の不妊男性についても3種類のY染色体DNA多型(SRY, YAP, を用いたハプロタイピングを行った。前立腺がんとY染色体DNA多型との関連性解析:90名の前立腺がん患者および99名の正常コントロールについてそれぞれ、がん組織及び末梢血リンパ球よりDNAを抽出し、Y染色体上のDYS19遺伝子座について抽出したDNAを鋳型として、蛍光色素標識プライマーを用いてPCR反応をおこなった。得られたPCR産物について自動蛍光シーケンサーを用いて、DYS19遺伝子座のタイプを決定し、前立腺がん発症との関連を解析した。
結果と考察
①平成15年3月までに279名が調査に参加した(参加率15.1%)。参加者の平均年齢は20.3±1.5歳であった。各パラメータの平均値は精巣容量:左21.0±4.3ml、右が21.6±4.3ml、平均禁欲期間は79.2±33.4時間であ
った。各精液パラメータの平均値±SDは、精液量: 2.7±1.3 ml、精子濃度: 67.5±59.9×106/ml、総精子数:137.4±213.0×106、精子運動率(A+B): 60.3±14.1 %であった。精液所見がWHO基準を下回る例は、精液量(<2ml)で24.5%、精子濃度(<20×106/ml)で16.3%、精子運動率(<50%)で12.6%含まれていた。無精子症と精子無力症の症例は認められなかった。精索静脈瘤の頻度はGrade 1が左16.5%、右1.7%、Grade2が左8.6%、右0.4%、Grade3が3.2%、右0%であった。本調査は平成15年5月に終了予定である。1年間に12回検査を行う調査では、事前に説明会を開き、調査の趣旨を説明し、趣旨に賛同した48名を対象に平成15年1月から検査を開始した。②札幌地区:平成15年2~3月の期間に38名が調査に参加した。参加者の年齢は平均21.2歳であった。精液パラメータの平均値±SDは、精子濃度:94.5±60.5×106/ml、精子運動率:55±20.5%であった。無精子症は認めず、精子数20×106/ml未満の乏精子症は3例(7.9%)に、運動率50%未満の精子無力症は9例(26.3%)に認められた。大阪地区:平成14年9月から15年3月までに140例の調査を完了した(参加率10%)。結果は、平均年齢21.2±1.44(Mean±SD)歳、精巣容積は左21.9±4,6ml、右22.3±4.6ml、精液量3.04±1.50ml、精子濃度80.5±62.8x106/ml、精子運動率(A+B)58.8±10.4%であった。金沢(北陸)地区:平成14年7月1日から平成15年3月末日までに235名(22.3%)が参加した。対象者は、 年齢21.5±1.5.歳(平均±SD,以下同様)、 身長172.7±6.0 cm、体重64.1 ±7.9 kg 、 精巣容量左 21.2±4.5 ml、右21.7±4.2 mlであった。精索静脈瘤の頻度は、左20.8 %,右3.8 %であった。精液所見は、精液容量3.3±1.5 ml、精子濃度72.1±55.3 (中央値 60.8)×106 /ml、総精子数230±12.4(中央値 187)×106、運動率(A+B) 55.5±14.9(中央値 57 )%であった。長崎地区:平成14年度に参加者208名で得られた研究結果として、平均年齢21.0±1.6歳、平均身長171.5±5.1cm平均体重63.2±9.2kgであった。精巣容積は、左精巣平均19.5±4.2ml、右精巣平均20.3±4.2ml、精索静脈瘤は、左25.0%、右1.0%に認められた。精液所見では、精液量平均3.1±1.4ml、精子濃度平均78.8±55.3×106/ml、運動率平均65.1±14.4%であった。③抗DJ-1抗体を用いてヒト精漿、精子・精巣抽出物をWestern blottingにて検討したところ分子量24kDaの単一バンドが検出された。抗DJ-1抗体を用いた免疫組織化学により、ヒトDJ-1は精巣ではライディヒ細胞と精細管内のセルトリ細胞、精粗細胞、精母細胞、精子細胞に存在すること、および精巣上体においては上皮細胞と、管内の精子に存在することが確認された。射出精子でのDJ-1 の局在については間接蛍光抗体法により精子頭部後半と中片前半での局在が認められた。抗DJ-1抗体を固相化ELISAで妊婦パートナーおよび不妊外来患者の精漿についてDJ-1濃度を測定し、精子濃度について弱い正の相関が見られた。精漿中DJ-1タンパク質量平均値は妊婦パートナー(83.9ng/ml)と比較して不妊外来患者(61.3ng/ml)で有意に(p<0.0001)低かった。DJ-1タンパク質の造精機能マーカーとしての可能性が示唆された。④透過型電子顕微鏡を用いていヒト精子形態を詳細に観察しそのパターンを分類した。種々の精液所見を有する精液標本について形態観察を行った結果、正常形態精子比率は、11.1±4.2%であったが、Percoll沈降速度差遠心分離後には、32.1±8.2%に向上した。さらに同分画を33%Optidenz(密度1.183g/ml) に層積して沈降平衡遠心分離した結果、精子懸濁液/33%Optidenz界面に回収された精子の正常形態精子比率49.3±9.6%に達した。精液標本について調製過程における先体反応誘起率を観察した。精漿が除去されたPercoll沈澱分画における値は39.0±21.3%であったが、33%Optidenz界面分画に回収された精子では73.2±24.7%と、2.48±1.66倍に向上した。先体反応を誘起している精子の形態はほとんどが正常形態を示した。
精液検査標準化ガイドラインの原稿が完成した。日本アンドロロジー学会、日本受精着床学会、日本赴任学会、日本臨床衛星検査技師会の各理事長・会長から推薦を受けることが決定した。⑤正常男性におけるY染色体ハプロタイプ頻度の解析:現時点までに775人の健常人男性のY染色体ハプロタイプを決定し、地域ごとにハプロタイプ頻度を算出した。その結果、日本人集団では9種類(D1,D2,C,F,N, O3,O2,O2b*,O2b1)のY染色体ハプロタイプが観察され、各Y染色体ハプロタイプの頻度に地域差があることが明らかとなった。特に福岡地区は他地域のハプロタイプ頻度と異なるパターンを示していた。不妊男性におけるY染色体ハプロタイプ頻度の解析:泌尿器科外来を受診した不妊男性のY染色体について4種類のタイプに分類した。その結果I136人、II139名、III26名、IV66名であった。
前立腺がんとY染色体DNA多型との関連性解析:Y染色体上のマイクロサテライトDNAマーカーであるDYS19に関して、Cタイプを持つ人はそれ以外のタイプを持つ人より、2.04 倍前立腺がんが多く認められた。(P=0.02, 95% CI: 0.75-2.42) 。またDタイプを持つ人の前立腺がんの頻度は他のタイプを持つ人の1/4(0.26倍)であった(P= 0.002, 95% CI: 0.65-3.71)。
結論
川崎地区、および全国4地域(札幌、大阪、金沢、長崎)で行われている若年男性の生殖機能調査の途中経過を報告した。いずれに地域においても、既に終了した妊孕能を有する男性(妊婦のパートナー)に比較して、精子濃度が20-30%低く、精策静脈瘤の頻度が高い傾向が認められた。若年男性は妊孕能を有する男性と年齢、禁欲期間、募集条件(妊孕能に関する条件)等が異なるので、今後は可能な限り交絡因子を調整したうえでの解析が必要である。
ヒトDJ-1はヒト精巣、精巣上体内および射出精子で発現しており、造精機能に関与している事が示唆された。精子に存在するDJ-1についてはラットで受精に関与しているという報告があるので、ヒトでも先体反応等に関与する可能性が考えられる。男性生殖機能を評価するパラメータとしてはInhibin Bと同程度のマーカーであることが示されしかもInhibin Bや他のホルモン系とは独立した新規のマーカーであることが本研究で示された。DJ-1は造精機能評価しかも内分泌かく乱による影響を含んだ評価マーカーとして有用であると考える。 
ヒト精子形態観察にreferenceとして用いる正常形態精子を得るため、精液から形態を指標として精子精製を行った。密度勾配担体としてPercollおよびOptidenzを用い、各々沈降速度、浮遊密度による細胞分離を行った。その結果、両法を組み合わせることにより正常形態精子比率の上昇を認めた。さらに生理的機能の指標として先体反応誘起能を観察した結果、先体反応誘起精子はほとんどが正常形態を示し、形態を指標とした精子妊孕能評価の有用性が示唆された。
各Y染色体ハプロタイプ頻度には地域差が存在することが明らかとなった。本研究で得られた結果は、今後遺伝疫学的手法によってY染色体ハプロタイプと精子形成能との関連を解析する際の基礎データとなる。また男性の泌尿器・生殖器系の重要な疾患の一つである前立腺がんについて、Y染色体DNA多型との関連を解析し、前立腺がん発症と特定のY染色体タイプが関連している可能性が示唆された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-